第4話 指示待ちヒーロー!

白髪で髭を貯える、見た目60代の西田と名乗る男は大きく手を広げて俺を歓迎した。


「安倍野君、君は選ばれし人だ。おめでとう」


「はぁ…」


「早速だが、このタイツを着てくれないか?」


「タイツ?」


西田という男から受け渡されたそれを広げてみると、パーティグッズにあるような全身タイツだった。


「男同士だ。ここで着替えてくれ」


いや、いきなり着替えろと言われても…


話が勝手に進んでいる。

尋ねたいことが山ほどある内の一つの質問を聞いた。


「あの、ここはどこなんですか?」


西田は「とりあえずそれを着てくれ」と俺の質問に答えない。言葉尻に威圧感さえも覚える。

従うしかなさそうだ。


「…えっと、下着は?」


「履いたままでいい」


俺はダウンジャケットとセーター、ヒートテックインナーを脱いで上半身裸になる。


「なかなか良い体つきじゃないか」


まじまじと俺の半裸を眺めている。

この西田とか言うおっさん、そっちのけがあるのか?


ベルトを緩め、デニムを脱ぐと、33歳壮年期のパンツ一丁姿が出来上がった。


「ではそのタイツを」


上半身と下半身の繋ぎ目がないため、どこから履こうか悩んでいると「伸縮性があるから、首穴から足を通せばいい」と西田は助言する。


ぱつぱつで非常に着辛かったが、何とか全身タイツを着することができた。


全面鏡がないから自身の姿を確認できないが、きっとこれから宴会芸が行われるような滑稽な格好なのだろう。


「では続いて…」


西田は厳重に施錠された大きな金属製のケースを開くと、形容のし難いものが取り出した。


身近なもので例えるなら、女性が髪を一つに束ねる髪留めのゴムを巨大化したみたいな、幅のある輪状のもの。


敢えて言うなら、


「ベルト…ですか?」


「その通りだ」


西田から手渡されたそのベルトらしきものには、自分のウエストに合うように調節する穴は開いておらず、

バックル部分には何かを収納する窪みがあるだけだ。


しかも革製でもゴム製でもない、今まで触れたことのない柔らかくも難くもない感触をもつ、未知の素材でできている。


俺はフラフープのようにそれを腰に当て添える。


「あの、サイズが全く合ってないんですが…」


力士ほど体格が良ければちょうど良いサイズなのかもしれない。


本当にこれでフラフープができそうだ。


そういえば小学生の時、誰よりも長くフラフープを回せていたな…などと思い出に少しだけ耽っていると、


「…うわ!」


そのベルトは俺の腰回りにフィットするように瞬間的に収縮した。


しかも苦しくない、巻き付いていることさえも忘れさせるような装着感だ。


「最後に君のスマホを、その窪みに入れてみなさい」


手を施さずに勝手に巻かれるベルトを製造できる現代科学に驚いている俺に、西田は冷静にそう指示を告げる。


俺は脱衣したダウンジャケットのポケットからスマホを取り出し、ベルトのバックル部分の窪みにそれを装着した。


ピッタリとスマホが収まった。

本来のベルトの中央にある金具部分がスマートフォンになったという、一見玩具のようなベルトの完成だ。


次に何をすればいいのか、指示を待つ俺は西田を見る。


「昨夜ダウンロードした、スマホヒーローを起動してくれ」


あの黒い画面に白い文字しかでないアプリを?


でもきっと、このベルトに続き超科学的なことが起きるのだろうと、少しワクワクする気持ちを持ちながら「ス」のアイコンをタップした。


昨夜と違って画面はブラックアウトせず、画面に【TRANSFORM…】と表示されている。


トランスフォーム…?変身ってことか?


西田は不敵な笑みを浮かべた。


「もう分かっただろう?これは変身ベルトなのだよ」


「変身ベルトって…子供向けの特撮映画的な?」


ふふ…と彼は声を殺して笑う。


「子供向けでも、特撮映画でもないんだよ、安倍野君」


これは現実だ。と西田は言い、スーツの内ポケットからリモコンを取り出す。


「こいつも見てもらおう」


西田がリモコンを床に向けると、ゆっくりとした速度で檻がせり上がってきた。


大人が2人分膝を抱えれば入れるほどの大きさのその檻から、異様な雰囲気が醸し出されている。


鉄格子越しに、"黒い何か"がうごめいているのが分かるが、怖くて近付いて確認することができない。


「こいつは"外来種"と言って、我々が駆除すべき対象だ」


「外来種?」


「ああ、この世界の生物ではないから"外来種"」


「なんか…獣臭いですね」


「安倍野、変身しておいた方がいいぞ」


「へ?」


突如として鉄格子の扉が開かれた。


その外来種と呼ばれる生物が、開放された扉から周りを警戒するようにゆっくり出てくる。


俺は直感的にスマホ画面に表示される【TRANSFORM】

をタップする。


ベルトから発せられた閃光に視界が真っ白になった。

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スマホヒーロー!〜売れないバンドマンがとあるアプリをダウンロードしたら世界を救うヒーローになった件〜 @nora-noco

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