第4話
「どうした?こんなところで」和子の家は村の中でも反対側だ。と同時に、久々の会話でもすんなりと言葉が出たことにも驚いた。
「ううん。なんでもないの……」僕に気づき和子は返事をしたが、声には元気がなかった。
「誰か待ってるの?」僕は馬鹿な質問をした。この先には僕の家と数件の高齢者が住む民家しかない。僕以外に、和子が会いに来るような人など居ないのだ。そんな間の抜けた質問にも関心を示さずに、和子は思い詰めた顔をしていた。すると、いきなりいつもの笑顔に戻って微笑んだ。
「ねえ、ちょっといい?」そう言うと和子は神社への石階段を登り始めた。
「ちょっと、どこに行くの」階段を駆け上がる和子を追いかけて、僕は声を掛けた。懐かしい笑顔は小さい時から変わらずに、僕の心を癒してくれるようだった。
「いいから、いいから」
「なんだよ。もう暗いし、寒くなるぞ」春とは言え、森に囲まれた神社は冷え冷えとしていた。階段を登ると街灯が2つ、暗くなり始めた境内を照らし始めた。
「見せたいものがあるの」僕の問いかけに和子は急に振り向いた。
まるで和子の動きが巻き起こしたかのように、境内の風が柔らかく二人を包んだ。
「なんだい?見せたいものって」
「うん。ちょっと後ろを向いて、目を瞑って」僕は渋々だが和子の言う通りに後を向き、石階段の最上段に腰をおろした。眼下には見慣れた山や村立の学校までが見渡せる。ほとんどの家の屋号も知っている。そんな小さな村だが、卒業式が済めば僕は村を去る。村に残る和子とは、幼い時のように会うことも話をすることも出来なくなるだろう。だからその時、和子の言葉に僕は素直に従った。
「良いよ!」和子の元気な声が聞こえ、僕は立ち上がり振り向いた。そして言葉を失った。そこには全裸の和子が立っていた。両手を大きく広げその身体に風を感じていた。
「な、な、なんだよ!」僕は目をそらし怒鳴った。
「知ってるでしょ、私が好きだったのを。だから、最後に私を見て欲しかった」
和子の声は涙で途切れた。僕はなるべく見ないように和子に近づき、足元に脱ぎ散らかした衣服を拾い上げ、そして押し付けて怒った。
「だからって、こんなところで急になんだよ!誰かに見られたらどうする!」
「見られても平気でしょ?アンタは直ぐに引っ越すんだから」
「俺は良くても、和子が困るだろ!」和子は差し出した衣服を受け取らず、境内を走り始めた。
「ねえ。覚えてる?小さい頃、よくここで虫取りをしたよね!」
「良いから、服をきろよ!」
「だって、ちゃんと見てくれないんだも〜ん」和子は笑っていた。
「解った、見たら着るか?」
「うん」和子は走るのを止め、僕に近づいてきた。
僕は大きく息を吸うと、和子の身体を見た。幼馴染とは言え、薄暗い闇に浮かぶ和子の身体は美しくさえ見えた。そして初めて交わしたキスを思い出した。幸せを感じた二度目のキスを思い出した。
「もっと良く見て!」和子の目は潤んでいた。
僕は思わず手を伸ばし、その体に触れたい衝動に駆られた。
ところが、和子はその手をあっさりとかわし、衣服を拾って胸に抱えた。
「だめよ!遅かったの。もっと早ければな〜」
「どういう意味だよ!」恥ずかしさを誤魔化すかのように、僕は怒って見せた。
「もっと早かったら、あげても良かったのに……」
「え?」奥手の僕でも、その意味は理解できたが、言葉自体に耳を疑った。
「ねえ、最後にもう一度キスしてくれる?」和子は衣服を着ながら僕に言った。
僕は下着をつける和子をじっと見つめ、小さく頷いた。
スカートをはき、ブラウスを羽織り、ジャケットに腕を通した和子が不意に僕にキスをした。それからまた直ぐに僕から離れ、境内を走り始めた。
「あ〜、夢が叶った〜」和子は笑っていたが、その目からは涙が流れていた。
「ちょっと、とまれよ!」僕は和子に駆け寄り腕を掴んで引き寄せた。
僕の興奮は歯止めが利かなくなっていた。あのときのような幸せ感が体の奥から弾けそうだった。
もう一度、和子に唇を押し付けようとしたが、風のようにあっさりと逃げられた。
「もう、どこでも行っちゃえ!」そう言い放つと、和子は大粒の涙を流し、神社から逃げ出すように走り去った。
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