DIZZY
@nikudaruma12
第1話
人食いライオンが住んでいるレンガの家。壁には蔦が這っているし、赤いポストは口から請求書をこれでもかと吐き出していた。 水道水の水滴が落ちる音に合わせてハミングをしている家主の声が聞こえる。 スローペースな曲調は掠れ気味だ。 耳の中に流れ込んでくる水のように耳の縁をなぞり奥へ奥へと落ちてくるその歌は、深い草叢から僕を虎視眈々と見つめる2つの目のようで少し恐ろしかったが、不思議と立ち去る気にはならない。 その昔このライオンは僕の両親を食ったのだという。 両親の記憶は薄いけどおばあちゃんはそう言っていた。元々どちらの親も僕のことは好きでなかったみたいだけれど、僕は大好きだった。 グラスゴーの町外れにある小さな家の中では常にハーブティーの匂いがしていた。お国柄もあるんだと思う。母はアッサムが好きだったが父は頑なにセイロンティーとコーヒーだけを繰り返し飲んだ。 夜、ハイテーブルの上から香るフォートナム&メイソンの匂いを思い出すと今でもあの揺れる暖炉の前で溜息を吐く母が僕を見つけて優しく微笑んでくれるんじゃないかという気がする。 ハーブティーの匂いがする。 もうハミングの声は聞こえなくなっていて、コト、コトリと、グラスを2つ置く音が聞こえた。 ドドっと心臓が跳ねる。 トットットットットットットットットットッ 行かなきゃ 足が動かない。 蔓の這った重そうな木製のドアの端についたベルから目が離せなくなる。カァッと頭に血が上るのを感じた。 「よければお茶でも?」 ドアを開けたのは、茶色い髭とタテガミを蓄えた男だった。伏し目がちに微笑み、開けた扉の奥からは、懐かしいフォートナム&メイソンの匂いがした。
DIZZY @nikudaruma12
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