第3話 拉致られヒーロー!

俺は今リムジンに乗せられている。


後部座席のところにお洒落な長いガラステーブルがあって、バスケットに入ったロールパンやクロワッサン、高級そうな皿に盛り付けられたスクランブルエッグと物凄く分厚いベーコンが並べられている。朝食にどうぞと言わんばかりに。

あと高級な銘柄のウィスキーも数本置いてある。氷バケツと一緒に。ロックでどうぞと言わんばかりに。




昨夜の怪文書の予告通りの早朝のことだった。


サングラスをした黒いスーツ姿の、見るからに怪しい男3人がベッドで眠る俺を包囲していた。それはもう最悪な目覚めだった。


どうやって部屋に入ってきたのか分からない。

チェーンロックまでしたのに。


「おはようございます。御迎えに参りました」


と寝起きの俺にグラサンの1人が馬鹿丁寧に挨拶も兼ね言ったが、不法侵入も甚だしい。


「では着いてきてください」


これはもう素直に従った方が命までは取られないのではと、起きたばかりの働かない脳でそう判断を下した。


というか昨夜に大切なものを一気に失いすぎて、自暴自棄になっていたのだろう。

もうどうにでもなれという気持ちで、怪しい連中に囲まれながら外に出たのだ。


ボロアパートの駐車場と釣り合わない黒光のリムジンが駐車されていた。

バンドマンとして売れてからこいつに乗ってみたかったのだが、まさかこんな拉致まがいな形で人生初のリムジンとはな・・・。やはり人生は思うようにはいかない。




高級車に揺られて2時間は経っただろうか。


窓ガラスにはスモークフィルムが貼られており、外の景色が見えない。


通報を恐れてなのか、車に乗る直前にグラサン男にスマホを取り上げられているため、何もすることがなく暇だ。


だからと言って、目の前の食事と酒に手を伸ばす気にはならない。何か変な薬物的なものが混入されていてもおかしくないからな。


「・・・」


「・・・」


俺の対面に座る、恐らく俺の監視役であろう1人のグラサン男の視線にもそろそろ辛くなってきた。


舗装された道から外れたのか、車はガタガタと揺れ始めた。

天井のシャンデリアが横揺れし、チャラチャラと音を立てる。


山道だろうか。

俺の平衡感覚が曲がりくれる道に沿う走行を感じさせる。


右へ左へと揺れ進み、少し酔ってきたところで車が停車した。


後部座席の扉が開けられると、木々の深い緑の匂いが香ってきた。


車外に出ると、そこは雑木林の中だった。

葉の遮光によって辺りが薄暗い。


グラサン男の1人が無数の木々の中に溶け込んだ小屋を指して、「あちらへどうぞ」と促す。


あの小屋で俺の体をバラバラにし、臓器とかが闇の世界へ売られていくのかと、畏怖の念を抱えつつ扉を潜ったが解体するような道具は一切見当たらなかった。


解体器具どころか、家具などといった置物が一つもなく、何もない空間が広がっているだけだ。

ただ部屋の奥に、木材で造られた小屋の雰囲気と場違いなエレベータだけがある。


男は扉の右側に設置されたパネルに暗証番号を長々と打ち込んだ後、下矢印のボタンを押してエレベーターに乗り込んだ。

俺は彼らに続き、最後に乗る。


階数の表示がないため、この閉鎖された空間での時間がものすごく長く感じる。


このまま地殻を突き抜けるんじゃないかと思うくらいに降った後にエレベーターは止まると、ゆっくりと扉が開かれた。


目の前に広がる空間に、俺は息を呑んだ。


例えるなら、特撮映画にあるような超未来的な秘密基地だ。


スケルトン化した日本列島が映し出される超大型モニターを前面に、100機近くはあるであろうPCの前に大人数の作業員が座り、黙々と作業をこなしている。

カタカタとキーボードを打鍵する音が不気味に響く。


唯一私服姿で浮いた俺に、その作業員達は一切目をくれない。


その大型モニターの前を横切り廊下に出る。

その奥まった所の、局長室と札がかけられた扉の前に立つ。


「局長、安部野様を連れて参りました」


「入れ」


扉の向こう側から渋い声が聞こえてきた。


グラサン男はその部屋には入らないようだ。

彼らは俺に一礼し、去っていった。


ドアノブが見当たらない。

どうやらセンサーで開くタイプの扉のようだ。


俺は壁に備え付けられたセンサーに手をかざし、扉を開けた。




「ようこそ、安部野君」

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