エピローグ

 それから1年が過ぎようとしていた。市の中央部に空いた大きな穴は、ガレキや土砂によって埋め立てられ、上下水道や電力、ガスなどのインフラ工事が終了し、まっさらな新しい平地にリセットされて、今は建設ブームの真っ只中だった。あの廃工場跡は緑地や中央公園、美術館が整備されることが決定し、少しずつ工事が進んでいた。まだ戻れず市外で暮らす市民も多く、元通りのエッグシティに戻るには時間がかかりそうであった。

 サムは飛び立つ大地の裏話というネットの新しいコーナーが大人気で、男爵の家にもよく出入りしていた。テリーはまだしばらくエッグシティの復興と軍部の動きの報告があり、月に一度はエッグシティを訪れていた。今朝はドライブインエッグベースが元の場所に復活した記念日となり、あのメンバーで集まっていた。

「おや、リチャード、久しぶりだな。うほお、背が伸びたな。どうだいロッテンハイムのお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは優しいかい?」

 すっかり明るさを取り戻したテリーが気さくにきいた。

「お祖母ちゃんが勉強しろってうるさいんだけど、僕はそこそこ成績がいいからいつも喜んでくれるよ。まあまあ楽しいかな」

「よかったなリチャード、そういえばサム、男爵のところにまたメンバーが増えたんだって?」

「ああ、地下通路や青い城のお手伝いとして、中学生ぐらいの地底人が変わりばんこに来ることになってね。いろいろ交流の場が増えているんだ。彼らは勉強熱心でみんなから地上の読み書きを習ったり、アルパ博士や男爵から歴史や生物学を、アナスタシアやホリアから踊りや音楽を習っているみたいだ。地底世界で生きる彼らは絶対音感や独特の発声法を持っていて、ホリアが舞台で使えないか研究しているみたいだね」

そしていよいよ今朝のモーニングだ。

「なんだい、このてんこ盛りの料理は?って、まさかこれって?!」

 テリーが横目でリチャードを見ながら言った。マスターが笑った。

「はは、今回はリチャードの提案で作ったんだが、家族向けにはいいメニューかもな。テリーの好きなイカフライのフルーツソースもちゃんと入れてあるんだぞ」

「えへへ、僕やみんなの好みの料理を一つにまとめてくれってお願いして作ってもらった、ダイバセットだよ」

 多様性、ダイバーシティから名付けたダイバセットは、パスタ、ライスや揚げ物、サラダなどを一つのプレートに盛ったスーパーお子様ランチとでもいうべき料理だ。

左上にはイカフライのフルーツソースとトリュフソルトのフライドポテト、右上にはボイルしたソーセージのチリソースとたっぷりサラダ、左下にはチキンナゲットをのせたかわいらしいカレーライス、そして右下にはスパゲティミートソースに目玉焼きをのせたハンバーグがついている。これに本日のスープがついてリーズナブルな値段だ。

「リチャードが好きなものって言ったけど、これは子供はみんな好きだよ。俺も大好きだね」

 サムが言うと、もうイカフライにとびついたテリーが言った。

「人気料理の組合せみたいだけど、マスターのこだわりか、それぞれが新鮮でおいしい」

 確かにハンバーグは野菜ソースのとろみだけで挽肉をまとめたうまみたっぷりの手作り品、揚げ物もフルーツソースやトリュフソルトと味付けが違い、サムの好きなソーセージにかけたチリソースもピリ辛でめちゃうまい。しかもカレーもサフランライスにインドカレーと、本格派だ。

「いろいろ食べられるし、うまいし、なによりボリュームたっぷりだね」

 三人でニコニコしながら完食だ。

 みんなの楽しそうな様子を満面の笑顔で見下ろす人がいた。

「そろそろ時間だわ。行ってきます、私の愛する人たち…」

 空中から見下ろしていたエリカは、そのまま上空へと上っていった。そこにはまばゆく光るドームのような空間があり、エリカはその中でもう一度みんなを見下ろした。そこにはもう生きていた時の距離感や時間の壁はなく、見えないはずの裏側も、遠いところも近いところも同時に立体的に見ることができた。

 あの青い城を訪れたときのミュリエルの予言が空間に響き、天空につながる光の階段が目の前に現れる。…天災が起こるとき、強きもの、大いなる者の鎧は重く、故に最後の一歩を踏み出すこと能わず。

 だが、わが身を捨てることをいとわぬ真に強き者は、光の階段を昇り、用意された席に座れるであろう」

 どこまでも続く光りの階段をエリカは軽やかに昇る。すると階段の途中の雲の中にまばゆく光る美しい庭園が浮いていた…。緑の木々が涼しい日陰を作り、小さな滝を作って流れる。さらに登ればせせらぎ、そして水草が揺れる池、さらに登り、奥に進めば、白い大きな聖堂があり、エリカはその奥にさらに進む。

 ひんやりした厳かな戸口を入れば、そこは無限の宇宙空間のような場所だった。宇宙の果てのような気もするし、宇宙の始まりの場所にも思える。

「…誰かが私を呼んでいるわ」

 そちらに目をやれば、はるか遠くに小さな光が見える。

「やあ、久しぶり…」

 あっという間に光は近づく。その輝く人はとても懐かしい、古くからの友人のようでも、家族のようでもあった。

「私だよ、オルファーヌだ。やっと来てくれたね、長かった。さあ、こっちだ」

 エリカはその人に連れられて宇宙空間を飛んでいた、光より、時間より速く…。その人といるだけで様々な映像が見えてくる…。

 この三次元宇宙にエネルギーが流れこみ、光とともに宇宙が広がって行く。何もなかった宇宙に光と形が現れ、エネルギーが循環し、その中で生命が生まれ、多様性の網が織り上げられ豊かに満ちていく。

 そして今、巨大な山脈を遠くに臨み、どこまでも広がる深き森に大小の川が流れる。美しい花が咲き乱れ、蝶が飛び交い、魚が跳ねる。そしてエリカも還ってきた…。

 すると森の中に、大理石のテラスが現れ、古代の神殿のようなテーブルやイスがそこにあった。

「こっちですよ、こっち」

 目の前に三つの椅子があった。もう一人が先に着て二人を待っていた。

「私だ、サンジェルマンだよ。さあ宇宙をさらにまばゆく豊かにする話し合いをはじめよう。そう、今こそ古代の黄金の予言が成就するのさ、いいかな?」

 エリカもオルファーヌも大きくうなずいて席に着いた。

「…」

 …本当の地球人と、星の王と、時の王が三人そろうとき、平和の礎が生まれる。それは新しいはじまりだった…。

(了)

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ゼリーボーンズのお化け一家「飛び立つ大地」 セイン葉山 @seinsein

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