第19篇 『防腐剤×雑談×サンバ』
お題『防腐剤×雑談×サンバ』
「あんたたち、防腐剤、何使ってる?」
「え?」
「こわ」
「使ってるわけないじゃん」
四人の女子高生達のうち、三人が同時に顔をしかめる。
「あー、ごめんごめん。これミカの自分言葉だった。あーえーと、あれよ。たましいの防腐剤よ」
「たましいの」
「防腐剤」
「ますます分からん」
ミカの言葉にただただ混乱する三人の女子高生。
「とどのつまり、人間て生きてる限り死に向かって腐り続ける存在な訳」
「ミカの自分理論きた」
「なんだか崇高そうなこと言ってる気がするので質が悪い」
「それでそれで」
「でも、それで心まで腐ったらダメじゃん。なので、ばしっ、と心を綺麗に、健やかに、魂を健全に保つためのもの、それがたましいの防腐剤」
ミカの言葉に三人の女子高生は思い思いに考える。
「つまり、生きがいとか?」
「まー、そういうのでもいいね」
「だったら、私はおしゃべりかなぁ」
「トモはそうだろうねー」
「おしゃべり好きだもんねぇ」
「ともかく雑談。人生は雑談よ」
トモは目を輝かせて言う。
「ひたすら誰かと雑談してるだけで幸せ。最高。それだけで生きていける」
「口らか先に生まれたような子ね」
「別に私はずっと黙っててもいいよ。面白い話さえ聞ければ」
「おおっ、聞き上手かつ話し上手とか最強じゃぁん」
「あったりまえ! 誰かが黙ってたら私が話す! 誰かがしゃべってたら聞く! 常におしゃべり。会話こそ人生よ!」
「独りぼっちだと死にそう」
「死ぬ。無理。一人では生きていけない」
「過酷。私には理解できないけど、まあ、友達が多いトモならまあそんな感じなのかなぁ」
「そんな感じよ!」
「ははぁ、じゃあ将来私達が先に死んでも、誰かに私達のこと語り継いでね」
「え? どういう状況それ?」
「いきなり自分が死んだ後のこと考え出すミカはやっぱりおかしい」
「ミカがおかしいのはいつものことだけど」
「というか、言い出しっぺのミカのたましいの防腐剤ってなんなの?」
問われてミカは首を傾げる。
「分からない」
「は?」
「え?」
「ずるくない?」
「いやー、私すぐ飽きっぽいもん。色々目移りしちゃう。だから、そういうのあんまりないの。だから、他の人は何かないのかな、て」
「なるほどねー。自分にないものを探して質問したんだ」
「レキコーは? レキコーはどんな感じなのさ?」
「私? うーん、私もそういう趣味とかないなぁ。周りが流行ってるものにハマる感じだし。あえていうと流行? 周りがコスメにハマったらコスメにハマるし、漫画にハマったら漫画にハマるし、アイドルにハマったらアイドルにハマるかな」
「うわ、主体性ゼロ」
「将来悪い男に捕まりそう」
「……あれ? もしかして」
「ん? どうしたの?」
「レキコーってさ、よく他人の彼氏好きになるよね」
「ギクッ」
「うわ、ここに来て最悪な証拠出てきた」
「はっはっはっはっ」
「……逆に言うと、レキコーはハーレムオッケーな方なの?」
「ハーレム……私以外に彼氏が好きな女がいる状態?」
「そうそう」
「……ぐっ……許しがたい」
「この女最悪では?」
「おーい! 座布団全部もってってー!」
「座布団とかないでしょ!!」
「はい、椅子没収」
教室の机を囲んで四人で座っていたのだが、レキコーだけ一人椅子を没収され立ち話の刑にさせられる。
「いや、だって、おかしくない? 自分以外に好きな女いたら嫌でしょ」
「そうね」
「そりゃそうだ」
「でも、たとえば私に新しい彼氏が出来たとしたら?」
「私も好きになってしまうかも知れない」
「ひどい!」
「ミカは別に彼氏共有してもオッケーなタイプだけど、レキコーは嫌なんだよね?」
「……さすがに、恋人は独占したいかな。うん、共有は無理」
「ナチュラルボーンの寝取り女だよ、この子。みんな彼氏が出来たらレキコーには内緒ね」
「うーん、私ら彼氏とか出来るのかな」
「おいおいおい」
「それはきっと出来るよ」
「希望は捨てずに行きましょ」
「ふむぅん、みんな前向きだなぁ」
「ネガティヴ! ネガティヴ思考やめよう! 出来ると言ったら出来るの!」
「じゃあどんなタイプの彼氏が?」
「そりゃ…………どんなタイプだろ」
「ダメだ。トモはプランがない」
「ミカはなんか放っておいても彼氏できるよね」
「んー、ただ単に断ってないだけだけど」
「変な女だものね」
「自分勝手な造語ガンガン作るし」
「なので変な男がよくよくやってくる」
「そしてレキコーが変な男が好きになってしまう」
「いや、さすがにミカの歴代彼氏になったことはないって」
「そう?」
「うんうん、無理無理。ミカの彼氏だってあれでしょ? いきなりサンバ踊り出したりする人とかでしょ」
「別に急にサンバを踊り出してもいいじゃない。留学生だもの」
「……」
「……」
「……アウト」
「ぎゃーん」
何故かミカの座っていた椅子も没収される。
「そもそもなんでサンバなの?」
「えーと、ほら。情熱の現れ? 彼はラテンの地で育ったから」
「いや、でも彼はラテンとは関係ない北海道からの転校生だったじゃない」
「え? そうなの?」
「そうそう。北海道から来た身体のデカい子。あまりにも日本人離れしたデカさであだ名が留学生だったの」
「背の低いミカと並んでたらちょっとした犯罪臭がしたよね」
「同い年で並んで犯罪臭っていうのやめてくれない! パト案件みたいじゃん」
「パト案件?」
「ケーサツ沙汰ってこと」
「だから変な造語で話のやめて!」
「うちら、優しい友達だから良いけど、ほんと外ではそういうの良くないよ」
「ぐぬぬ。だって思いついちゃうもん」
「ロリっ子なので、ぶりっ子したらちょっと許せそうになるのズルい」
「ロリっ子いうのやめてよね。背が低くて童顔なだけのスーパー若作りなだけなのに」
「そういうのロリよね」
「だね」
「レキコーみたいな大人びたタイプとは真逆」
「いや、なんていうか、レキコーはエロいだもんね」
「え?」
「分かる。犯罪」
「え?」
「なんていうか、普通に高校の制服着てるのにコスプレ臭がする」
「嘘。みんなそういう風に思ってたの?」
「……まあ」
「ねえ」
「大人びてる。とても大人びてるもん、レキコー」
「少なくとも、他人の彼氏をすぐ寝取れるくらいにはエロさがにじみ出てる」
「エロさがにじみ出てる???? どーいうことなの?」
「なんていうか、レキコーは他人にすぐ影響されるから――今までの経験がすべて蓄積されて、あらゆるエロさに対応できるようになったんじゃないかな?」
「人をコピー能力者の完成形みたいなバケモノ扱いやめて」
「大丈夫、レキコーはコピー能力者にあるまじきオリジナリティが身についてるし、もうどんな敵が出来ても倒せるよ」
「倒すってなんの話? おかしくない?」
「じゃあ、パフェとかにどんな具が入ってても食べられそう」
「パフェで食べられない具が入ってることあるの?」
「私ある。パフェにあのフレークが入ってるの無理」
「え? サクサクしてああいうのがクリームの中に入ってるのいいじゃない?」
「サクサクしてるのがダメよ。柔らかさを楽しみにきてるのに、急に固さを主張しないで欲しい」
「そっかー。じゃあドーナツセットでバラバラの種類が混じってるようなのとか、お寿司セットでバラバラの寿司が入ってたりするの嫌なの?」
「それはアリ」
「ありなんだ」
「それはバリエーションを楽しみに来てるもん。バラバラの味を楽しむことがメイン。逆に同じのが混じってたら『ダブってるよ』て文句言っちゃうね」
「わがままー」
「目的意識の差よ。コンセプトに沿ってるかどうかの問題」
「じゃあ、その流れで言うと勉強に体育が入ってるのはどう?」
「ん?」
「数学、国語、化学、て勉強が続いてて四時間目に突然体育! て運動が混じったりしてると違和感感じない? お前だけ勉強じゃなくて運動じゃないか、ていう」
「あぁ、そういう……」
「私は好きよ。勉強しなくていいからね」
「あたしはダメ。疲れるもん。朝一体育とか来たら後の授業全部死んでる」
「うざーってなるね、朝一は。無理がある」
「五時間目の体育も無理」
「はぁ……まぁ……うん、確かに体育だけハミゴよね」
「ハミゴ?」
「なにそれ」
「また造語」
「造語じゃないよ! えーと、あれ、方言。お婆ちゃんとこに行くと、みんな使ってるやつ。えーと、はみ出しモノっていうか、仲間外れってやつ」
「そんな言葉あるんだ」
「初めて知ったなぁ」
「ミカの造語じゃなかったんだ。逆にそれがショック」
「ショックっていうか、うーん、私だっていつだって造語で喋ってないし。時々生まれるだけだし」
「普通の人は造語とか簡単に生まれない」
「そうそう」
「ええ? でもほら、あだ名とかみんな簡単につけるじゃん。レキコーっていうあだ名だって私じゃなくてトモがつけた奴だし」
「あだ名はいいの」
「あだ名は別腹」
「そうそう」
「がーん! そんなのあり?」
「ありよりのあり。ありよりはべりいまそかり」
「いや、後半のそれはなんだよ」
「古典の? なんか、活用? みたいな?」
「活用の仕方間違ってるぅ!」
「古文の成績が心配になる活用の仕方したね、今」
「うわーん、虐めるのやめて。虐めるならミカにして」
「ちょっと、私ならいくらでも虐めていいみたいな風潮やめようよ」
「え」
「え」
「うぇぇ?」
「はい、ミカがかわいい顔したのでこの話は終了です」
「はーい」
「かしこまりー」
「なにそのコンビネーション」
「まあ仮にも仲良しグループだからね」
「これくらいは当然」
「雑談を防腐剤にしてる人は違うなぁ」
「ん? 防腐剤ってなに?」
「なんだっけ?」
「…………なんだっけ?」
「ミカが忘れるな! なんか、生きがいとかのことでしょ?」
「ああ、そうそう。心の防腐剤だ。あれ? みんなにそんな話したっけ?」
「したよ」
「ついさっきしてたよ、確か」
「まー、してたよね」
「えーと、あと心の防腐剤を話してないの誰だっけ?」
「ピーヨシだね」
「ピーヨシかー」
「ヨシピー、なんかあるの? いきがい的なモノ」
「くっそ、話したくないから話題そらしてたのに」
「マジで。そんな話術駆使してたの?」
「いや、自然といつも通り脱線してただけだけど」
「女子トークは脱線が華だもんね」
「ヨシピー、ともかくラストに良い感じのオチ語ってよ」
「いや、そんな面白いものないけど」
「そう? 別になんでもいいよ」
「うーん、そうねぇ。まぁ、なんだろ。あえて言うと」
「あえて言うと?」
「虚無」
「は?」
「え?」
「どいうこと?」
「なんというか、人と接するの疲れるから……」
「ええ?」
「家に帰って、誰もいない部屋でぼーっと何も考えずに寝転んで、一日の疲れが抜けるのを待つ」
「うそん」
「病んでる……」
「そうやって、疲れが抜けるのを待たないと、生きていけない」
「もしかして、こうやって話しかけられるの嫌だった?」
「別にそんなことはないの。むしろ、友達と雑談するのは大好き」
「そう、それならいいけど」
「でも、疲れるのは疲れるから、終わったらぼーっとしてないとだめ。そういうセーブポイントでの休憩がないと生きていけない」
「ううーん、ピーヨシ、なんというか苦労人気質」
「あーっと、家に帰ったらゆっくり休んでね」
「うん、私達はピーヨシのことが好きだから、ピーヨシが休んで回復するのを応援するよ」
「その理屈はなんか変じゃない?」
「いいじゃん、その場のノリなんだし」
「そういう訳の話からなさがピーヨシを疲れさせるのよ!」
「まあまあまあ、私はこういうのは好きだって。ただ、セーブポイントが必要なだけ」
「うーん、なんというか、大変だねぇ」
「だから大変にしてるのはうちらだって」
「じゃ、みんなで黙って虚空見上げてみようか。それでピーヨシの気持ちを考えよう」
レキコーの言葉にみんなで心を無にして虚空を見上げた。
だが、一分もしないうちに飽きてミカがため息をついた。
「帰ろっか」
「……帰ろ」
「さんせー」
「じゃ、そういうことで」
かくて彼女らは帰途についた。
了
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