第32話 エピローグ
空をディオラードが駆け抜ける。
青に映える橙色の翼にコウを乗せて風に乗って高度を上げた。
「あいつは、何を学んだと思う?」
草原に腰を下ろしたリョウは日差しを手で遮りながらコウの姿を追う。
「「私には人の心は分からない。しかし、彼の目の色は確かに変わった」」
側に座るブラッドレーンのルビーのような目がきらきらと輝く。
煙草の煙がゆっくりと立ち上る。
グランドマウンテンから戻った時、コウは何かを掴みかけていた。
しかしそれは、わずかな感覚で確証には至らなかった。
家に戻ってきたリョウやヒロに、コウは戸惑いながら声をかけた。
「シレイトの竜騎士の勝ちですね」と
視線をそらしたリョウと、困ったように笑うヒロの姿をみて、キリアもその意味を理解できずにいた。
「人が死んだ。俺は、守れんかったんよ」
死者は一人、霧川ソウが首をはねた、オルドー・フィクスただ一人だ。
それでも、死者が出たことに変わりはない。
「コウ、竜騎士の選択肢はただ二つだ。守るか、壊すか。それ以外、進むべき道はない」
「でも、味方はみんな守れましたよ?」
納得がいかないのかコウの口調が強くなっていた。
彼から見れば誰一人失うことなく騒動を治めた二人は英雄だ。
しかし、その二人がパッとしない表情をしているのは不思議でならなかった。
「竜騎士よ、孤独であれ」
ヒロが噛みしめるようにそれを口にして、キリアがアッと声を漏らした。
「竜の力は、殺すための力やないよ。せやから、どちらかを選ばなあかん」
「わかりません。そしたら、守る方が不利ですよ。壊すことを選んだ竜騎士は、殺せても、守ることを選んだ竜騎士は殺すことが出来ないんじゃ、一方的な殺戮になります」
「壊すことを選ぶ人間を竜は選ばない。それに、人間は、案外憶病だ。」
扉を破る様に飛び出してきたミサがリョウに飛びついた。
恥ずかしいと言いながら嬉しそうなリョウが何を言いたいのか、コウにはまだ分からない。
ミサの目に涙が浮かんでいる。
花のような笑顔がやっと帰ってきたことを実感させる。
ここ最近の出来事に、コウはほとんど関与していない。
一歩離れたところから見ていることしかできないでいる。
見えない壁に遮られた、遠い世界の出来事のようにも思える。
「壊すことを選ぶ言うんはな、目に映る全ての命を奪うことを指すんよ。本当の意味なんて、誰もしらんのやけどね」
ヒロの目に、長い髪が映る。
手を握りしめて、鬼のように睨みつけて、それでも、泣きそうなのを堪えて唇をギュッと噛みしめて、サラが立っていた。
「ただいま」
ヒロがキリアに支えられたまま、ふにゃりと笑った。
「おかえり、ヒロ兄」
涙腺を壊して、不格好な笑みで、彼女はヒロの手を取る。
同じ兄妹なのに、随分違ったおかえりなさいだと思う。
でも、どちらも温かいのは家族のいないコウにも分かる。
そして、いつかはこの家族の輪の中に入っていくのだ。
「俺、まだ、分からないことたくさんあります。でも、」
胸がチクチクと痛んだ。
人から奪うというのは何を指すのだろう。
「きっと、守る道を選んでみせます」
空はどこまでも高く、きっと終わりなどはないのだろう。
「「あの子は強いな、リョウ」」
「あぁ。いい竜騎士になるさ」
ディオラードはどこまでもコウを乗せて飛んでいく。
真っ青な背景を引き裂くように、真っ直ぐ、真っ直ぐ飛んでいく。
白い天井、白い壁、白いシーツ、見慣れたはずのその景色に、二人の女性見える。
サラとキリアはヒロを挟むようにして座っていた。
カイとフジから一部始終をきいたサラは、複雑な思いでキリアに向かい合っていた。
キリアもまた、中央から酷い仕打ちを受けたサラになんと声をかければいいのか分からずにいる。
沈黙を良しとしないのはヒロだ。
彼は静かな空間が苦手なのだ。
「キリア、もう中央には連絡したんか?」
「うん。もう、戻らないって、上司に伝えてあるから大丈夫みたい」
「上司って、ソウか?」
「ううん。陸軍に知り合いがいるの。以前から、止めたいって相談はしていたから、話を通してくれるって」
キリアの表情は穏やかだった。
呪縛が解けて糸が切れたのか、シレイトに戻ってきた次の日は丸一日眠ったままだった。
よほど気を張って生きてきたのだろうとリョウが漏らして、サラは彼女の意志をくみ取ることにした。
「軍人って、そんなに簡単にやめられるんだ」
少し、とげのある言い方ではあったが、二人は咎めなかった。
「なんか、向こうも大変みたいなの。総隊長も、亡くなったって、聞いた」
「え?」
視線を落とすキリアに視線が集まる。
キリアが電話越しに聞いたのは軍部が壊滅状態で、その原因は帰還した国家竜騎士隊の総隊長だという。
そのどさくさに紛れて、辞職の手続きをしてくれるというのだ。
「他は何も聞かされなかった。もう、部外者だからって」
困ったように笑うキリアはどこか穏やかで、それがおそらく本来の彼女の姿なのだろう。
「あの人、死んじゃったんだ」
憎くて仕方がないはずなのに、サラの記憶に残ったソウは空っぽのままだった。
「あの人は、ずっと壊れたまま生きてきたんだと思うの」
キリアが見てきたソウは冷徹で、無感情の鉄のような人間だ。
それでいて、怒りも憎しみも持ち合わせていなかった。
シレイトへ行くようになってわずかに感情が表れるようにはなっていたが、本当にわずかなものだった。
「ヒロが、私の紋と一緒に、彼の感情を戻したのかしら?」
「竜の力で封じられとったんなら、そういうことになるけどな。もう、わからんしなぁ」
あの時、彼は何度もヒロに、いや、ミクリに謝った。
叫び、喚き、怒り狂うその姿は感情に心が付いて行っていないようだった。
「苦しかったのは、あの人も、同じだったのかな?」
サラは窓の外をみた。
青い海が見える。
遠くで黄色の鰭が波を横切ったような気がした。
「同じ苦しみなんかないよ。せやから、どっちの方が辛いなんて比較はできん」
遠くでカモメがなく。
泣いているような寂しい声は病室に静かに響いた。
「同じ道を、君と歩きたい」
剣から滴る血液がむせ返るようなにおいを放っているように感じた。
どこを見ても生存者はいない。
全て、その剣が命を刈り取った。
はずなのに、声が消えない。
ソウは虚ろな目で空を睨んだ。
誰もいないはずの空間に幾重に重なる影は一人のものではない。
「どこから、私は、失くしていた?」
心臓が悲鳴を上げていた。
体中が何かを警告している。
ヴァルアライドが何度も吠えた。
自分の呼吸すらもうるさく感じる。
何も、聞きたくはなかった。
重たい音を立てて、その人物が現れるまで途方もない時間が過ぎたように感じた。
上手く思考が働かないソウの後ろに立ったのは、あの時確かに殺したはずの中佐だった。
「幻竜に、惑わされたか」
「少しの隙を、突かせてもらいました」
あの後、ろくに死体の確認をしなかった。
酷い頭痛に襲われてそれどころではなかったからだ。
「随分、派手に暴れましたね。霧川総隊長」
フラッドは肩にシンファルトを乗せて静かに口を開いた。
「Dragon Killerが解いた術は、あなたに何をしたのですか?」
ゆっくりと振り向いたソウの体はどす黒い色に染まっている。
何人の返り血を浴びたのかなど数えることはできないだろう。
疲れ切ったその表情は皮肉にも、以前より生きている者を連想させた。
「ミクリが、何故力を使わなかったのか、考えたことがあるか?」
「竜の力で自分の体を維持していたからでは?重い病気だったのでしょう?」
ミクリもヒロと同じ病気を発症していた。
いずれ心臓さえも止めてしまう不治の病だ。
真剣な顔で答えたフラッドを前に苦笑を漏らす。
「違うな。あいつは恐かっただけだ」
「死ぬことは、誰でも怖いと感じるものでしょう」
「死よりも、恐れていたことがある」
フラッドは、その青に光がさしたのを見た。
冷たく不透明な青が、見覚えのある懐かしい青に近づいている。
「あいつは、記憶を戻したくなかった」
「記憶?」
ぐらりとその身体が揺れる。
虚ろな視線はフラッドを捕えているかどうかも怪しい。
赤く染めた頬をつうっと筋が走る。
「ミクリ、どうして、お前を撃てる?お前は、ただ、誰よりも、憶病なだけだった」
「憶病?」
「あぁ、声が止まない」
「ミクリさんが憶病とはどういう意味ですか?」
「音を、音を消さなければ」
「総隊長!?」
会話がかみ合わない。
震える手で剣を握りしめ、ソウは必死で立っていた。
そして、何かを見つけたのかゆっくりと目を見開いた。
青い瞳に光が反射して、海原のような輝きがわずかに灯った。
そうして、呟いた。
「あぁ、なんだ。簡単に、全ての音を消せるじゃないか」
ゆっくりと剣が持ち上がる。
フラッドはそれを止めるべきだった。
しかし、動けずにいた。
たとえそれが仕組まれたことだとしても、目の前の男は敬愛する師を見殺しにしたのだ。
「私は、いつから壊れていた?何故、壊れなければならなかったのか、そんなものは、もはや分からない」
祈る様に握った剣がやけに白く、きれいに見えた。
「あぁ、だが、ようやく、お前の孤独が、分かった」
剣が肉を突き抜けていくのを呆然とフラッドは見ていた。
一歩もその場を動けずに、飛び散る赤を睨んだ。
手が震え、口はからからに乾き、何の感情か分からない涙があふれ出た。
ソウの身体が地に崩れ落ちた時、どこかで竜が哭いた。
「そうか。壊すというのは、こういうことか」
ただ涙を流すフラッドの頬に、シンファルトがそっと頭をつけた。
その日は清々しい晴天だった。
雲一つない青空に、波の穏やかな海に心地のいい風が吹き、小鳥が楽しげに囀っていた。
空気を凍らせたのはヒロの一言だ。
「キリアと南部に下ろうと思うんやけど」
その場にいた家族は皆口を開けて固まった。
リョウもサラも、キリアでさえも目を丸くした。
「お前、何言ってんだ。南部って、なんでまた急に」
「おとんの生まれ故郷を見てこよう思ってな。それに、竜王は南部におるって言われてるやん」
Dragon Killerを人間に渡したとされる竜の長、竜王は確かに南部に腰を据えていると言い伝えられている。
しかし、それはあくまで言い伝えだ。
「ヒロさん、いくらなんでも無茶ですよ。南部はグランドマウンテンと海がより近いわけですし」
シレイトは南部に行けばいくほどに平地が少なくなる。
それはグランドマウンテンが南部に行くほど海沿いになるからだ。
高低差が激しく、海も岩礁が多くなる。
シレイトの住民でさえその向こう側に渡ろうとする者はいない。
「ヒロ、リブに乗ってわたるの?」
「リブなら二人くらい乗れるやろ?」
「乗れるけど…」
キリアが困惑するのも頷ける。
誰もその僻地をヒロが超えられるとは思っていない。
「ヒロさん、身体の事も、考えなくちゃ…」
ミサがそこまで言って口を閉ざした。
ヒロはいつものように笑っていた。
「大丈夫やから。な?」
ミサは俯いて、唇を噛んだ。
ため息をついてリョウが代わりに話す。
「どうしても、いくのか?」
「おう。決めたことやから」
無邪気な笑みは結局はがれることはなかった。
歯を見せて笑うヒロが、寂しく見えて誰もが少し落ち込んでいた。
そんな中、今まで黙っていたサラが不思議なくらい通る声で言ったのだ。
「ほんと、ヒロ兄は自分勝手なんだから」
サラは笑っていた。
呆れたように笑っていた。
ほんの一瞬だけヒロは驚いて
「ごめんな」
と笑った。
木の机にいくつもの染みができている。
太陽に細い手のひらをかざしてみる。
白い肌は既に色素を失っている。
薬のせいで失った黒は結局戻ることはなかった。
それでも、今はかまわないと思う。
病院服のまま、ヒロは海に来ていた。
きっと今頃カイが探しているはずだ。
南部に行くことを告げて、最後の検査をするように言われていたが、少しいたずらがしたくて抜け出してしまった。
長い髪だけに隠された右目はもう痛むことはない。
「ヒロ?」
声に振り向くとリンゴの詰まった紙袋を抱えたキリアがキョトンとした顔でヒロを見ていた。
「よう」
「検査は?まだ終わっていないでしょ?」
「抜けてやった」
少年のように笑うヒロを呆れたように笑うキリアはゆっくりと隣に座った。
背丈は同じくらいだ。
キリアも背が高いわけではない。
目線が同じ位置にくる。
キリアは目のやり場に困って海の方をみた。
「気になるもんか?」
ヒロは右目をさすって尋ねる。
「見てもいいものなの?」
「んん。キリアやったら、ええかな」
顔を向けたヒロは優しい表情をしていた。
ゆっくり、左手でヒロの髪に触れる。
柔らかな髪をそっとかき上げると、瞼を横断するように、いくつもの傷が現れた。
それは随分古い傷で、目は開くことさえできないくらいに傷つけられていた。
「痛くないの?」
「もう、平気や」
「そう」
親指が傷に触れる。
熱を持つそこは肌というよりは紙のようだ。
「俺な、この目の色が嫌いで仕方ない時があったんよ」
海を眺めて話し始めたヒロの隣で、キリアはじっと続きを待った。
「ほんとは、サラと同じ青い目やった。病気治す途中にこんな色になってまって、鏡みるんも嫌で、自分で、やったんよ」
意外だった。
何でも大丈夫で済ませてきたヒロが色の違いを気にするようには思えない。
さらに、そのために自分を傷つけるなんて想像ができない。
「家族やない気がしてな、白も、紫もほんとに嫌いやった」
そっと、ヒロの手が右目に触れる。
感覚も曖昧なそこはもう眼球すら入っていない。
「痛くて、痛くて、泣いても、泣いても悲しくなって」
手は右目から胸へと降りる。
「もう、全部やめてまおって、思った時、スノーが助けてくれたんよ」
ヒロが思い浮かべたスノーライトの姿が目の前にあるようだった。
水滴を散りばめた白銀の竜、青と黄のコントラストが美しい水竜が神々しい光をたずさえてヒロを見下ろしていた。
「色が変わっても、ココにはおとんとおかんがいるってな。嬉しかった」
家族が本当に好きだったのだと伝わってくる。
それゆえに、色の違いは壁ができたようで、子供のヒロには堪えたのだろう。
「おとんにな、後で言われたんやけどな」
「なんて?」
「大嫌いは好きに変えられるって」
「好きになれるものかしら?」
「分からんけど、俺は、今の色、結構気にいっとるよ」
ヒロの髪は景色に染まる。
ヒロの目は命をかき混ぜたものだ。
海と血が混ざって、夕焼けの、太陽の色になる。
海はいつまでも穏やかだ。
こんなに長い時間、波が立たないのは不思議なくらいなのだと、シレイトの人々は言う。
温かくて、優しい時間が過ぎていく。
いつまでもこの時間が続けばいいのにと、ヒロの肩に頭を預けて、キリアは思った。
「あと、どれくらいの時間があるん?」
その一言をカイに投げかけるのに随分勇気が必要だった。
自分がこれほどまでに死を拒んでいることにも驚いたし、タイムリミットを聞く勇気さえ持ち合わせていなかったことに焦燥を覚えた。
しかし、とりあえず聞くことが出来たため、後戻りはできないし、するつもりもない。
「残念だけど、僕にも分からないよ」
カイの言葉は意外なようで、予想ができたものだ。
そもそも、今でさえ生きていることが不思議な身体なのだ。
明日、いや、今死んでもおかしくないのだ。
「スノーの力だけで、ようもっとるな。この体」
「スノーには頭が上がらないね。でも、案外、ヒロ君の体が頑張っているのかもね」
命の力は素晴らしいとカイはカルテに何かを書きこんでいる。
「本当に、南部に行くのかい?」
「ん、決めたんよ。おとんの村をみて、竜王に会いに行く」
「それで、どうするの?」
ヒロは歯を見せて笑う。
「資格を返すんよ」
「資格を?」
「人間が持ってるもんやないやろ?こんなんなくても人と竜はやっていけるしな」
それは確かに、素晴らしい力を秘めている。
けれど、ヒロが言うように必要なものではないのかもしれない。
人の力が弱く、竜に太刀打ちができない時代に竜王が人間に与えた力だ。
知恵をつけ、武器を手にした人間は今や竜と対等だ。
その気になれば思いあい、通じ合うこともできる。
事実、今回ヒロが使うまで長い時間、その力は使われなかった。
「資格を返す意味が、分かっているんだね」
「おう」
決心は揺るがないようだ。
普通の人間ならば、返して終わり、また元の日常が戻ってくるだろう。
しかし、ヒロは違う。
その身体を支えているのはスノーライトの力だけではないのだ。
その力の恩恵を知って、それでもなお、その決断をしたのだ。
「君は、本当にすごい竜騎士だ」
「すごないよ。恐いだけや」
へらへらと笑う仕草はやはりミクリに似ていて、血は受け継がれているのだと知る。
そうして、亡くした者を悲しんで、今度は失うことを恐れている。
「人間は、案外脆いものだね」
「人間は、強いもんやで」
ヒロは笑わなかった。
噛みしめるように、その言葉をつぶやいたのだ。
たくさんの荷物をリュックに詰め込んで、ついに旅立ちの時が来る。
桃色の美しい毛並みが風に靡いて、太陽の光で暖かくなっていた。
「気を付けてね、ヒロさん」
ミサが昼食用のサンドイッチを手渡してハグをする。
その目には涙が溜まっていたが、本人は泣かないと決めていたようだ。
「ありがとな。ミサ、コウとリョウの事、頼むな」
大きく頷くミサは一生懸命笑顔を作っていた。
「コウ」
ヒロは隣になっていたコウに声をかける。
コウの体は一瞬強張った。
「もし、俺が竜王に資格返せんかったら、次はお前の番や」
首にかけられていた小さな十字をコウに差し出す。
それは、代々受け継がれてきた資格の証明だ。
これを持つことで継承の証となる。
「俺が、Dragon Killer?」
「ま、返すつもりやから、ならんと思うけどな」
保険だと笑うヒロに対して、じっと資格を見つめるコウは真剣だった。
「俺は、ヒロさんみたいになれるでしょうか?」
「俺みたいにならんでいい。お前の思ったDragon Killerになればええ」
資格を胸に向かい合うコウの目は良い色をしていた。
「しっかり、基礎は教えてやるよ」
リョウがコウの肩をたたく。
そうしてヒロに向かい合い、目を合わせる。
「頼むな」
「あぁ。安心していって来い」
言葉はさほど必要ではない。
長年背を預けてきた親友は言葉にせずとも何を指すかを理解している。
頼りになる漆黒は、竜と共に必ず約束を果たしてくれる事だろう。
「いくか、キリア」
二人はリベルターの背に乗り、ずっと南の海を見た。
柔らかい羽が大きく羽ばたき、ゆっくりと地面から遠ざかる。
皆が手を振り、見送る中、青い空にコスモスの色はよく映えた。
「ヒロ兄」
海岸沿いに、サラがいた。
ダンテと共に走り、リベルターを追う。
「一度降りる?」
「いや、ええよ」
恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちが溢れていた。
ようやく兄として向き合えるようになったのにすぐにこの決断だ。
いっそ、忘れて欲しかった。
「ヒロ兄、絶対、生きて、諦めないでよ!」
胸が、痛んだ。
望んではいけないと思ったものを何度も諦めるなとサラが叫ぶ。
その声は震えていて、少しずつ遠ざかる。
「生きて、あがいて、戻ってきてよ」
「ヒロ」
キリアに促され、ようやくサラの姿を見ることが出来た。
走りながら、その顔は涙でくちゃくちゃになっていて、不格好だった。
「サラ、幸せになれ!!」
約束ができるほどの自信はなかった。
それでも、望みを言うくらいは許される気がした。
ようやく走ることを止めたサラは呼吸を整えながら竜の飛ぶ空を見つめた。
最後の声は、泣き声だった。
海は穏やかで、風が心地良い。
遠く離れたとしても、ヒロはこの海を伝ったところにいる。
ダンテの頭を撫でながら、サラは心が少し穏やかになっていくのを感じていた。
「帰ろうか、ダンテ」
少女はゆっくり帰路につく。
遠くで、竜が哭いた。
シレイトをずっと南に下った小さな村で
どこからか旅をしてきた夫婦が幸せに暮らしたという
優しい話が届くのは、もう少し後の事だ
Dragon Killer 文目鳥掛巣 @kakesuA
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