第20話  スピード狂?

「嫌われちゃったかな?」

シエルが振り返って、水路の水面から顔を出しているダークエルフ達を眺めながら言う。


「クロエは誇り高い戦士だ。死力を尽くして戦った相手を嫌ったりしないさ。」

私は前を向いたまま答える。


私達の前を走っているボートは一つもない。

クロエ達を倒した私達はついに単独トップ躍り出ていた。


レースは中盤を越えて後半に差し掛かっていた。残り5キロと書かれた旗を振る女性が立つ橋の下を猛スピードで駆け抜ける。


橋の下を抜けると水路が狭くなりカーブが多くなる。

右足がブレーキを踏む回数が増えてしまう。


「ドウルルルン ドウルルルン」


アクセルを吹かす音が後方から聞こえて私は恐る恐る後ろを振り返る。


鼻ピアスの男がバイクのハーレのように、改造されたボートのハンドルを握って私達を追走していた。


カーブに差し掛かると、鼻ピアスの男は一気に膨らんで大回りになってしまった私達のボートの内側に入り込もうと、速度を上げる。


「させるかよ。」

キースが遠心力に体を振られながらも剣を水面に叩きつけて、激しい水しぶきを起こす。


鼻ピアスの男は水面ギリギリまで体を右に傾けて、ボートを傾けるとキースの攻撃を意図も容易く躱してしまう。


「下手くそ。いいガードがいても、ドライバーの技術がお粗末じゃあな。」


抜き去り際にピアスの男が私に言う。

前に出た彼らのボートの後尾のスクリューから吐き出される水しぶきに、

私の視界が一瞬奪われる。


「マルコ、右だ。」キースが叫ぶ。

私の視界が元に戻ると目の前に桟橋が飛び込んでくる。

「クッソ。」

私はブレーキを踏んで急いでハンドルを右に切る。

桟橋の先端が私達のボートの左淵をかすめるも、衝突は回避できた。


私は思いっきりアクセルを踏んで、鼻ピアスの男のボートの横に並ぶ。


「おい、赤髪。いいことを一つ教えてやる。俺はここから一度もブレーキを踏まねぇ。つまりお前は、今みたいに一度でもブレーキを踏めば俺に勝つことはできねぇってことだ。お前さっき俺に足が震えてるとか言ってたな。どっちが度胸があるか勝負しようじゃねぇか。」


鼻ピアスはそう言って私に挑戦的な目を向ける。

その目つきは相変わらず悪いものの、最初に私達に絡んできた時のような侮蔑のような眼差しはなかった。

そこにあるのは純粋に勝負を挑む男の眼差しだった。

ならばこの勝負、男として受けないわけにはいかないだろう。


「いいだろう。だがブレーキを踏まないだけじゃ、少し物足りないなぁ。」

私はそう言ってアクセルをベタ踏みする。

「ギュルルルンー」スクリューが断末魔のような叫び声を上げてボートが加速する。


「私は今から一度も右足からアクセルを離さない。どうだ?」

「おもしれえ。」鼻ピアスの男も眼を輝かせて、ハンドルに取り付けられたアクセルスロットルを思いっきり回す。


この無謀なチキンレースの一番の被害者はお互いのガードある。


「ちょ、ちょっと、冷静になりなよ。ここ、こんなスピード出すところじゃないよ。」鼻ピアスの男のボートに乗っていた金髪の女が叫ぶ。


「マルコ、お願いだから、スピードを落として。」シエルも叫んでいた。

そんな可哀想な女子二人をよそに私達は笑っていた。


物凄いスピードで過ぎ去っていく景色、

一つの判断ミスが大事故を巻き起こす緊張感、

そして脳内であふれ出るドーパミン、

もともと冒険好きの私にはその気があったのかもしれない。

とにかく私はこの時、新たな自分に出会っていたのだ。

「スピード狂のマルコポーロ」


あれほど憎たらしく思っていた鼻ピアスの男に私は感謝していた。

私の父が作ってくれたボートを彼が壊してくれたおかげで、私はこの快感を味わうことができたのだ。


さて気になる勝負の結果だが臨場感を味わってもらうために、

読者の皆さんには次回ルーシの実況をそのまま読んでもらおうと思う。

ではまた次回。

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マルコポーロの異世界見聞録 @Yuyakt

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