六次元 目に見える問題
さてさて。野良狸が
少しおさらいですが、こちらで石版に文字を刻むと、どこかで誰かの石版が共鳴する。それを眺める方の網膜、つまり瞳の奥に掛けられたスクリーンに文字が照射される。そして脳内で意味合いが分析され、心の中に光景が描かれる。
つまり刻書されたものを読書する。
これが五次元でお伝えした【不可視を視る方法】であり、作家とその読者のあいだで普段からなされている、ごく一般的な手法です。我々の世界では、このようにして不可視の意図が伝わることを【
読者は皆、作者や作品の
『なあ、
「そうですね。狸話など誰も興味ないでしょうが、たまにはいいでしょう」
あの狸は人混みが苦手だからと、たまにしか人里に下りてきませんが、人目に付かないよう溝を駆けていたりしますから、引っ付き虫や落ち葉を着飾っていることなんてしょっちゅうです。
どうもそういった偶然を纏うことが粋でオシャレであると思っているフシがありそうです。
『そう言えばヤマビルが足に喰い付いていたこともあったな』
「そんな太ったヒルは見たことないと同僚の熊が慄いていましたね。アレの恐ろしさは吸われた血よりも、
『それにしても、あれだけコソコソしているクセに、何故あんなにも捕捉されるんだろうな。俺には全くわからない』
「奇妙な現象ではありますね」
では【不可視を視る方法】でご賞味下さい。上手く【
件の狸は『
それにしてもあの狸は『
電車の中で貴婦人から飴玉を恵まれるなんてことは誰にとっても珍しいことではないだろうけれど、USJへ行くにはどう乗り換えれば良いのか、JR難波駅は一体どこにあるのか、などと道を聞かれることはしょっちゅう。
そうすると狸も覚束ない手付きで【すまーとふおん】というポータブル小型石版で検索した画面を見せたり、「丁度そちら方面へ行くので一緒に行きましょうか」などと、いかにも
場所が東京駅だとしても同じことが起こる。
あれだけ人が沢山居るにも関わらず、わざわざぼんやりした狸らしき人を選んで道を聞く。そのそもあの狸めは偶々山から下りてきてそこに居合わせただけであるから大して役にも立たないのに。
忙しそうなビジネス風の人よりも、何となく暇そうに見える狸の方が話しかけやすいのだろうと解釈するしかない。
だが都会でなくとも、所変わってもよく話しかけられるのだ。
例えば四国山中の深夜のガソリンスタンド。黙々と車に燃料を飲ませていると、反対側でバギーに燃料を飲ませていたおにーさんとオジサマの狭間を揺蕩う人が、「こんな深夜に一人なのか」と心配して話しかけてくる。
「うむ、今から四国の東へ向かって明け方の船便で紀伊半島に渡るのである」などと話すと「それはご苦労なこった」と缶コーヒーを与えてくれたりする。
物欲しそうな顔などしていないはずだが、このように施しを受けることもある。
小田原辺りでバスを待っている最中にも、「東海道を歩いた」と言う貴婦人に話しかけられ、「それは憧れますなあ」などと話したこともある。
話しかけられるのは一人でいる時が多いが、同行者がいる場合でも不意に話しかけられ、暫し世間話をすることもある。その相手が電車を降りていった後、「知り合いだったのか?」などと同行者に聞かれるけれど、「いいや全く、アレは一体誰だったんだろうね」と返答するのが常である。
大して珍しい話でもなく、日本国内に限らない。
スイス国鉄の長距離列車で相席した少年とおにーさんの狭間を揺蕩う人が、【すまーとふおん】なる石版を弄りつつチラチラと視線を寄越すのが視野に入るので、こちらも文庫本越しにちらりと見返す。そうするとまた向こうもちらりとこちらを見返す。そうしてこちらも……とラリーを繰り返す内に下車駅に着いたらしく、じゃあね〜と言って去っていった。
恐らく東洋風味の狸が珍しかったのだろうが、一体何の遊びだったのかは解らない。狸寝入り前に捕らわれるとこうである。
米国オレゴンのトラムでも、席に座るなり斜め向かいのビジネス風味のスーツ人が、「そのサンダルはどこのメーカーのものなんだ」と尋ねてくる。文字を交えつつ説明すると、珍しいデザインだと興味深げに眺められ、気が済んだのか次の停留所に着くなり、じゃあね〜と言って降りていった。
不意に話しかけられたことで、濡れた傘でスーツを汚してしまっただろうか、などと内心ビクビクしていたこちらの心の内などお構いなしなのである。
親切心で話しかけてくれる人もいる。
ハワイの道端で地図を手にキョロキョロしていると、バックパッカー風味の妙齢おねいさんに「どこへ行きたいんだ」と話しかけられた。ああそれならと【すまーとふおん】など使わずスマートに説明して、やはりじゃあね〜と言って颯爽と去っていく。
シンガポールのMRTでも、空港から市街地へ向かう途中文庫本を開いて読んでいると、程なくして肩をとんとんとやられたものだ。「市街地へ行くならここで乗り換えですよ」と教えてくれた。
ビジネス風味の日本人で、どこかよく判らないところへ行くか、空港へそのまま戻ろうとしている呑気な日本狸を、同郷という縁から哀れに思ってくれたのだろう。そうしてやはり颯爽と去っていく。
み〜んな時と共に去っていく。人生は一期一会。諸行無常なのだ。
『……パル…………
「え……はい?」
『まさか
「え、えーっと……」
『あの狸には気をつけろと言っただろ』
「途中までは確かにわたしが話していたはずですが……」
『あれは油断のならない狸なんだから。どうりで話が長いと思った』
「以後気をつけます」
『まあ、結論としてはアレだ。目に見えると厄介。俺なんてそうそう話しかけられることはないからな』
「それは……
ああ、皆さん。お騒がせしました。そして疲れたでしょう。今日はこの辺で。
ではまた来週。木曜2021に。
次は……えーっとえーっと、とりあえず寝てから考えますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます