第十棒

『愛☆フリシェリアーナ~社交界編~』それは社交界と銘打ってはいるが、メインイベントはメイドとして働く主人公の職場周りで起こるイベントばかりだ。


ダンスを踊ったり、貴族子女達と夜会で渡り合ったり…なんていうのはほぼ無い。


あるのはメイド同士の苛めとメイドの仕事の大変さ…こう言っちゃなんだけど、学園編であんなにのんびり穏やか温ゲーを満喫していたはずなのに、社交界編に突入したら、社会の厳しさや上下関係の苦しさを事細かに描写していて…なにこれ恋愛ゲームじゃなくて職業体験ゲーなのか?とこれまたSNSで炎上してしまった経緯がある。


それが『愛☆フリシェリアーナ~社交界編~』だ。


恐らく、学園編で穏やか温ゲーと弄られてしまったので、製作陣が、よーしじゃあ厳しくしてやるよ!と方向転換したのはいいが、斜め上に方向転換してしまって迷走したのだと推察される。


まあそんな『愛☆フリシェリアーナ~社交界編~』が始まるとか、どうとかは今の私とタマちゃんには関係ないけどね。


「慰問や視察って時間が読めないよね~」


タマちゃんこと、義妹のリアシャに愚痴っている私は、今はディリエイト殿下の嫁の王太子妃だ。このシャリアンデの地頭が良かったお陰なのか、視察に必要な資料は一度目を通せばほとんど暗記できるし、言語も数か国語話せる。


「そっちはどう?」


「なんとか~行儀作法は子爵家でも結構厳しかったんだ…後は座学だね」


今、タマちゃんは私付きの上級メイドの勉強中だ。ビィルブ様と結婚した後、私の側でイベントを見る為……いやいや?他の攻略キャラを生で見てみたいとかなんとか?


まあ私も人のことは言えない。やっぱり攻略キャラ達を見てみたいからだ。


「私はアーサー=メドインザー様が見てみたいなぁ」


「タマちゃん良い所に目を付けたね!魔術師団の天才魔術師だね!オッドアイの美形だね」


「リカは?」


二人が顔を合わせるとこんな話ばかりなのだが、実は私もタマちゃんも重大なあることに気を揉んでいる。それは…


「社交界編の主人公のナナージェ=アクスに会わないね…」


ということだった。


「ナナージェて…今年からメイドで働いているんだよね?」


私は首を傾げるタマちゃんに数枚の紙を差し出した。


「メイド長に今年採用したメイド一覧をもらってきたの、ここ見て…確かにナナージェ=アクスは採用されてる。下級メイドで、配属は洗濯係」


タマちゃんはメイド一覧の紙を見て頷いている。


「そうだったね、お洗濯メイドだった……ちょっと待ってよ?洗濯係ってめちゃめちゃ忙しくない?おまけに王城勤めとはいえ、この本棟から何十棟も離れてる…外れが洗濯係の仕事場じゃなかった!?」


私はタマちゃんに頷いて見せた。


「これさ…思うんだけど、シナリオや設定を考えた制作が王城の内部構造と人事設定を深く考えないでナナージェの職業を洗濯係に選んだんじゃないかな?だって普通に下級メイドとして働いていたら、本棟に足を踏み入れることなんて…一生無いくらいよね?」


「本当だ…しかもディリエイト殿下のお住まいや魔術師の方々が普段住んでいる魔術師棟なんて、永遠に交わらないくらい下級メイドじゃ入り込めない場所だわ…」


タマちゃんと私は思わず洗濯係のメイド達が仕事をしているであろう、離れの棟の方角を見てしまった。


私はメイド一覧の紙を指先ではじいた。


「下級メイドが本棟に近付くのはほぼ不可能…そして殿下達やアーサー様、近衛騎士団長のヒンギス団長だってそんな離れの棟に行くこともほぼ皆無でしょ?」


そう…社交界編で新たに攻略対象キャラに追加される方は魔術師のアーサー様の他に、近衛騎士団団長のヒンギス様もいる。あれ?ヒンギス団長と言えば…


「そもそもだけど…ヒンギス団長、もう結婚してお子さんいなかったっけ?」


「そうそういるよ~それに知ってる?ディリエイト殿下もそうだけど、うちの旦那のビィルブも既婚だし…それに保健医のガント=ローマレ先生、先月結婚したんだって~」


タマちゃん情報に仰天して叫んでしまった。


「ええっ!じゃあ学園編の攻略キャラの4人のうち3人は既婚者になっちゃったじゃない!」


タマちゃんは私に顔を近付けてきたので、私も顔を寄せた。


「ねえ…こうなってくるとさ、新規の攻略キャラってもうすでに決まった相手がいるとか?アイフリって不倫や略奪ゲーじゃないよね?」


「!」


そうか……私とタマちゃんはすでに攻略キャラと婚姻していて、シナリオを崩壊させている。もしかしてそれが社交界編のシナリオに歪みを呼んでいるとしたら…


「調べてみるわ…」


タマちゃんにそう伝えて調べてみて驚愕の真実が明らかになった。


「12人の攻略キャラの内、半分が既婚者じゃない…おまけに残りの半分はすでに婚約者がいるの…?」


唯一一人だけお相手のいないキャラがいるのだが、それはショタキャラのナナージェの三才年下…私の弟、ルーク=マカロウサだ。弟とはそもそも私が悪役令嬢として君臨していないと出会わないキャラだ。何故かというと私が弟をけしかけて、ナナージェを弄んで来いと言わなければ、弟からナナージェに接触しないからだ。


そもそも、あのクソ生意気な弟が私の言う事を聞くとは今の段階では思えない。


タマちゃんにこの調査結果を見せると、タマちゃんも絶句していた。


「こんなのゲーム進められないじゃない…既婚者なのにメイドの女の子を口説くなんて…有り得るの?」


タマちゃんが茫然とした顔で呟いている。


「ゲームの強制力が働けば、攻略キャラ達は自分の意思とは別に束縛されちゃうでしょうね…それに私も…どうなるかしらね」


タマちゃんは攻略ノートを開けて確認している。


「4月の新規雇用から一週間過ぎてる…12人の攻略キャラとの出会いイベントが済んでいる時期だし…あっ!」


「そう…今日は王家主催の夜会の日、本来は洗濯係のナナージェが夜会の給仕係に駆り出されて慣れない給仕に失敗して…ディリエイト殿下やビィルブ様に庇われる、そしてそこで声高に叱責するのが…私、シャリアンデ=マカロウサ」


「今日が悪役令嬢とナナージェの初対決の日…!」


私は立ち上がった。何故だかタマちゃんが拍手を送ってくれる


「やってやろうじゃないの!私の棒読み&棒演技をとくとご覧あれっ!」


そうして、気合いを入れて夜会に挑みましたよ。盛りに盛った悪役令嬢っぽい妖艶なドレスにしてみましたよ。


しかしその妖艶な私の姿にディリエイト殿下が大喜びしちゃって、私のパカーンと開いた胸元に触るわ、くっつくわで…夜会の時間までに着崩れてしまい何度もメイドの手を煩わせたりした。


「もう近付かないで下さいませっ!」


「シャリー!?いやだよっ…シャリー!?」


うぜーーっ!相変わらずのゴロ寝でダラダラした我が夫をジロリと睨みつつ、夜会会場に入るや否や、悪役令嬢ばりに会場内に睨みを利かせてみた。


あれ?ナナージェがいない?


まあ…こんなに人がいるものね~確か黒髪の桃色の瞳の…可愛い?あれいない?


「シャリアンデ妃殿下、御機嫌よう~」


途中でタマちゃんこと、リアシャ=シューメル侯爵夫人と合流して、二人で万引きGメンが如く夜会会場内のメイド達の姿に目を光らせていたが…いない。


「ナナージェは珍しい黒髪だったよね?」


「いないよね…あ、メイド長がいるわ。聞いてみようかな」


ナナージェが見当たらないけれど、メイド長の姿を発見したので私とタマちゃんはメイド長に声をかけた。


「黒髪のメイド…ですか?そういえば…お耳に入れるほどの事でもございませんが、洗濯係のメイドを先日解雇致しました、その子が黒髪だったかと…」


「ひっ!」


余りの衝撃に声をあげてしまった。慌ててタマちゃんがメイド長に言葉をかけて誤魔化してくれた。


「因みに…解雇には何か原因があったのですか?」


メイド長は首を振りながら溜め息をついた。


「メイド頭の報告では、洗濯場から度々いなくなるし、本棟の建物へ忍び込もうとする…など、ずっと意味不明なことを叫んでばかりで、まともに話も通じないとかで…時々ああ言うメイドになれば貴族の令息と仲良くなれるとか、ましてや殿下方と親しくなれると勘違いしている若い子達が働きにきますが、困りますよね…ああ、申し訳御座いません。しかしそのメイドが何か…?」


ひええっ!メイド長の鋭い目が真実を暴こうとしている!?


「いえ…あの、学園時代の同級生かな~とか思っていたのですが、全然別人みたいですねぇぇ~オホホ」


タマちゃんは強制力ではない、棒演技を繰り広げてメイド長の追撃をかわしていた。


なんてことだ…社交界編が始まる前に、主人公が王城から退場していたのだ…


「どえらいことだね、タマちゃん…」


「ナナージェ、まさかの序盤から退場だなんて…」


その後、待てど暮らせどナナージェとは会えずじまいだった…


私とタマちゃんの棒演技&棒読みを活かせる機会は暫くなかったが、息子や娘達に孫が産まれて…その孫にエアー刀で斬られて


「ぐわああ…やられたぁ…」


と言って、斬られ役の演技をした時ぐらいしか発揮されなかったのだ。

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