③こんにちは、非凡な神生。


 モロスに、二度目の女神転生を宣告されたあと。それを出来るだけ先延ばしにしたくて、ささやかな抵抗を試みた。


『なんでわたしが女神に転生しないとダメなんですかっ!? その理由を説明してください!! 納得のいく説明をしてくれるまで、絶っっっ対に転生しませんから!!』


 と、要求したのだ。

 悪あがきと知りつつも、これから自分の身に起こることを、すぐには受け入れられなかった。

 どうせ、モイライに決められた運命だから〜とか。全ては必然的なもの〜とか言ってくるんだろう。……そう思っていたのが間違いだった――。


 モロスから返ってきた答えは、わたしが神の左目ウジャトの持ち主だから――という、寝耳に水の言葉だった。

 ウジャトは、灰色に似たシルバーの瞳をしており、全てを見通して修復させることが出来るらしい。

 なぜそんなものをわたしが持っているのか、モロスに詰め寄ると、『今はまだなんとも言えない』という曖昧な言葉が返ってきた。

 出会ったばかりだけれど、鷹揚おうように構えているモロスらしくない歯切れの悪い言い方に、少し不安な気持ちになった。しかし、次いで告げられた衝撃的事実に、不安の二文字は霧散する。

 なんと、わたしは生前、ウジャトを無意識下で使用していたらしい。寿命が尽きて死を迎えるまで、平穏で平凡な生活を送れていたのは、ウジャトを使って、災いを回避してきたからだった。

 わたしは全然、平凡な人間なんかじゃなかったのだ……。





「……うっ、うぅ……ズズッ……」

「ねえ」

「うぅ……うっ、……ふぐぅ……っ」

「ねえってば〜」

「ふぐ……っ、ズズッ……うぅっ、ふぐぅぅぅ……!」

「……キミって、泣き方が汚いよね!」

「うるせー!!」


 ごめん寝――土下座をしているような格好――から、がばっと顔を上げると、正面にモロスがしゃがみ込んでいた。

 モロスは頬を上気させながら、藤色の目をきらきらと輝かせていた。その姿はまるで、アリの行列を観察する子どものように無邪気で明るい。けれど、その仕草しぐさ可愛かわいいと思う気持ちはない。……むしろ、逆効果と言っていい。

 わたしの中に、言いようのない怒りが、ふつふつと湧き上がってきた。


 ――このまま泣き寝入りするのはしゃくに触る……!


 ズズッと鼻水をすすりながら、モロスを正面から、キッとにらみつけた。ところが――。


「おおっ! 泣き顔も汚いね!」


 モロスは、またひとつ新しい発見をしたといった風に、わたしの顔を見て笑ったのだ。


 ――コ、コ、コノヤローーッッッ!!


「あ、あ、あなたねぇっ!? どこまで人をおちょくれば気が済むんですか……っ!! もう許せません!! あなたが神様でも、わたしは容赦なくぶん殴りますよ!?」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、精一杯すごんでみせた。それなのにモロスは、少しも表情を変えることなく、相変わらずのんびり構えていた。


「くっ……! この鋼メンタルめ……っ!」


 憎々しげににらみつけると、モロスは「ふふっ」と笑って、膝の上に頬づえをついた。


「ウッ……!」


 その天使のような微笑びしょうに、不覚にも胸がときめいてしまう。見た目は美青年でも、中身は子どもみたいな運命の神様。


「黙って笑ってれば、それらしく見えるのに……」


 モロスに聞こえないように小声でつぶやいて、照れ隠しにつんと唇をとがらせる。それから少し間を置いて、わたしはようやく重い腰を上げた。

 するとモロスは口元に笑みを浮かべながら、こてんと首をかしげ、こちらを見上げてきた。


「あれ? もう駄々っこは終わり?」


 ――こ、い、つぅぅうううう〜!!


 からかうように笑うモロスにイラッとして、咄嗟とっさに口を開きかけたものの、苛立ちをぶつけるだけ無駄かと思い止まる。

 無言は承諾と思ったのだろう。

 モロスはもったいぶるようにゆっくりと立ち上がり、にんまりと笑みを浮かべながら、わたしの頭に手をかざした。


「じゃあ、今から転生させるけど――最後に言い残すことはあるかな?」


 ……どうせ抵抗したって無駄だ。わたしには、神様に抵抗する術なんてない。よしんばここから逃げ出せたとしても、わたしはもう死んでいる。どれだけ強く願っても、もう元の世界には帰れないのだから――……。


「……とっとと、トドメを刺してください!」


 どうにでもなれ! といった荒んだ気分で言い捨てた。投げやりな言葉にこもった憤りや、遣る瀬なさを悟ったのだろうか。

 モロスは穏やかな苦笑を浮かべつつ、かざしていた手を頭の上にのせると、いい子いい子をするように頭をなでてくれた。


「よしよし」

「…………」


 大人しくされるがままで、温かい手の感触を享受する。不思議と心が落ち着いてきて、『め、女神になってもいいかな〜……』なんて思い始める、現金な自分がいた。……チョロい。


「……織姫は、神になるのがそんなに嫌なの?」

「嫌です……」

「あはは! 頑固だねぇ〜! うーん、普通は喜んで転生すると思うんだけどなー。でもまあ、人間が神に転生するなんてことはそうそう――」

「じゃあ謹んで辞退します! 神様以外に転生させてください! もうこの際、ゴキブリでもプランクトンでも、なんでもいいです!」

「えーっと、ゴキブリはともかく、プランクトンって、生態系を支える極めて重要な存在なんだけど――」

「じゃあ、ゴキブリでお願いします!」


 ここぞとばかりに意気込んで言う。

 モロスは、「本当にゴキブリでいいの〜?」とニヤニヤしながら、わたしの顔をのぞき込んできた。


「うううぅ……」

「……ふふっ、まあ、冗談はこれくらいにしておいて〜。今度こそ、女神に転生させるからね?」

「うぅ、痛くないようにお願いしますぅぅぅ……!」


 歯医者で麻酔を打たれる前のような気分でいると、モロスは「痛くない痛くない」と笑いつつ、もう一度わたしの頭に手をかざした。


「――モロス神の名のもとに告げる――……」


 モロスの足元から穏やかな風が生まれ、二人を包み込むように吹き上がった。清涼な風がわたしの頬をなで上げ、モロスの銀髪が風をはらんで舞い上がる。


「――われ、モロス神は、七夕たなばた織姫の新たな人生を祝福せん――……」


 モロスの形のいい唇から、呪文のようなものが紡ぎ出されていく。

 すると周囲には、魔法陣を彷彿ほうふつとさせる光が、幾重にも重なってあらわれた。風と魔法陣が、わたしを守るように繭を形成していく。


「――女神に転生せしなんじの名は“ライラ”。運命の女神ライラとして、新たな命を得た者よ。与えられし使命を果たせ――!」


 モロスの言葉に応じて、この身を覆う光がいっそう強まった。なんとも言えない、不思議な安心感を覚えながら、わたしの意識はまどろみの中へと落ちていった――。

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見習い女神の神がかり アナマチア @ANAMATIA

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