「夏」はまだ未完成
和泉
第1話
手元にあるのは「夏」のパズル。でも実はこのパズルは未完成で4分の1が空白のピースで出来ている。
引越しの準備をしていた僕、
「ねぇ! あたしたちでパズルを作らない?」
バンと勢い良く机に乗り出し、そう提案したのは
「はぁ? パズル? 何の為にだよ」
でもそんな返答にも臆せず田中さんは手振りも付けて大仰に答えた。
「あたし達のキラッキラした青春はさ! あと少ししかないんだよ?」
「はぁ? どういう意味だよ」
でもその返答は返答になってなくて、僕も食い下がる橋本くんと同じく意味がわからなかった。すると、さっきから考え事をしていた
「何かしらパズルを使って思い出を保存したい、とか?」
「そう! さっすがぐっちーわかってるー!」
ぐっちーこと樋口さんが言った事に田中さんもノリノリで肯定した。樋口さんは学年トップの成績を持つ事からもわかるように頭の回転がとても早い。
「あぁ? 俺には全く話が読めねぇぞ?」
それに比べて少し頭の悪い橋本くんは首を傾げた。そしてもっと頭の悪い僕もただ視界を斜めにすることしか出来なかった。
「だからさっ! これだよこれ!! ジャーン!」
田中さんはそんな僕達二人にもわかるように、自分の鞄からある物を取り出した。それは、
「……無地のジグソーパズル?」
「そう! この無地のピースがあるでしょ? だからこれにこの夏あった事を書くの! 例えばプールに行って楽しかったとか、遊園地に行って楽しかったとか、夏祭りに行って楽しかったとか……」
「全部楽しかったじゃねぇか!」
語彙力の乏しかった田中さんに橋本くんが一言ツッコミを入れて笑いが起こる。
「でもやりたい事は分かったよ、そのピースを後ではめたらこの夏の思い出が完成するってことだね」
僕がそうまとめると田中さんは「そうそう!」と相槌を打ってくれた。
「面白そうね、それ。やってみない?」
樋口さんがそう言うと皆口々に賛成し、「夏」のパズルを始めることが決まった。僕達は中学3年生。確かに中学生の夏はもう二度とやって来ない。何か思い出を残せるならやってみるのも面白い。多分皆そんな思いで賛成したんだろう。
パズルを作るに当たって僕達はその準備に取り掛かった。まずはパズルのピースを4分の1に分けた。次に枠の持ち手だけど、これは真面目な樋口さんが持つ事で決まった。
✳︎✳︎✳︎
「はぁぁぁ……テスト終わったぁ」
期末テストの猛攻にすっかりやられてしまった橋本くんは机にだらりと足を投げ出した。かく言う僕も完全にオワッタ気分でいた。まぁテストの結果はともかく、今日から待望の夏休みが始まる。それに伴って僕達のパズル製作も始まる。新しい試みを始めると言うだけあって皆少し浮き足立っているように見えたのは気のせいではないはずだ。そして僕達は8月31日、夏休みの最終日に校門前に集合しパズルを完成させる事を誓って別れた。
✳︎✳︎✳︎
「ヒャッホウ!!!」
橋本くんが両手を上げながらウォータースライダーを滑り降りてきて、盛大にしぶきをあげながら着水した。暫くするとその辺りから橋本くんが浮かんできて、今度は盛大にむせ始めた。その光景に思わず僕達3人は吹き出してしまった。
「う、うっせゴホッゴホッ」
反発しようとしてまたむせた橋本くんに僕達はお腹が痛くなるぐらい笑い転げてしまった。
『田中くんウォータースライダーで溺れかける』と。
✳︎✳︎✳︎
「ほらいくわよ。ジェットコースター乗るんでしょ?」
「いやーだー絶対にいきたくなーいーー」
樋口さんにずるずると引きずられて行くのは田中さん。全力で抵抗しているけど意外と樋口さんは力持ちのようだ。
「何ボサっとしてんだ? お前も行くんだよシン! まさかお前怖いのか?」
ニヤニヤしながらガッシリ肩を組んでくるのは橋本くん。
「ははは、僕がジェットコースター苦手なんてまさかまさか」
「声震えてんぞ」
「…………さらばだ」
「あっ! 待てコラっ!!」
結局足の遅い僕は橋本くんに捕まってしまい、ジェットコースターに強制移送させられた。
「ザワっちも苦手だったんだ。奇遇だね、あたしもだよ」
隣に座った田中さんが震えた声でそう伝えてくる。ジェットコースターはカタカタカタと音を立てて坂を上っているところだった。
「違うよ田中さん。僕はジェットコースターが苦手なんかじゃギャアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
『絶叫マシーンにて笑われる。許すまじ』と。
✳︎✳︎✳︎
「勉強しなさい! そこの二人」
勉強モードとなると樋口さんは怖い。夏休みの宿題を燃やしかけていた僕と橋本くんは樋口さんの特別講習を受けていた。場所は樋口さんの家。ついでに田中さんも来ていた。
「そんなんじゃ高校にあがれないわよ?」
頭を抱えながらそう言う樋口さん。それに橋本くんが反論する。
「そうは言ってもよぉ、ここの地域じゃ皆鍵月に行くじゃん?」
そうなのだ。元々田舎寄りの地域に住んでいたのに、更に少子化により高校が合併してこの辺の生徒は皆、
「確かに橋本くんはそうね。でも貴方の成績じゃ留年もあり得るわよ、矢澤真くん?」
「ひゃ、ひゃい」
鬼の形相でこちらに数学のプリントを突き付けてくる樋口さんに僕は情けない返事をする事しかできなかった。
「ザワっちは本当に勉強しないねー。そんなんじゃ本当に鍵月行けないぞー?」
とっくに宿題なんて終わらせて、叱られる僕達を見ては嘲笑していた田中さんがそう言ってまた笑う。
「僕だって東京の高校に行けるならもっと勉強するのに」
鍵月高校にいくことが決まってるので勉強のモチベーションは湧かない。でも東京なんて大都会に行けるなら勉強のやる気に繋がると僕は主張した。
「東京なんてちっとやそっとじゃ行けねーよ」
橋下くんが横から鋭いツッコミを入れてくる。でも確かに東京はここからじゃ遠すぎる。例え頭が良くても上京は物理的に難しい。
「東京ねぇ……」
田中さんは唸るような声を出した。
「田中さんは行きたくないの?」
「うん、あたしはここが好きかな」
僕が聞くと田中さんはそう答えて笑ってみせた。だけど、そんな談笑に水をさすような声が響いた。
「東京より今は目の前の心配をしなさい!」
般若のような顔をした樋口さんがドンと数学プリントを叩きつけてくる。地獄の勉強会は始まったばかりだ。
『勉強会に般若現る。正体は樋口さんか』と。
✳︎✳︎✳︎
「夏休みめっちゃ満喫してたなぁ俺ら」
夏祭りの喧騒の中、橋本くんがそう言ってたこ焼きを1つ口に入れた。
「そうだね、色々あったね」
そう言って夏休みを思い出しながら僕もたこ焼きをかじる。
今日は年に一度の夏祭りの日、この日を迎えたと言うことはもう夏休みも終盤だ。僕達はたこ焼きを食べながら各々夏休みの回想に耽っていた。
つまるところ、思い出す思い出がある程には、僕達は青春を謳歌していたのだ。今日まで書き溜めてきたパズルピースも結構な量になってきていた。
「あっ! ほら花火始まるよ!!」
花火開始を告げる放送を聞いた田中さんがそう言って虚空を指差す。屋台の天幕の更にその上空には薄暗い空が広がっていた。
ドォンという大きな音ともに千紫万紅の花火がそこに乱れ咲いた。
「綺麗……」
樋口さんが溢した言葉に僕も同意見だった。僕達はその迫力ある花火に魅せられ、終わるまで空を眺め続けた。
「綺麗だったね! ものすっごい!!」
花火が終わると興奮した田中さんがそう言って両手を広げて花火の美しさのレベルの高さを表現する。
「だな、花火ってのは俺も結構好きだぜ」
「僕も好きだな」
「私も」
そう言って僕達は、じっくりと花火の余韻に浸っていた。確かに花火は興奮する。けど一瞬の輝きを放って消えていくその鏡花水月さに、僕はある種の恋人を失った時のような寂寥感も覚えるのだ。でもそれもまた心地良く、花火の最大の魅力と言っても良いだろう。
僕はそんな事を考えながら屋台の並んだ砂利道を皆と並んで歩いた。
『名もなき花火に魅せられて。空に咲いた無数の花』と。これはちょっと気取りすぎたかな。パズルのピースに書き込む内容を検討して一人で苦笑する。
「ん? ザワッちどうかした?」
「あのさ、田中にちょっと話あるんだけどよ」
田中さんが僕に話しかけたのと同時に橋下くんが口を開いた。田中さんは橋下くんの柄にもない真剣な表情を見て「ん? 何?」と続きを促した。僕も樋口さんもこんな表情の橋下くんは見たことが無かったから、大人しく続きを待つ。
「皆には黙ってて悪かったんだけどよ、ちょっと田中に言いたいことがあって」
今日の橋下くんは歯切れが悪い。俯き加減でそう言った橋下くんの方が強張っていた。
「ちょ、ちょっと橋下くんなんか変じゃーん! どうしたの、調子悪いぞー?」
そう言って橋下くんの横腹を肘で小突く。その異様な雰囲気に田中さんが無理に大声を上げたのは明らかだった。
「あのさ、俺、田中のこと好きだ」
あまりにもさらっと言ったから、僕は最初聞き間違いをしたんじゃないかと思った。でも照れ隠しでそっぽを向く橋下くんの顔は花火もないのに赤く染まっていて、本気なんだと分かった。
「へっ? ハッシーがあたしを!?」
田中さんは心底驚いているように見えた。目を丸くして手で自分を指差して聞く。
「ああそうだよ、何回も言わせんな」
「それってあたしも答える必要あるの?」
「ああ、だから、俺とは付き合ってくれんのかよ?」
一瞬の間が空く。田中さんにちらりと見られた気がした。
「ごめん、あたし他に好きな人いるから。そういうのちょっと迷惑かも」
田中さんは「それに」と付け加えた。
「それにあたし夏休みが終わったら転校しちゃうから意味ないんだよね!」
そう言ってくるりと一回転すると笑ってみせた。
橋下くんは何も言わずに帰って行ってしまった。その雰囲気で祭りを楽しむことも出来ず、僕達もすぐに解散した。橋下くんの誘いを断った田中さんにも、一部始終を最後まで無言で眺めていた樋口さんにも僕は何も言えずに帰路についた。
この時、何かのピースが外れた気がした。
楽しかった思い出が、僕達を繋いでいたものが、静かに瓦解し始めた。
『夏祭り。花火が綺麗だった』と。
✳︎✳︎✳︎
契機は夏祭りだった。対面で会わない時に僕達を繋いでいたツールであったLINEグループでも瓦解の兆しは見えていた。
今日は皆で映画を見る予定だった。だけど、現地に集まったのは僕と田中さんだけだった。
「これってさ、どういうことなのかな」
僕は田中さんにLINEを見せる。
『フラれた女に興味はねぇ。俺はもうグループから抜ける』
『転校っていう大事なことを話してくれないような仲だったんだね。仲が良いと思っていたのは勘違いだったみたい。私もこのグループを抜けるわ』
その言葉を最後に会話はなく、下には二人の退室履歴だけが表示されていた。
「まあハッシーはそのまんまの理由なんじゃないかな。ぐっちーは裏切られたと思ってるのかも。でもあたしが悪いんだよ。転校するなんてこと隠してたんだから」
そう言ってヘラヘラと笑う彼女には一体どれ程の心の傷がついているんだろう。僕はそれを想像して胸を痛めた。転校は確かにびっくりだったし、なんで言ってくれなかったんだろうという思いもあった。けど、田中さんだって多分悩んだはずなんだ。悩んで悩んで悩んだ結果が「夏」パズルを完成させること。多分最後の思い出にこれがしたかったんじゃないかと思う。でも、二人がいないこの状況では完成させることはほぼ不可能だ。
「なんで二人とも田中さんの気持ちがわかってやれないんだ……」
思わずそう溢していた。
「まあ、人の気持ちなんて多分わからないんだよきっと。わかったつもりになるだけでさ。ほら、映画いこっ! 始まっちゃうよ!」
田中さんはそう言って僕の手を引いた。無理して明るい声を出さなくても良いのに、と僕は思った。
映画は全然楽しめなかった。今流行りの恋愛ものを見ていたけれど、どうしても虚構に見えてしまう。ラストの告白のシーンでは夏祭りでの橋下くんを思い出してしまった。
「いやあ面白かったねー。あたしも胸がキュンキュンしちゃったよー」
手を頭の上で伸ばし、硬くなった体をほぐしながら田中さんはそう言った。その底抜けに明るい声に、僕は一抹の違和感を覚えた。なんでそんな顔が出来るんだろうと疑問に思いながらも僕は曖昧な返事を返した。
「ザワッちはそんなに楽しめなかった?」
「え、ううん。別に楽しかったよ」
「だよね! あそこのライバルをぶっ倒すところなんて超最高だった! あたし胸がスカッとしちゃった!」
そう言って田中さんはパンチを繰り出す真似をした。僕はそんなシーンがあったのかも覚えていなかった。
「田中さんは良くそんなに平気そうだよね。もうちょっと皆がいなくなって寂しいとか、ないのかな」
こんなことを言うつもりじゃなかった。けど、そのあまりにも無頓着な態度に僕の口は知らずに動いていた。二人がいなくなったのは二人が悪い。けど、3年間一緒に過ごしてきた友人がいなくなってなんでそんなに満足そうな顔をしてるんだと、少し癪に触ったのかもしれない。
僕がそう問いかけると田中さんはニヒヒとイタズラを仕掛けた子供のような顔で「それはね……」と腹を割った。
「あたし転校しないんだ!! どう? ビックリした?」
「へ?」
僕の口から情けない言葉が溢れでた。
「だから、あたしは転校しないの! あれはあいつらを追い出すための嘘よ嘘!」
「え……なんでそんなことを……」
僕は混乱して何も考えられない。田中さんが転校しない? 二人を追い出すための嘘? どういうことなんだ?
「まず橋下! あいつがあたしに気があるのはわかってたからな。いっつもイヤラシイ目で見やがって。近々告白してくるのは分かってたからフってやったよ。そしたら『フラれた女に興味はねぇ』? 傑作だわこれ、超笑える!!」
「え、ちょっと、田中さん?」
田中さんのキャラがいつもと全く違う。目の前で饒舌に話すこの人は僕の知っている田中さんじゃない。
「で、次は樋口。あいつはなんでも一番じゃないと気が済まねぇ自意識過剰女だったからな。あたしに転校隠されてたって知ったらすぐに縁を切ったよ。所詮そのくらいの関係だったんだよなあ、ハハハハハ!」
もう訳がわからない。これじゃあ田中さんは皆を騙してたってことじゃないか。なんでだよ、なんでこんな酷いことするんだ。
僕が混乱で頭を抱えていると田中さんはその狂った視線を向けてきた。
「ごめんね、こんなことあたしいうつもり無かったのに。でも許してね。これは全部ザワッちの為にやったんだから!」
そう言うと田中さんはいつも通りの笑顔を見せた。その白い歯が今だけはとても怖かった。
「僕の為ってどう言うことだよ田中さん」
「わからないかなぁ? あたしがザワッちのこと好きだってことだよもう!」
「え……田中さんが僕を……?」
「そう! 二人っきりになる為にあの二人を排除したんだから感謝してよね。まあ、でも今はどうでもいいの、ザワッちと二人っきりになれたから」
そう言って田中さんは心底愛おしそうに僕の顔を見つめてきた。やめろ、やめろ、やめろ、そんな顔で僕を見るなッ。
「ほら、返事は? あたしと付き合ってくれる?」
天真爛漫で快活でいつも笑顔が絶えない優しい女の子だと思っていたのに。今はその笑顔が信じられない。
「樋口さんや、橋下くんを騙すなんて最低だよ。僕はこんなことされてもちっとも嬉しくなんかない。ましてや付き合うなんてもってのほかだ。さようなら田中さん。最低な夏をありがとう」
僕は吐き捨てるように言ってその場を去った。田中さんが後ろから追いかけてくる事はなかった。でも僕の言葉を聞いている時の田中さんはただ寂しそうだった。
『 』
✳︎✳︎✳︎
あの日から僕達はお互いに一切の連絡を取らなくなった。そして迎えた8月31日。僕達は校門には集まらなかった。実際に行かなかったから真相は不明だけど、きっと誰も行ってない。そう確信していた。
その次の日。9月1日は登校再開日だ。クラスでいつもの4人に会うことを憂鬱に思いながらも僕は重い足を引きずって学校に向かった。教室の扉を開くとそこは賑わっていた。夏休みの思い出やカップルが誕生したとかくだらない話で盛り上がっているようだった。僕はそんな輪に加わらずにぼうっと空を眺めて朝礼が始まるのを待った。
朝礼開始の時間が近付くに連れてわらわらと教室に人が集まってくる。その中には橋下くんや樋口さんもいたけど僕達は目を合わせることはなかった。
「じゃあホームルーム始めるぞー、席につけー」
最後に教室に入ってきた先生の野太い声が響く。
「え」
僕は信じられない光景に気付いてしまい、声が漏れた。まだ田中さんの椅子が空いたままだ。
「まず連絡だが、田中は転勤の影響で東京に転校した」
そう淡々と告げる先生に皆は口々に驚きの言葉や、なんで教えてくれなかったのと疑問を口にする。
僕は頭を鈍器で思いっきり殴られたような感覚に襲われた。それほど衝撃だった。口からはなんの言葉も出なかった。
その日は始業式をして終わりだった。でも何も身に入らなかった。終礼が終わり、魂の抜け殻のようになった僕の前に橋下くんと樋口さんが立っていた。橋下くんも樋口さんも目元が赤くなっていた。
「少し話があるから」
樋口さんがそう言って僕を階段の踊り場まで連れ出した。生徒は皆下校して辺りに人影はなかった。
「これ、矢澤くんにあげるわ。これが私に出来るたった1つのことだと思うから」
そう言って僕に差し出したのは小さいビニール袋だった。受け取るとジャラと音がした。中身は見るまでもなく分かった。僕が夏休み中毎日触れてきたものだ。
「これ、パズルのピース……一体誰の?」
「田中さんの。あとこれは私の」
「これは俺のだ。お前にやる」
そう言って二人は新たに二つのビニール袋を僕に渡してきた。その中にもしっかりとパズルピースの重みを感じる。「あとこれも」と樋口さんにパズルの枠も手渡された。
「なんで……二人がこれを僕に?」
いきなりで僕には全く意味がわからなかった。田中さんと絶交していたはずの二人が転校した田中さんのパズルピースを持っていることも。田中さんがなんで転校は嘘という嘘をついたのかも。僕は田中さんが転校したという事実だけでも頭がパンクしそうなのに。
「それ、ゴミ捨て場に置いてあったのを私たちで回収したの。田中さんは本当に矢澤くんのことが好きだったのね。でも転勤しなくちゃいけないから諦めるために、あんな無理して演技して」
どういうことだよ……諦めるために……演技ってなんだよ。
「私達もその計画を聞いて協力してた。矢澤くんを騙していたことは本当に謝るわ。ごめんなさい」
「俺もすまなかった」
騙してた……ってどういうことだよ。二人とも田中に騙されて縁を切ったんじゃなかったのか。
「じゃ、じゃあ3人で僕を騙してたっていうの? 夏祭りの時も、その後も」
僕の声が微かに震えているのが分かった。
「そう。だから、私達のことは許さなくてもいい。自分が逆だったら許せないと思うから。でも田中さんだけは優しい人だから許してあげて。彼女はパズルを作ることで、矢澤くんが私達とだけは楽しかった思い出を共有出来るように願っていたんだから」
樋口さんはそう言うと階段を降りて行ってしまった。僕は声が出なかった。
「悪りぃなシン。俺は馬鹿だけど田中が好きだったから、協力してやりたかったんだ」
樋口さんに続いてそう言うと橋下くんも階段を降りて行ってしまった。
一人残された僕は事態が飲み込めなくてずっとそこに立ち尽くしていた。手には3人分のパズルピースが重しとなってかかっていた。
3時間以上立ち尽くして徐々に事態を噛み砕いて理解する事ができた。田中さんは多分夏休みが始まる前から自分が転校することが分かってた。でも別れたくなくて、ずっと苦しんでいたに違いない。だから好意を寄せていた僕にこっぴどくフラれる事で諦めようと考えた。そこで樋口さんや橋下くんに協力を頼んで僕に田中さんを最低な女の子だと思わせるように演技をさせていた……。橋下くんも樋口さんも本当に田中さんのことが好きだったみたいだ。だから二人は彼女に協力した。彼女の計画ではここまでバラす予定じゃないんだろう。だけど、田中さんのせいで僕が橋下くんと樋口さんとも仲が悪くなるのは嫌だからパズルなんて事を言い出したんだろう。パズルで夏の思い出を3人で共有できるから。そしたらまた仲良くなれると信じているから……。
「バカだよ……田中さん……君は本当にバカだよ……」
僕の口からは彼女を罵倒する言葉しか出て来なかった。
「僕達の思い出には田中さんがいないとダメなんだよ……」
僕は学校から家に帰った。
樋口さんから預かったパズルの枠を勉強机に置く。
そして僕の書いていたピースを取り出した。そして何もない空白を埋めるようにピースをはめていく。ぱち、ぱちとはめる度に心地良い音が響く。その文字一つ一つを見ると夏の思い出が頭の中で鮮明に再生された。樋口さんの文字で書かれたプールでの思い出、川遊びの思い出の筆跡は橋下くんだ。はめる度にその時した会話までもはっきりと思い出せて、その時感じていた楽しいという感情が僕の中で掘り起こされる。一つ一つの思い出をつなぎ合わせるようにパズルを埋めた。キラッキラした青春の記録がそこにはあった。
僕は湧き上がる感情を抑えられる自信がなくて、田中さんのピースを見れないでいた。でもやがて田中さん以外のピースをはめ終わってしまう。僕は恐る恐るビニール袋を開いてみた。
そこには大量の無地のパズルがあった。
「はは……そりゃそうだよね」
僕の口からは乾いた笑いが溢れた。最初から捨てるつもりだったんだ。田中さんが思い出を書いているわけがない。そう思いながらも未練がましくビニール袋を覗いてしまう。
でもその時、僕は奥にマジックペンで書かれた文字を見つけた。僕は無我夢中でそのピースを摘み出した。
そこには――
『今日計画が成功した。よかった』
その文字が滲んでいた。
僕はそれをみた途端にブワッと涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「本当にバカだよ田中さん……」
僕はそう呟くと彼女のピースを静かにはめた。
僕達の「夏」は未完成だ。けど、どうにも忘れられそうにない。このパズルがある限り。
夏の暑さの残る部屋で僕はそんな事を思ったものだと思い出した。
「夏」はまだ未完成 和泉 @awtp-jdwjkg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます