第2話 就活ヒーロー!

18歳から苦楽を共にした3人のバンドメンバーと、

世界でたった1人の俺の理解者であり、最も愛する結衣を失った激しい喪失感から食欲をなくし、

帰り道に寄った牛丼屋の並盛りを半分以上も残してしまった。


ぼんやりと灯る自販機の隣に設置されたベンチに腰掛け、星をなくした夜空に向けてタバコの煙を吐き出す。


国家公務員にも色々ある。

俺から彼女を奪った、その男の職業を想像する。


役所勤めか?


警官か?


自衛官か?


それくらいしか思い付かない俺は、スマホで国家公務員をネット検索をした。


何ともまぁ、立派で堅苦しく、責任のありそうな職業が沢山出てくるではないか。


俺が音楽活動をしている間にそいつは勉学に励み、資格を習得し、その上採用試験と面接をし内定を貰って、人に堂々と言える立派な職業に就くことができたのだろう。


そう考えると、今まで俺のしてきたことが酷くチンケに思えてきた。


15年間音楽のみやってきて、毎度10人も満たないスカスカの小さなライブハウスで無駄に技術だけある演奏をして、疎らな拍手を貰って、手売りの自主制作CDは全く売れず、メンバーだけでやっすい居酒屋で打ち上げをして…


やれ客のノリが悪かっただの、共演したバンドが下手過ぎただの、音響が最悪だっただのと周りのせいにして過ごしてきた。


真摯に音楽と向き合ってきたつもりだったけど、俺は夢を見ることによって現実から目を背けていただけだったのかも知れない。


自分は特別で選ばれた人間だ、と勘違いし続けたかったんだ。


「潮時だな…」


俺は現実を受け入れる第一歩として、

まずは求人募集のアプリをダウンロードすることから始めた。


アプリストアを開くとトップ画面に、

【あなたにオススメ!】

と自分に推奨されるアプリの一覧が羅列している。


その中で一際目を引くアプリがあった。


赤地に白文字で「ス」とだけ書かれたアイコン。


【スマホヒーロー!あなたの手で世界を救いませんか?】


ざっくばらんとした謳い文句に、思わず鼻で笑ってしまったが、

何故か俺はそのアプリに心惹かれ、求人アプリそっちのけでそれをタップしていた。


Face IDが俺の冴えない顔を認証し、スマホヒーロー!のダウンロードが開始された。


ダウンロードの進行状況を示す、アイコン上に表示される円形グラフが白色の◯になった時、突然スマホの画面がブラックアウトした。


画面をタップしても、電源ボタンを長押ししても、何も反応しない。


バグか、処理落ちか、はたまた変なウィルスにやられたのかと、考えられる原因を巡らせていると真っ暗な画面に、白い文字が一文字ずつゆっくりと浮かび上がる。




安倍野様、あなたは選ばれました。

明朝に御迎えに伺います。




「何だこれ…」


指の間に挟んだタバコを膝の上に落としてしまった。


デニムを焦がした後、地肌に熱を伝える。


「熱っ!」


タバコを払い除け、右膝の火傷の心配よりも、もう一度スマホに目をやる。


スマホは見慣れた待ち受け画面に戻っており、現時刻である23:08を表示している。


[ス]のアイコンも、幾つもあるアプリの1番最後に並んでいた。


試しにもう一回それをタップする。


すると画面は再び暗くなり、先程と全く同じの文章が全く同じ速度で表示され、そして何事もなかったかのようにいつもの待ち受け画面に戻った。


何だこのアプリ…

安倍野様って、何で俺の名前を知ってるんだよ…

しかも選ばれたって何にだよ…


俺は怖くなりそのアプリを削除したが、何故か消えない。


『削除する』を繰り返し選択しても、


You can't delete application


とかいう今まで表示されたことのない英文が画面中央に出てくるだけだ。


俺はアプリの消去は諦め、さっきの文面を思い出す。


明朝に迎えに来るって、明朝っていつだ?

明日の朝ってことか?

ていうか俺の居場所が分かるのか?


スマホに搭載されているGPS機能を恐れ、すぐさま俺は電源を落とした。


これで安心などできないが、

とりあえず家に帰ろうとベンチから立ち上がった。


もし明日の朝、俺の家に誰かが来たとしても居留守すればいいだけの話だ。


来れるもんなら来てみろよと、俺は強気な足取りで自宅に向かって歩き出した。

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