第20話 『ウェブサイト』

お題『ウェブサイト』


『お知らせ。

 このたび、私――トリトリーンは、フォロワーのサカサカナさんと同棲することになりました。是非、これまでと変わらぬおつきあいをしていただけたらと思います』

 行きつけのブログを見に行った時に飛び込んだ文字に目を剥いた。

「は?」

 意味が分からない。

 思わずスマホの手を離してしまい、寝転がっていた私の顔面にスマホが落ちてくる。

「ヘブッ」

 ――何回目だこれ。

 スマホを顔面にぶつける度にもう二度とこういうことにならないようにしよう、と思っているにもかかわらず、毎度毎度ぶつけてしまう。

 我ながら学習がない。

ブブブブブブ

 痛みのする鼻先をさすっていたらスマホが振動するのを確認する。

「ん?」

 SNSアプリの通話機能に着信が入っている。

「……あの子だ」

『見た? 見たよね? ブログ。サカサカナさん、トリトリーンさんと付き合ってたんだ! 俺知らなかったよ!!』

 通話先で興奮気味に語る男の子の声に思わず冷静になる。

「……そう? なんとなくそんな気はしてたけど。SNSでもやけにイチャイチャしてなかったっけ?」

『マジで?』

 あれだけ分かりやすく二人が親密な様を見せつけられていたのに、なんというかとても鈍感な人だ。まあいいんだけど。

『ショック……サカサカナさん……ううぅぅ』

「いやまぁ、同棲始めただけだし」

『――だけって、てどう捉えたら良いんだよ?』

「もっと前から付き合ってた訳だから今更よ、今更」

『うぎゃぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』

 聞こえてきた奇声にスマホを耳元から話す。

「しゃきっとなさいよ。別に会ったことない相手じゃない」

『そうだけどさぁ……そうだけど』

 ――そもそも、女の子にこんな電話してくるなんて失礼じゃない?

 などと言い出したら面倒くさいことになりそうなので私はぐっと我慢する。

「衝撃的なのは分かるけど、始まってすらなかった恋なんて忘れなさい」

『ぐぅ……キリンキさんには俺の気持ちは分からないよ』

「分かるわけないでしょ! 私はあんたに会ったこともないし。せいぜい音チャでゲームを一緒にやってただけの、ただの知り合いでしょ」

『でも、トリトリーンさんのこと、キリンキさん好きだったでしょ』

「それは――」

 即座に反論できない。

 とはいえ、私はとっくにあきらめてたので今更それを知らされたところで「ああやっぱりね」とあきらめが付く。なんというか、再確認をしただけだ。

「トリトリーンさん。いい人だったからね。二人が付き合ってるのは明かだったし、まあ、結婚宣言じゃないだけマシだし……なんであんたなんかにこんなこと言わなきゃいけないのよ」

『お前なら分かってくれるかな、て』

「年下のガキが生意気言ってんじゃないわよ! 私は大学生。大人なの。あんたは中学生のガキじゃない。一緒にしないでよね」

『はぁ? 俺の方がゲーム上手いし』

「そんなことしか言えない辺りがガキなのよ」

 私はため息をつく。

 なんでまた、こんなタイミングでこんな馬鹿の通話を受けてしまったのか。

「じゃあ切るよ」

『まてまてまて。キリンキさんも少し話そうぜ』

「はぁ? 失恋の傷くらい自分でなんとかしなさい。私は課題があるの」

『うっせ。違うよ。なんていうか、そっちも何か吐き出すことないの?』

「ないよ。仮にあったとしても吐き出す相手はあんたじゃない」

『そんなぁ』

 馬鹿げてる。何故私はこんな会ったこともない子供の子守をしないといけないのか。

『じゃ、聞くけど、キリンキさんはトリトリーンさんが同棲失敗してサカサカナさんと別れたら、ワンチャンある、とか思わない?』

「まさか、二人の仲を邪魔しようとか考えてる?」

『――だと言ったら?』

「馬鹿なことはやめなさい。そんなのなんの意味もないわよ」

 何を言い出すかと思ったら、こんな馬鹿げた話を持ちかけるなんて。

『いやいや。でも、さ。たとえばの話だけど、浮気の噂とか流れたらどうする?』

「どうもしない」

『そっかなー。ダメかなぁ』

「というか、素直に二人を祝福してあげなさい。それがよき友人ってものよ。あんただってトリトリーンさんとは仲良かったじゃない。色々助けて貰ってたでしょ」

『それとこれとは別さー。別。全然』

 ――ほんと、こいつはガキだなぁ。

 色々と付き合ってられない。

「ネット上で変な情報工作したって、毎日一緒に居る人間相手にどうこうできないっての」

『んんんっ、じゃあこの衝動をどうすれば』

「新しい恋でも見つけたら? こないだソシャゲで好みの子引いたんでしょ」

『ソシャゲキャラは嫁でしょ。嫁と恋人は違うじゃん』

「………………はぁ」

 泣きたくなってきた。

『じゃあ仮にだけど、俺と付き合わない?』

「は? 節操ないわね」

『ほら、こう、こっちがラブラブになって相手を見返す的な』

「たぶん得してるのあんただけだわ。あんたは私のこと別に好きじゃなかったでしょ」

『………………いや、その』

 ――あ、うぶな反応。

『その、好きか嫌いかでいうと、その……す、き、だと思う。最初に連絡したのも、その、気になってたからだし』

「はぁ……なんていうかそうだとしても失恋のついでに告白とかやめてくれない?」

『ついでじゃないし、その……実は失恋の方は口実で……あの二人の同棲はショックだったんだけど……その……』

 ――どうしたらいいかしらね。

 この男子中学生、私にも気が合ったらしい。というかまあ、女の子相手には誰に対してもでれでれしてるところあったし、気の多いやつだったのかもしれない。男子の気持ちなど知ったことではないけど。

「言いたいことがあるならしゃきっとなさい」

『……!』

 息をのむ音。そしてスマホの向こうで何度も深呼吸の音がした。

『キリンキさん。俺と付き合ってください』

「嫌よ」

 ぶつり、と通話を切ってスマホを投げる。

 なんだかすっきりした気持ちになり、私は着ているモノを適当に脱いで下着姿になり、そのまま風呂場へ直行した。今からシャワーを浴びるととても気持ちいいことだろう。




 シャワーを上がり、最低限の下着と上着を羽織ってベッドに戻るととてもたくさんの着信が着ていた。ダイレクトメールでも大量の謝罪文。そして出てくれ、の嵐。

「……まったくもう」

 うっひっひっひっ、と思わず笑みがこぼれる。

 と、そこでまた着信。

「もしもし? 何?」

『ごめ゛ん゛な゛ざい゛……いきなり変なこと言ってすいませんでじだぁ』

「……泣いてるの?」

『ひっく……ひっく……泣いてません』

 ――うわぁ、すごく……泣いてる。

「泣いてるじゃない。馬鹿ね」

『……見捨てないで』

「別に。見捨ててないけど? 振っただけ」

『ぐぅ』

 思いっきり動揺してる反応に笑みを必死でこらえる。

『何笑ってるのさ』

「笑うわよ、滑稽だもの」

 ぷしゅっ、と冷蔵庫から取り出したペットボトルを開け、炭酸飲料をごくごくと飲み干す。

『なに? やけ酒?』

「まさか。ただのコーラ。あんた相手に醜態を見せてあげないわよ」

『その……キリンキさん』

「何」

『俺、ダメかな』

「何もかもダメねー。周りが見えてない。勢いだけ。あまりにも、あまりにも、子供」

『…………』

「いい友達でいましょ」

『そんな……無理ですよ』

「嫌ならコミュニティから出て行けば。学校と違って、ネットの関係なんていつでも切れるからね」

『冷たい』

「いつも私はこんなもんでしょ。優しい言葉が欲しいなら他の人のところに行きなさい」

『ヤダ。キリンキさんの声が聞いてたい』

「はぁ、そう。まあいいけど」

 ――私も懐かれたものね。

 いつもこうやって軽くあしらってるだけなのに、なんで好かれてるのやら。

「百歩譲ってもあんたは弟キャラね。年上好みの私の射程外」

『ほら、あれ。そこは光源氏みたいに俺を自分好みに育てると思って』

「育成ゲームは苦手なのよね」

『じゃあ、俺頑張っていい男になるから』

「どう頑張っても私の年上にはならないでしょ」

『他! 他に年上以外に好きな属性は!!』

「エルフ耳」

『ひどい! いや、でも、ほら、ツケ耳とかすれば』

「そんなコスプレに興味ないわねぇ。天然もののエルフ耳がみたいわぁ」

『次! 次の好みの属性は!!』

「あー。次かー。魔法使いかなぁ」

『一旦、フィクションの好み置いておこう。キリンキさんの二次元の好みはおいてといて、さ』

「じゃあ、年収が一千万超えてるとか」

『年収……年収……今から頑張ってノーベル賞とる感じの大発明か大発見すればワンチャン』

「そのワンチャン、何億分の一のワンチャンスなの?」

 スマホの向こうが押し黙った。

 耳を澄ますと嗚咽を必死で我慢してる感じの音が聞こえる。

 ――やれやれ、とっととあきらめれば良いのに。

『じゃあこういうのはどうだろう』

 しばらくおいて、少年が口を開く。

「どういうの?」

『ゲームの決闘で俺が勝ったら――』

 ぶつっ、と通話を切った。スマホをぶん投げてズボンをはいて上着を羽織ると私は近くのコンビニへと向かった。

 肉まんと、いくつかのお菓子を手にして帰ってくるとやはりスマホに大量の着信が届いていた。

「もしもし? あんまりしつこいとストーカーとして訴えるわよ」

『ひっく……ひっく、ごめんなさい。生意気言ってすいませんでした』

「お、ちゃんと謝ったわねぇ」

 肉まんをもしゃもしゃ食べながら少年の戯れ言を聞き流す。

『教えてください。どうしたら付き合ってくれますか』

「無理」

『まったく?』

「まったく」

『百パー?』

「百パーね」

『うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ』

 少年の唸り声で飯がうまい。なんというか、知り合い二人の同棲が吹き飛ぶくらいいい肴にはなってる。

「ま、あんたはこれからも私のおもちゃね。せいぜいおもちゃらしくあがきなさい」

『ちくしょぉぉぉぉ! 絶対に惚れさせますからね!』

「はいはい。期待してないけど」

 ぶつり、と三度通話を着る。

 今度は変な通知が連続で来なくなった。

 ようやく静かな夜を迎えられそうだ。

 まあ、あの少年と付き合うことはこれからもなさそうだが、しばらく暇をもてあますことないだろう。

 そんな確信と共に私は知り合いのブログにアクセスし、改めて「同棲おめでとうございます」とコメントを残すのだった。




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ワンドロ即興小説集 2021 年1月版 生來 哲学 @tetsugaku

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