最終話

 和子の行動を理解できないまま、僕はクラクラする頭を抱えて家路についた。

そしてその行動の意味を知ったのは、夕飯の時だった。

「和ちゃん、卒業したら直ぐ結婚だってね」その後の母の言葉は覚えていない。

「娘みたいだった」とか「お前も仲が良かったのに」とか、話の内容は断片的にしか思い出せない。

翌日の卒業式のときも、教室に戻ってから、和子は僕と顔を合わせなかった。

結局は、僕にはなにも出来なかったし、話しかける言葉も持ってはいなかった。

話によれば、母親が死んだあと、和子には早くから結婚話が出ていたらしい。

大学に行かないのなら早くに結婚すること、と両家の間で取り決められていたそうだ。高校時代に無関心を装うっていたのも、これが理由だったのかも知れない。

勿論、和子に大学に行く学力が無いわけではない。進学を諦めたのは、きっと覚悟の上なのだろう。

それは、傾きかけている父親の事業を存続させるためだった。


 かなり後から聞いた話だが、その後は幸せに暮しているそうだ。

ただ、何年か前に帰省したとき、チラッと和子を見かけたことがある。

子供を連れて歩いていたが、どことなく寂しげな表情だった。聞いた通りに幸せならば良いが、和子は昔から何でも我慢してしまうところがある。

自分の気持ちを押し殺してしまう性格があった。それは時と場合において、和子自身を守り、又は傷つける結果にもなる「諸刃の刃」でもあった。

他人からの話で「幸せそうだった」と聞いても、和子の本心はどうなのだろう?

そんな疑問が脳裏を霞めた。

どちらにしても、和子は頑張っているのだ。そう僕は自分に言い聞かせていた。

大学でも職場でも、我慢することは思ったより多く、僕を試すかのように待ち構えていた。それが社会の掟だと言わんばかりに、規定や規則で僕を縛り付けた。やがてそんな規則や規定も、徐々に僕にも浸透していった。今では普通にそれらを受け止めている。何かを、夢を、輝く未来を求めて飛び立った場所は、至って普通の場所でしかなかった。

それでも、普通であることの幸せにも気が付き、結婚への意思も固まった。

恐らく、和子も至って普通なのだろう。もしかしたら、普通の幸せを演じているのかも知れない。それは和子にしか分からない。或いは、和子にもまだ理解できないことなのかも知れない。

そんな中でも、人は幸せを創造しなくてはならないのだ。人を幸せにするには、まずは自分が幸せでないと、誰も幸せに出来ないだろう。自分が幸せであって、初めて誰かを幸せに出来る余裕が生まれるはずだ。例え今が望まぬ状況であっても、そこから幸せを見つけ、作り上げることが重要なのではないだろうか。そうすればいつかは本当の幸せに辿り着けると僕は思った。


『僕も頑張って幸せを作るよ』

そう呟いて神社への石階段を僕は見つめた。それから、汗だくで遅れ気味の彼女に、優しく手を差し伸べた。    



          ー完ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

石階段にて ひろかつ @hirohico

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ