第4話

「アルドさんもサイラスさんも、カイルさんも……一体どういうことなんですか?」

 まだ状況が掴めていないミーユはとにかく疑問を解消することを求めていた。それにカイルも追随する。

「そうですよカエルさん。私はたまたまこの壺を発見しただけで……」

「いや、流石にそれは無理があるぞ。事件があった場所の近くに隠してある壺なんて怪しすぎる。当然それを見つけたあんたも」

 まっとうなアルドの指摘にカイルは黙り込む。

「ミーユ殿には申し訳ござらぬが、カイル殿を罠にかけさせてもらったでござる」

「え? え? じゃあ、亡霊が悪魔の壺を見つけたのって……」

「真っ赤な嘘だ。そう言えば悪魔の壺が見つけられていないか不安になってぼろを出すと考えてな。ごめん。こういう芝居はミーユには向いてないんじゃないかって」

「う……確かにそうかもしれません。でも、どうしてカイルさんを疑っていたんですか?」

「傷でござるよ。カイルには確かに傷があった。どこにあったか覚えておらぬか?」

「えっと、左手の……内側でしたっけ」

「ミーユ殿。剣士に傷は絶えぬもの。しかし、戦いで負った傷ならば普通外側につくはずでござる」

「あ……」

 思わずうめいたミーユもようやく気付いた。

 武術や剣術では、攻撃を防ぐときなるべく体の外側で防御する。それは鎧や盾をつけていても変わらない。体の外側は血が流れにくいし、そもそも他人からの攻撃ではどうやっても体の内側には傷をつけにくいのだ。

「だからその傷をつけたのは他人じゃない。自分自身であるはずだ」

 アルドが穏やかに、しかし怒りを押し殺したように宣告した。

 カイルは身じろぎすらせずただただ無言だった。

「でも、どうしてカイルさんがわざわざ自分で自分を傷つけたりなんかするんですか?」

 疑問を一つ解消しても次々と湧き出る疑問をミーユは抑えられない。あるいは、まだのことを信じたいと思っていたのかもしれない。

「……お主の当初の予定では悪魔の力で部隊全員を一網打尽にするつもりだったのでござろう。しかし一人だけ逃げ延びた兵士が出てしまった。お主は当然焦った。もしも逃げ出した兵士が自分について事細かに報告すれば身の破滅は必至」

「ま、待ってください! カイルさんがどうして悪魔の力を使っているんですか!?」

「簡単だよ。こいつはカイルじゃない。カイルと入れ替わったんだ。そのために首を斬って誰かわからないようにした。そうだろう!」

 アルドの言葉と共に突き付けた指を鎧兜の奥で見据えたカイルは呆れたように笑った。

「あーあ。こんなバカな奴らにばれちまうとはな」

 それはアルドたちの推測を全面的に認める言葉だった。

「で、でも入れ替わったのなら、誰か気付いてもおかしくないんじゃ……」

「いや、そうでもないぜお嬢さん。カイルも俺もここに来てから日が浅かったからな。仕事中は鎧を着ているし、武器屋みたいに素顔を見られた奴に注意すれば意外に気づかれないんだ」

 もはや取り繕う必要がなくなったのか、カイル……いや、コルネリアスは横柄な態度を取り続ける。

「カイル殿の親御はいかがいたした」

「もともといなかったみたいだな。どうも故郷で何かあって天涯孤独になったらしい。ま、知ってたからこそ入れ替わり相手にこいつを選んだんだけどな。一番危なかったのは逃げた奴だよ。あいつがおとなしく戻ってこなけりゃ始末できなかったぜ」

 まるで自慢するように語るコルネリアスに全員が燃えるような怒りの視線を向ける。

 特に、ミーユは視線だけではなかった。

「何とも思わないんですか?」

 烈火のような怒りを言葉と共にぶつける。アルドはミーユがこれほど激怒しているのを見るのは初めてだった。

「何がです。お嬢さん?」

 どこか馬鹿にするような口調だった。

「仲間の命を奪って、なんとも思わないんですか!? あなたは国を、民を守ることを志した兵士でしょう!?」

「思わないね! 俺は田舎暮らしが嫌で王都に来たんだ! そのためならどんな奴だって犠牲にしてみせる!」

 ミーユはコルネリアスを睨みながら、砕けそうなほど奥歯を噛みしめる。その横顔に怒りだけでなく悲しみが混じっていたのは気のせいだろうか。

「もはや容赦はいらんようだな。覚悟せよコルネリアス」

 サイラスに刀を突きつけられても哄笑したまま、勝ち誇るコルネリアス。

「覚悟するのはてめえらだ! 俺はもうすぐ出世してあんな閑職からおさらばできるんだ! お前らには消えてもらう! 出てこい! ゼルバ!」

 コルネリアスが壺を掲げると泡があふれ、血に濡れた魚人のような何者かが現れた。

「こいつが悪魔か!」

「そうだ! こいつで殺してやるぜ!」

「やってみろ! 行くぞみんな!」

「はい!」

「おう!」

 星と月がわずかに明かりをもたらす海岸で、死闘の幕が上がった。


 ゼルバと呼ばれた悪魔が手をかざすと、いくつもの水球が現れ、アルドたちめがけて射出された。

 瞬時に散開し、的を散らす。

「水を操るみたいだ! 気をつけろ!」

「気をつけたところでお前らなんかがどうにかなるわけねえだろうが!」

 コルネリアスの叫びに呼応するように水球は激しくアルドたちを攻め立てる。

 弓矢なら数に限りはあるだろうが、海から水を補充できる水の弾丸は玉切れとは無縁だ。コルネリアスの自信に偽りはなく、確かに悪魔は強敵だ。それに今のアルドたちには飛び道具が使える味方がいない。

 このままではいずれ遠間から削り殺されるだろう。もちろん、このままでいるつもりはない。

 サイラスと目線だけで会話する。その意図を汲んだサイラスとアルドは共に走り出す。

 前進を阻むようにゼルバの攻撃が繰り出される。ある時は躱し、またある時は武器でいなしてゼルバに迫る。

「は、馬鹿の一つ覚えかよ!」

 コルネリアスが壺を強く握りしめると水球の数が倍に膨れ上がる。手数が倍に増えれば攻撃力は跳ねあがるのが道理だ。

「くたばれえ!」

 一斉に放たれた水球がアルドとサイラスを襲う。前進をいったんやめ、防御に専念してなお、無傷ではいられなかった。

 アルドとサイラスの、二人は。

「やあああ!」

 二人は陽動だった。ゼルバとコルネリアスの注意をひきつけ、ミーユの一撃を当てるためにわざと目立っていたのだ。

 裂帛の気合と共に振り下ろされた斬撃はゼルバの右腕を斬り落とした。

「よし!」

 アルドが快哉を叫ぶ。腕を一本失うことは戦いにおいて致命的な負傷だ。いかに悪魔でも無視できないだろう。

「降伏してくださいコルネリアスさん。自ら降れば命はとらないとお約束します」

 ミーユは決然と宣告するが、コルネリアスは余裕を崩さない。

「あーあ。そういやそうだった。ゼルバは寝起きが悪いんだ。だから前には一人逃がしちまってよお。でももう十分あったまったよなあ!」

 驚くべきことに、たった今斬り落としたはずの右腕が再生する。

「うぬう! こやつ不死身か!?」

「ミーユ! 退け!」

 アルドに従い、一旦距離を取ろうとする。しかし先ほどよりもさらに多い水球がミーユに狙いを定めている。

「ははははは! 知ってるか! ゼルバはな、周囲で戦いが起こると力を増すんだ! 近頃はそれほど大きな戦いはなかったからまだ力が溜まってなかった! でも、魔獣王の襲撃があったおかげでゼルバの力は膨れ上がった! 喰らえ!」

 夜の闇が破裂したような轟音が巻き起こる。アルドも、サイラスも、ミーユ自身でさえもその命が消え去ることを覚悟した。

 だが、ミーユは依然として五体満足のままだった。

 ゼルバが攻撃を外したわけではない。ただ、ミーユとゼルバの間に。

 が立ちはだかっていた。

 

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