第5話

 ゼルバの攻撃によって首なし騎士は無惨なほどボロボロな姿になってしまい、崩れ落ちそうになりながらも、その体は修復されていく。

 時が止まったかのように誰も動かない。だが、沈黙に耐えきれなくなったのか、コルネリアスが八つ当たりのように叫んだ。

「何故だカイル! 何故てめえがここにいる! 亡霊は町にしか現れないはずだ! いや、そもそもなぜよみがえった!?」

 それに応えたのはアルドだった。

「実を言うと俺達にもそれがわからなかった。どうしてカイルが亡霊として現れたのか。でもお前の言葉でわかったよ」

「何……?」

「お前、カイルをゼルバに殺させたんだろ。その時にゼルバの力の一部か何かが移ったんじゃないか? ゼルバの力が強まって、それに呼応してカイルもよみがえったんじゃないか?」

「ここに来たのは、戦いの気配を感じ取ったのかもしれんでござる。ゼルバの性質を考えるとありえん話ではなかろう」

 二人の推測に対してコルネリアスは嘲笑する。

「は! カイルも結局悪魔の力に頼ってんじゃねえか! それでこの国の兵士だなんて笑わせてくれるぜ!」

「違います!」

 胸を打つ、そして確信を伴った叫びはミーユの喉から知らず溢れていた。

「カイルさんは、民を守る騎士の鑑です! それがたとえ悪魔のおかげでよみがえったのだとしてもその心は本物です!」

 亡霊となり、首を失ってなお戦うカイルに、かつて自分自身を守ってくれたあの人の姿が重なる。ミーユはその姿をあざけることを許せない。許してはならない。

 その言葉に応えたのかはわからないが、首なし騎士カイルは剣をすらりと抜き放っていた。

 闇の中に、一筋の銀光が差す。

 思わずたじろいだコルネリアスは自分の中に芽生えた恐怖をかき消すように叫ぶ。

「上等だ! くたばり損ないのカイルと一緒にここで消してやる!」


 ゼルバが繰り出す水球は増え続けている。しかし、首なし騎士、否。カイルが戦列に加わったことで形勢は逆転していた。

 カイルはどれだけの傷を受けても瞬く間に再生する。それを本人も自覚しているのか、積極的にアルドたちの盾となり、攻撃を防いでいた。

 盾となる味方がいてくれるなら、アルドたちは思い切った攻撃をしやすい。しかしそれでも戦いは終わる気配を見せない。何故ならゼルバもまた不死身のごとき再生能力を有していたからだ。

 恐らく、カイルの亡霊とゼルバの再生能力は何らかの形で繋がっているのだろう。

 そしてアルドたちの体力は有限であるが、恐らくゼルバの体力に限界はない。このまま戦えばいずれ体力が底をつくのはアルドたちだった。

「どうにかしてあの不死身のトリックを暴くしかないな」

 小声で、警戒を緩めずに作戦を打ち合わせる。

「見当はつくでござる。だが、それは敵も承知でござろう」

 サイラスの視線の先にあるのはコルネリアスが決して手放そうとしない壺。あれを破壊するか奪えばゼルバに影響があると想像するのは容易だ。だからこそコルネリアスはアルドたちに近づこうとしない。

「さっきと同じように、俺達が気を引こうか?」

「それはあちらも警戒しているでしょう」

 同じ作戦は何度も通じない。敵が想像もしていないからこそ不意打ちには意味があるのだ。

 手詰まりに陥りかけていたアルドたちだが……。

「わかった。オレが最後の一押しになろう」

 三人のうちの誰でもない、背後からかけられた声に後ろを振り向く。そこには……。




 三人は一斉に駆けだす。互いに援護ができ、なおかつ攻撃が集中しないぎりぎりの距離を保ちながら全速力で走り抜ける。

「さっきとたいして変わんねえぞ!」

 ゼルバが鱗に覆われた腕をミーユに叩きつけようとするが、亡霊となったカイルがそれを阻む。

 二人の脇をすり抜け、アルドたちはコルネリアスに迫る。

 しかしそこで現れたのは水の壁だった。ゼルバに操られたそれは生きているかのように蠢き、アルドたちを襲う。

 それらをかろうじて潜り抜けたミーユが剣を振りかぶる。奥歯を噛みしめ、あらん限りの力を込める。

 だが、それも水の壁に遮られた。これが最後の壁だろう。そしてコルネリアスが壺を持っていない右手で剣を構えている。

 コルネリアスも兵士だ。これまでの戦いで疲労しているアルドたちの隙をつくだけならできるだろう。

 しかしそこでアルドはひょいっと、小脇に抱えていた何かを放り投げる。そしてそれは

「おい! こっちだコルネリアス!」

「な、カイル!?」

 思わずカイルの声がした方向に振り向くと、そこにあったのはただの兜。

 首だけがしゃべっていた。

 考えてみれば当たり前のことだ。首のない騎士がいるなら、首はどこかにあるはずなのだ。つまりこれはカイルの首。ゼルバと、自身の体。その二つがそろったことでカイルの頭もようやく蘇ったのだ。。

 そしてありえない現象の連続で硬直したコルネリアスは大きな隙を作ってしまった。

「!」

 ミーユは今度こそ剣を振り下ろす。

「ひい、」

 コルネリアスは剣を取り落とし、みっともなく逃げ惑うが、それでも壺だけは手放さない。

 そこに水の壁を突破したアルドとサイラスが壺めがけて斬撃を繰り出した。

 壺の耐久そのものはたいしたことがなかったのか、あっさりと砕け散った。


「あ、あ」

 もはや破片になった壺を何とか拾い集めようとするが覆水盆に返らず、破鏡は再び照らさない。もはや修復することは不可能だろう。

「つ、壺、俺の壺が、俺の力が!」

「それは、あなたなんかの力じゃありません」

 ミーユの宣告にコルネリアスは反駁する。

「違う! これは俺の力だ! 俺のものだ!」

 あくまでも壺に固執するコルネリアスに哀れみの視線を向ける。傍から見ていれば惨めでしかなかった。

 壺が壊れたのと同時に、ゼルバは消滅していた。

 だが、首なし騎士、カイルはまだ存在している。首のない甲冑に、首を小脇に抱えて亡霊であると主張している。しかしそれもまたうたかたの夢。体が朽ち、透け始めているカイルが長くないことは明らかだった。

「やっぱり、あんたは悪魔の力でとどまっていただけなんだな」

「ああ……そう、みたいだ」

 口調が途切れ途切れになっているのは限界が近いからだろうか。

「ひ、ひい!」

 そんなカイルの姿をみたコルネリアスは尻もちをつきながら後ずさる。それどころかアルドたちに対して懇願を始めた。

「た、助けてくれ! このままじゃ、カイルに殺される!」

「……殺されても仕方ないことをした自覚はあるんだな」

 苦々しい怒りをこぼす。もう遅いのだ。あの壺のように、なくなった命は元に戻ることはない。少なくともアルドはカイルを止めることを躊躇っていた。

 だが、ミーユはカイルに立ちはだかった。

「ごめんなさい。カイルさん。あなたが恨むのは当然です。でも、必ずこの人には裁きを与えます。だから……」

「いや、その必要はないでござる」

「サイラスさん。でも……」

「そうではない。そうではないでござる。カイル殿はこ奴を殺す気はない」

「え……」

「カイル殿はゼルバ以外に剣を振るってはおらん。恐らくはゼルバだけは敵として認識できたのでござろう。きっと、カイル殿は返してほしかっただけでござる」

「か、返すって何をだよ!」

 会話に割り込んだのはコルネリアスだった。サイラスはそれに怒気を漲らせて応じる。

「まだわからぬか! カイル殿が求めているものが!」

 カイルはコルネリアスに近づき、そして昨日ミーユにしたように、コルネリアスの腰のあたりをまさぐり、一枚の板切れを取り出した。

「それは……鑑札」

 そこに彫られていた名前は当然、首なし騎士……カイルのものだった。

「ああ。俺の名前。俺の、大事な……」

 亡霊の声が、体がひび割れ、消えていく。

「そ、そんな、お前は俺に復讐するために……」

「違うよ。俺は、俺であった証を、取り戻したかっただけ……じゃあ、な、コルネリアス」

 その言葉を最後に、首なし騎士は、カイルは光になって消えた。

「そんな、そんな、うぐ、う、うわああああ!」

 コルネリアスの慟哭が木霊する。夜の闇に吸い込まれていく。

「カイルさんが探していたのは……鑑札、ううん、名前だったんですね」

「きっと、それが彼にとって一番大事なものだったんだろうな。自分がこの国の兵士である証。仲間と一緒に戦った証」

 もう戻らない時間を想いながら、月が夜を照らしていた。




 朝一番で宿屋に王城の兵士に事情を説明し、抜け殻のようになったコルネリアスを引き渡した。一応例の壺もできるだけ破片を集めて一緒に渡した。

 そこから先がどうなるかはわからないが、兵士は少なくともアルドを疑っていないようだった。そしてコルネリアスは気力をなくしたように質問に答えるだけの人形のようで、すべての容疑を認めていた。

 遠からず裁かれることになるだろう。

 その足で宿屋に立ち寄り、事の顛末を告げた。宿屋の娘も驚いていたが、もう亡霊はでないと告げると喜んでいた。


 宿屋から出たアルドをミーユとサイラスが出迎えてくれた。

「後は騎士に任せよう。俺達の仕事はここまでだ」

「そうでござるな。一件落着……とは喜べぬが、裁かれるべき人間が裁かれたのは悪いことではなかろう」

 サイラスは肩の荷が降りたようにすっきりとした顔をしているが、ミーユはそうではない。

「どうかしたのか? さっきからうかない顔だけど」

 尋ねられたミーユはおずおずと語りだした。

「私は、未熟だなあって。アルドさんもサイラスさんも真相を探るために色々頑張ってたのに私だけ全然見抜けてなくて……」

「あー、そう言えば悪かったな。騙すような真似をして」

 カイルに扮していたコルネリアスのもとに虚偽の情報を知らせたミーユを向かわせたが、ミーユからすれば騙されたようなものだろう。

「いえ、それは構いません。必要なことでしたし……演技をしろって言われれば私には難しかったと思います」

「まあ、俺達も演技に自信があるかって言われればそうじゃなかったけどな」

「しかり。拙者もアルド殿もいつばれないかひやひやしていたでござる」

 二人して疲れた顔をする。慣れないことをすると人は精神的にも肉体的にも疲労してしまうものだ。

 二人から慰められても、やはりまだミーユは顔を上げられなかった。

「誰かの助けになりたいと思って王宮を飛び出したのに……これじゃあだめですね……」

 ……どう聞いても旅の剣士らしからぬ言葉だったが、それに気付かないほど気落ちしているらしい。

「ふむ。ミーユ殿。すこし勘違いしているようでござるが……そもそも我々は初めから真相を見抜いていたわけではござらん」

「そうなんですか?」

「ああ。そもそも俺達は自力でコルネリアスが犯人だって見抜いたわけじゃない。別の誰かに教えてもらったんだ」

「……へ?」

 ミーユはぽかんと、心底驚いたように口を開けていた。

「うむ。さらに言えばコルネリアスを嵌める策もその方からの献策でござる」

 驚きと同時に叫びが漏れた。

「ええ————!? いつの間に!?」

「サイラスとミーユが墓参りに行っていただろ? あの時俺は別のところでこういう事件を解決するのが得意な奴を訪ねてたんだ」

「それなのに二人ともあんなに自信満々でコルネリアスさんに語っていたんですか!?」

「ケロケロ。なるべく自信をもって断言した方が犯人は動揺すると忠告されていたのでござる」

「我ながらほんと、よくばれなかったなあ」

 コルネリアスがもう少し慎重で、狡猾だったなら間違いなく逃げおおせていただろう。もっとも犯人というのは自分が騙すことには慣れていても、案外騙されることには慣れていないのだ。

 それも計算されての作戦なのだろうが。

「ミーユ殿。すべての悪事を見抜ける人間などおらん。それはおわかりでござろう」

「はい。誰にだって限界はあります」

「その通り。ミーユ殿はもっとコルネリアスを疑っておけばよかったと思っているかもしれん。だが、ミーユ殿が最後にコルネリアスを庇ったのは紛れもなくミーユ殿の純真ゆえ。それは誰からも非難されることではござらん」

「でも、民を守るためには、騙されてばかりでは……」

「確かにな。でも、そのために仲間がいるんじゃないか。一人でできないことも誰かと協力すればできる」

「うむ。ミーユ殿には、心から信じられる人はおらぬか?」

 ミーユは深呼吸して胸に手を当てる。

 幼いころから自分を見守ってくれた人の顔が次々と現れた。それから目の前の二人の顔をよく見る。

「はい。います。みんな、私の心の中にちゃんといます」

「ならばそれでよかろう。その方々がミーユ殿を助けてくれるでござる。いつか、その方々に恩返しをできるようになればよい」

「はい! アルドさんも、サイラスさんも、ありがとうございます」

 照れくさくなったのか、ミーユは走り去った。

「やれやれ。これでミーユも心の整理ができたかな。ところでサイラス。ミーユの身分なんだけど……」

「わかっておる。やんごとなき御方なのでござろう。誰にも言わん。……まあ、あの様子では誰もが察してそうではあるが……」

「まあな」

 これにはアルドも苦笑いするしかない。むしろ気付かない方がおかしい。

「でもサイラス。一つだけ聞いていいか?」

「なんなりと」

「サイラスは初めからコルネリアスを疑っていなかったか? どうもそんな気がするんだけど」

「……」

 一転して小難しい顔になるサイラス。次の言葉までにはやや間があった。

「カイルに扮したコルネリアスがコルネリアスの話をしている間。恐怖はあっても未練や後悔をあまり感じなかったのでござる。例え罪人であっても、仲間を討ったならば行き所のない感情に苛まれるはずでござるからな」

「サイラス……」

 サイラスの顔は、確かに複雑な感情に満ち溢れていた。

 そのすべてを推し量ることはできなかったが、それでも苦しみが伝わってきた。

「暗い話は終わりでござる。さて、次はどこに行くべきか」

「そうだな。まだやるべきことは残ってる」

 立ち去るアルドとサイラス。

 その後ろで首のある騎士が穏やかに微笑んでいる気がしていた。


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首なし騎士の探し物 秋葉夕雲 @akihayuugumo

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