第3話

 爽やかな日差しの下で、王都ユニガンと港町を繋ぐセレナ海岸を歩む。

 潮風が心地よく、ここで陰惨な事件があったとはとても信じられない。だがそれ以上に、ここにまで波が来たというのはそれ以上に信じられなかった。

 断崖絶壁とまでは呼ばないが、人がこの崖を登ろうとするのは無謀だろう。それほどの高さがある崖にまで届くとは一体どれほどの大波だったのか。

「兵士によるとこの辺りのようでござるが……何も残っておらぬか」

「数年前の話ですからね」

 念のためにミーユとサイラスが辺りをざっと見回ってもおかしなところはない。

 そこに聞き込みを行っていたアルドが合流した。

「やっぱり誰も首なし騎士を見ていないらしい。あいつが出てくるのはユニガンだけみたいだ」

 そう多くはない通行人から話を聞くのはアルドの役割になった。カエル姿のサイラスや、世間知らずのミーユには荷が重い。

「この辺りではよく魔獣がでるのでござるか?」

「それほど多くはありません。ただ、昔もっとユニガンとリンデの往来が盛んだったころは魔獣に襲撃される行商なども多かったと聞いています」

「人の移動が少なくなったせいで結果的に被害も少なくなったのか」

 もしも魔獣の目的がリンデとユニガンの寸断だとしたら見事に目的を果たしている。

「これからはもっと交流を増やせればいいんですが……」

 一応魔獣関連の問題は解決に向かいつつあるので希望はあるはずだ。

「そうだな。せっかく道が整備されているのにつかわれないのは寂しい」

 きっとカイルや、その同僚たちはこの道の平穏を守るために戦ったのだろう。ならこの道を歩む人々が増えることが彼らの供養にもなる気がした。

「見つかったものは多くなかったかもしれませんが、ここに来てよかったですね」

「ああ。でもこれからどうする?」

「では、鍛冶屋か武器屋に行くのはどうでござる?」

「武器屋? ああ、鑑札を見てもらうのか?」

「そうでござる。今のところ唯一の手掛かりでござるからな。金属の板ならば鍛冶師が関わっているとみるべきでござろう」

 サイラスの意見に賛同した二人は来た道を足取り軽く戻り始めた。




 王都ユニガンにぎわった町だが、それだけに店の数も多い。

 いきなり当たりを引いたのはかなり幸運だったのだろう。

「この鑑札は俺がつくったよ。間違いない」

 馴染みの鍛冶屋は鑑札をしげしげと眺めるとそう断言した。

「間違いないのか?」

「ああ。王都に来てから初めての仕事だったからな。よく覚えてる。この鑑札は腰のあたりに備え付けておく形だな。コルネリアスと、カイルってやつと一緒に来てたっけ。特にカイルは喜んでくれたなあ」

「では、二人の武器や防具もそなたが鍛えたのか?」

「いや、二人とも地方からこっちに来たばかりだったから国から支給された武器、多分誰かの中古を買い取ったものだろう。鑑札はそうもいかないから、俺が作ったんだ。」

「武器を揃えるのって何かと金がかかるからなあ」

 しみじみと遠い眼でどこかを眺めるアルド。戦士や騎士なら誰もが頷いた言葉だろうが、ミーユは少しだけバツが悪そうな顔をしていた。

「特に、カイルは喜んでくれたな。これで自分もこの国の兵士だって、胸を張って言えるって。あれだけ喜んでくれればこっちも作った甲斐があるよ。あの二人は今どうしてる?」

 どうやら鍛冶屋は事件を知らないようだった。

「カイルさんは今も兵士を続けています。ただ、コルネリアスさんは……」

 ミーユの沈黙で察したらしい。もっとも事件の真相を伝えることは三人ともはばかられた。

「そうか。兵士だからな。せめて俺はあいつらに使いやすい武器を作ってやるしかできないが……」

「その気持ちは兵士の皆にも伝わっているでござるよ」

「そうだといいがな」

「きっとそうでござる。ついでと言っては何でござるが、ミーユ殿の剣も見てくれんか?」

「え、私ですか?」

「うむ。構わぬか?」

「ええ」

 少し驚いたミーユだったが、特に断る理由もなかったので鍛冶屋に剣を差し出した。

「ふむ。こいつは俺が作った剣じゃないな。多分、俺と入れ違いのような形で王都を去った鍛冶師のものだと思う」

「ミーユ殿。この剣はどちらで?」

「ええと、おと……父から頂いた剣です」

「ん? じゃああんたの父親は王宮勤めなのかい?」

「え、ええまあ」

「どうしてわかるんだ?」

「その鍛冶師は騎士の剣を打っていた鍛冶師だったからな。この剣はその中でも位の高い騎士に送られるものだろう」

 流石本職というべきか、卓越した洞察力でミーユの正体に迫る鍛冶屋。どうやら話題を変えた方がよさそうだ。

「ありがとうな鍛冶屋さん。また素材を持ってくるから今度は少しくらい負けてくれよ」

「はは、そいつはできない相談だな。だがまあこれからもごひいきに」




「サイラスさん。私の剣がどうかしたんですか?」

「うむ、今思えばミーユ殿が剣を納めた瞬間にあの亡霊はおかしくなったでござる。目は見えないのかも知れないが、鍔なりの音は聞こえたのではないでござろうか」

「武器を持っていることに気付くと凶暴になるんですか……? だったらやっぱりカイルさんを狙って……?」

 今まで亡霊に出会った人々は一般人で、武装していなかったはずだ。だが、騎士や兵士を狙っているのなら、丸腰の相手を狙わないのにも理由がつく。

 剣を矯めつ眇めつ眺め、どこかに穴でも開いていないか疑うかのようだ。

 その隙にサイラスはひっそりとアルドに近づき、耳打ちした。

(アルド殿。少々お話をよろしいですか?)

(ん? なんだ?)

(実は……)

  ごにょごにょとした内緒話を終えるとサイラスはすぐにミーユに声をかけた。

「ミーユ殿。一度騎士の方々の墓に参るでござる」

「お墓ですか。そうですね。きちんと祈りを捧げればもしかしたら鎮まってくれるかもしれません。アルドさんも一緒に……」

「いや、アルド殿は別に行くところがあるでござる」

「あ、ああ。そうなんだ。悪いな」

「いえ、お気になさらずに。時間がかかる用事ですか?」

「夕方ごろには片付くと思う。また、宿の前で合流しよう」

「はい。お気をつけて」

 丁寧な言葉を交わし、三人はひとたび別行動をとることになった。


 等間隔に並べられた墓碑の狭間を涼やかな風が吹き抜ける。周囲には花畑が故人の霊を慰めるように育てられているが、墓地の冷厳とした空気はどんな時代でも決して変わらないのだろう。この時代の住人ではないサイラスでさえここが墓地なのだと一目でわかった。

「サイラスさん。こちらが兵士の方々のお墓です」

「うむ」

 作法を知らなかったサイラスはミーユから墓参りの手ほどきを受けていた。

「一応この墓地の管理人さんにも話を聞きましたが、やっぱりコルネリアスさんの亡霊は一度も見ていないそうです」

「首なし騎士はここにもいないでござるか」

「結局亡霊についてはあまりわかりませんでしたね」

「そうでござるな。おや……?」

「サイラスさん?」

「いや、そこで何か動いたような……」

 サイラスが指さしたのは少し遠くにある木陰だった」

「なにもいませんけど……」

 だが実際に亡霊という存在を目にしたミーユ達には何もいないことが何も起こっていないと保証されるものではないと感じてしまう。

「少し見てくるでござる。ミーユ殿はそこにいて下され」

 足早に駆けていくサイラスを見送る。

 ふと背後からの風が頬をなでる。後ろを振り向くとミグランス城が彼方に見えた。

 ずっとあの城にいたままでは知らなかったことがたくさんある。もちろんいいことばかりではないけれど、悩む人、傷つけられそうな人を助けることができたのならそれはとても素晴らしいことだろう。

 今回の事件でも何かできればよいのだが……。


「ミーユ!」

 物思いにふけるミーユに声をかけたのは走り込んできたアルドだった

「アルドさん? どうしてそんなに急いで……」

「ええと、大変なんだ!」

「大変? 何が大変なんですか?」

「いや、その……」

 明らかに焦っているアルドに尋常ではない事態だと察するが、そんなアルドの様子をみてミーユはむしろ冷静になっていた。

「ひとまずサイラスさんを呼んできましょうか?」

「いや、それよりも先にミーユには行って欲しい!」

「行く? どこに?」

「カイルさんのところに! 実は————」

 アルドの話を聞くうちにミーユはアルドと同様に、いやそれ以上の焦りに包まれるのを感じた。


「カイルさん! いらっしゃいますか!?」

 セレナ海岸側の門に息を切らして走り込んだミーユは後先を考えずとにかく叫んだ。

「ミーユさんでしたか? どうしたのですか一体……」

「それよりも……ご無事ですか!?」

「もちろん無事です。何かあったのですか?」

「はい。実は例の首なし騎士が現れて……そして喋ったそうです」

「しゃべった? 一体何を?」

「悪魔の壺の場所がわかったって! すぐに取りにいくと! そして必ず復讐を果たすと!」

「なっ!? そんなバカな!」

 ミーユも大いに焦っていたが、カイルの焦りようも相当だった。

「ですから、すぐに騎士団長に連絡を取りましょう! もう一刻の猶予もありません」

「え、ええ。そうですね。すぐに騎士団長に報告しなければ」

「私もすぐにアルドさんと合流します。カイルさんもなるべく一人では行動しないでください」

「はい。お気をつけて」

 最初こそ取り乱したカイルだったが、徐々に平静を取り戻していったらしく、冷静な口調に戻っていた。

 走り去るミーユを見送ったカイルは鎧兜の下で沈黙を保ちながら……ミグランス城ではなく、セレナ海岸へと歩み出した。


 日が沈み、星が瞬く夜の道。それでもカイルは惑うことなくセレナ海岸を進む。

 そして一つの大岩の前で立ち止まった。

 小難しい顔のままうずくまり、地面を掘り始めた。素手では埒が明かなかったのか、剣をスコップ代わりにひたすら地面を掘る。

 穴を掘る作業は見た目以上に重労働だが、疲れを知らないかのように一心不乱に掘り続け、そして一つの壺が現れた。

 その壺を手に取ったカイルはくぐもった声で笑う。

「何だ。ちゃんとあるじゃないか。驚かしやがって」

 そのまま壺を再び掘った穴に戻そうとして……背後に誰かがいることにようやく気付いた。

「やはりそういうことでござったか」

 先頭を切り、咎めるように口火を切ったのはサイラス。

 その後ろには厳しい顔をしたアルド、困惑しきった表情のミーユが続いていた。

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