14 オールメンバー

 虫のパイロットが言っていた3日が過ぎようとしていた。朝パイロットの一匹が現れ、出迎えた男爵に、今日の正午に皇帝がやってくると教えてくれた。

「皇帝はプロトキメラを求めて必ず屋敷にやってくる。だが、皇帝の強さは並大抵ではない。さらにジュエルヘッドもキューブヘッドを集めなおし、大挙して攻めてくるだろう。覚悟をしたほうがいい」

 とのことだった。男爵はその言葉を受けてこう答えた。

「この間は家族の留守中にしてやられた。だが今回は違う。我々は野生生物保護センターから、全員トンボ返りして戻ってきた。こんどはオールメンバーで戦う」

「オールメンバーか、じゃあ、この間いなかった強いのが出てくるってわけか?うまくいくといいのだが…」

 そして虫はブンと羽音を立てて飛び去っていった。

 そのころサムとテリーは、いつもの小型車に乗って二人が避難所にしている川沿いのバンガローから走り出した。グリフィスは秘術によって生き返ったがエリカは生き返ることもなかった。テリーにはとても複雑な思いがあったが、こんな時助かるのはサムの明るさだった。もちろんこんな時もいっさいプライベートな話題は話さない。それがサムであり、それがとても助かった。

 二人ともあの巨大宇宙船が飛び立つのも見たし、ガレキがあちこちに降り注ぐのも見た。キャンプ場でも、ビルの壁面にあった巨大画面が落ちてきて、つぶれたバンガローがあった。でも外周道路まで近づいてみてそのあまりの街の変わりようにとにかく驚いた。中央エリアの住宅地から北部商業エリアにかけて1キロメートル以上の巨大な穴が開き、中はガレキで埋め尽くされていた。その巨大な穴の周囲も亀裂や陥没、またはいろいろなものが降り注ぎめちゃくちゃにされていた。

 サムのコンドミニアムもテリーのホテルも、ドライブインエッグベースもすべて廃墟と化していた。

 普及物資を運ぶために、まず外周道路の整備が行われ、かろうじて移動ができるようにはなっている。車は比較的被害の少ない南部の墓場公園方向へとハンドルを切った。だが少し行ったとき、サムがスピードをゆるめた。

「ちょっと、ちょっと、テリー、噂には聞いていたんだけどさ、噂は本当だった。もしかするとおいしい朝食を食べられるぞ」

「え、まさか、うそだろ」

 墓場公園の入り口に、エッグシティの地図のイラストを描いた派手な移動販売車が止まっていた。いつもドライブインの駐車場の隅にあった車だ。イベントのたびに、マスターが呼ばれておいしいものを出していた移動店舗だ。

 さっそく車から降りて二人で駆け寄った。

「やっぱりだ、マスターがいる。エッグベースのモーニングが食べられるぞ」

 サムがニコニコして駆け寄る。そしてテリーが近づく。マスターとテリーとほんの1秒の何分の1の間目と目が合った。エリカの不幸な死は大々的に報じられ、知らない市民はいなかった。もちろん親しかったマスターもどれだけ辛い思いをしていたか。でも明るくふるまうサム、エリカのしていた五角形の光の紋章のアクセサリーをしているテリーを見て、マスターはいろいろなことを察してそしてしゃべりだした。

「ほら、うちはマクガイヤーの肉屋とか、ハックのパン屋とか、たくさんの店と取引してるだろ。だから災害の前からみんなで話し合って、市街に材料や設備を運んで、備えていたんだ。そうしたら市の外側はほとんど被害がなく、そこで今朝もあちこちをこの車で回って材料集めて、なるべくいつも通りのメニューを用意できるようにがんばったのさ」

 マスターはいつも通りに明るく、エリカのことは一言も口に出さなかった。口に出さない思いやりもあるんだなとテリーは思った。

 サムは結局マクガイヤーのフランクフルトを使ったホットドッグと、マリナおばさんのエビとカニのサラダ、フワフワのスクランブルエッグ、そしてアンジェラのグレープフルーツジュースを頼んだ。テリーは久しぶりのハックのクロワッサンと半熟とろとろのポーチドエッグ、それとマクガイヤーの焼きハムステーキだ。

 ところがポーチドエッグの半熟具合があまりに絶妙だったので、なぜか涙がポロポロ流れてきた。トリュフソルトがおいしいのもあの時と一緒だった。そう、初めてこの店に来た時に、これを進めてくれたのはエリカだった。

「ああ、おいしい、最高にうまい」

 口ではそう言いながら、顔は笑い顔のままで熱い涙がポロポロこぼれてくる。するとそんなテリーを見たサムまで、絶品のホットドッグをほおばりながら涙をこぼし始めた。

「いやあ、マスター、店をやってくれてありがとう、最高にうまいよ」

 そんな二人を見て、マスターもこっそり下を向きながら涙をぬぐっていた。

 やがて二人はたらふく食べ終わると、再び男爵の屋敷へと向かっていった。

「あれ、今墓場公園に行ったときは何とも思わなかったけど、墓場公園だけじゃない、ミステリーランドも博物館も平常通りやってる…。あれだけの大災害があったのにこれは一体どういうことだ?」

 ここは南部地域で、地割れや陥没などの直接の被害はなかったはずだが、上空からいろいろなものが降り注ぐ被害はあって当然だ。しかし、辺りを見回しても遊園地の施設も、博物館の建物もどこにも被害がなさそうに見える。

 よく見てみると、道路や駐車場、あの広い庭には自動車やらトラック、道路の破片やコンクリートの大きな塊などがかなり降り注いでいるのだが、なぜか建物そのものには何の被害もないのだ。そして現在は工事業者が来て、そんなガレキもどんどん取り除かれて行っている。

「あれ、そういえば、ルナサテリアさんたちが、夜中に結界を張っていたってグリフィスがちらっと言っていたかな…?」

サムが思い出したように言った。そう、二人はこれから男爵家の本当の実力に震え上がることになる…。

男爵家の玄関に入る、いつもの画面で警備のシェーバーのおっさんの怒鳴り声がする。

「今日は大変な日に着ちまったな。まあ二人ともみんなの邪魔にならないように気を付けてくれよ!とくにサム、勝手な行動は慎めよ」

いつもの調子で怒鳴られるのが今日はなぜか心地よい。あのやたらにでかい鎧のわきを通ってさっそくリビングに入る。

すると何事もなかったようにグリフィスが元気に二人を出迎える。ほかに男爵や婦人、妹のホリアもいる。チャールズやアルパ博士、スパーキーやレイチェルまでリビングに来ている。男爵がやさしくしゃべりだす。

「いやあ大変な日に呼び出してすまないねえ。どうしても二人に手伝ってもらいたいことがあってね。あ、そうだ、まずみんなでこれを食べるんだ。アナスタシアが薬草でコーティングしてくれた特別なゼリーボーンズのお菓子、アルティメットスピリチュアルゼリーボーンズだ」

小鉢に入れた白い骨の形をしたお菓子をみんなでつまむ。

「パパ、おいしいよ。ハーブの効いたフルーツ味だね」

「ふふ、アナスタシアねえさんが霊的な能力を画期的に高める特別のブレンドをしてくれたの。おいしいでしょ。特にテリーさんはたくさん食べてね」

みんなでにこにこしながらお菓子の時間だ。食べ終わるとサムがさっそく質問した。

「この間もチャールズの銃が効かなかったけど、皇帝はめちゃくちゃ強そうだよね。やっつけられるんですかね」

すると男爵がかなり複雑な顔をした。

「実は監視カメラで撮った皇帝の映像を家族みんなで見たのだが、うちのルナサテリアやアオイシロの貴婦人たちが興味深いことを言い出してね」

するとルナサテリアがとんでもないことを言い出したのだ。

「カメラ映像を見ていた時、私やアナスタシア、ミュリエルの目には、アンドロイドである皇帝の姿に重なって支配欲や権力欲の塊となりおぞましい姿と化した生きていたころのパズマ皇帝の姿が見えたのです」

「な、なんですかそれは?」

「つまり皇帝は、最強のアンドロイドに自分の記憶と人格を移したと言っていたそうですが、それだけではない、あのボディには、パズマ皇帝の悪霊が取り付いているのです」

「まさか悪霊なんて?!」

サムが驚いた。ルナサテリアはこう続けた。

「チャールズが皇帝にエスパーショックガンを撃った時、なぜか皇帝には通じなかった。それはなぜか?、皇帝は悪霊の力を得てさらに強くなっている。もっと言うなら、あのアンドロイドボディをやっつけるだけでなく、同時に霊的にもとどめを刺さなければ本当の勝利は来ないのです」

「どうすればいいのですか?」

テリーが訊くと、ルナサテリアは鋭いまなざしで言った。

「作戦はもう立ててあります。あとはあなたたちの力を借りるだけです」

そしてルナサテリアの口から、テリーが考えもしない作戦が語られたのだった。

それから数時間が立った。リビングには人間も他の生き物もいなくなった。さらに赤い光の宇宙船にメッセージが届いた。

「わが忠実なる部下たちよ…聞くがよい…」

今、実質的リーダーとなった青い光が渦巻くチーフラピスが答えた。

「おお、陛下、お待ちしておりました。今、いずこに…」

すると目の前のモニターにゆらゆらと揺れる皇帝メギゼイドスの顔が映った。

「あの宇宙の秩序を気取る生意気な虫どもは、今やっと去っていきおった。私はのこりのプロトキメラを手に入れるため、もうあとわずかで再びあの屋敷に乗り込むだろう。プロトキメラの捜索をすぐに行うのだ」

「かしこまりました。皇帝が再びお姿を見せるまでに、あの屋敷を乗っ取って再びプロトキメラを手に入れて御覧に入れます」

「…頼んだぞ…。奴らは手ごわそうだが、作戦はあるのか?」

「はい、今度はプロトキメラのセンサーをキューブヘッド全員に持たせました。さらに変形ロボットケルベロスを用意してございます」

そしてチーフラピスは例のいろいろな武器に形を変える黒い手袋の暗殺武器をはめなおすと、20人ほどのキューブヘッドを引き連れて転送装置に向かったのだった。

そのころサムは、あのシェルター室に入り、男爵、グリフィスとともに、あのゲーム盤のコントローラーを見つめていた。

「さすがサム君の作戦は見事だね。分散作戦か。まさにオールメンバーで迎え撃つのに絶好だね」

「実はグリフィスと先日のリビングの先頭映像を見ていて気付いたんですが、庭の戦闘では、エッグアーマー相手にかなり光線銃も使われているんですが、このリビングで怪物やガイコツのロボットに襲われた時はただの一度も使われていない。今までの奴らの行動パターンを分析すると遠い場所の敵や少し離れたところの敵には光線銃を使うのですが、燃えやすい屋敷の中や、至近距離から出てきた敵には、すばやくアームカッターで応戦しています。そういうふうにプログラムされているんでしょう。ですから奴らを分散させて至近距離から襲えば、光線銃にビクビクすることは全くないんです」

サムが自信たっぷりに言った。アームカッターも十分ビクビクに値するものだとも思われるが…。

「なるほど。アームカッターだけに気を付けていればいいのか…」

男爵が感心すると、今度はグリフィスが言った

「もうサムの作戦通り、あと10個ほど残ったプロトキメラは、屋敷のあちこちに隠してある。それに頼まれて作っている新兵器もほとんど完成したしね。あとは最終チェックだけなんだ」

「あと、何か危険なことがあれば、警備の専門家シェーバーと執事のパーカーが助けに入るから心配はいらない。あとはサム君の考え通り、存分にやってくれ」

「はい、がんばります。テリーも今回は協力してくれるしね」

そのころ、テリーは二階のミュリエルの占いの部屋で、ミュリエルやルナサテリアから木製の弓を渡されていた。

「…これが姉のアナスタシアがアメリカに来る前、ヨーロッパの聖なる樹木を使い彫り上げた、光の弓です。さらに私が魔法石を埋め込み、ミュリエルが光の紋章を刻み、そこに再びアナスタシアが聖なる弦を張って仕上げました」

「これを私が使うのですか?」

テリーがそう訊くとルナサテリアは、おおきくうなずいた。

「そう、光の紋章を持つ者だけが使えるのです。そしてこの弓で使う矢は、あなたの心なのです。今日の敵は手ごわい。心してお使いください」

「はい」

さらにミュリエルは、玄関の巨人鎧の横の、槍の置き場を指さした。今そこにあの重厚な槍はなぜかなかった。

「もう一つの重要な武器が槍です。でも今度の相手はあの最強のアンドロイド皇帝メギゼイドスです。ですからグリフィスに槍のパワーアップをしてもらいました。槍の頭には対ロボット用のドリルユニットをつけてね。もうすぐ最終チェックが終わるはずです。ただとても重くなっちゃったから、我が家で一番力が強そうな人に頼むことにしたわ」

一番力の強そうな人って誰だろう…?

その頃、チーフラピスと20人のキューブヘッドは男爵邸の中庭に転送して現れた。

「もうすぐ皇帝陛下がお戻りになる。それまでに我々でプロトキメラを探し当てるのだ。いいか、リビング周辺には今日もいろいろな仕掛けがあるやもしれぬ。私からの指令があるまではリビングには入るな。さらにガイコツや怪物のロボットが近づいてきたら戦わずに逃げろ」

すると指令を受けたキューブヘッドの一人がチーフラピスに聞いた。

「それではどこを探せばいいのですか」

「プロトキメラのセンサーを使うと、どうやら今日は、プロトキメラは何個ずつかに分けられて、屋敷の数か所に隠されている。ただセンサーの反応では、地下室にも二階にもないようだ。すべてが一階のあちこちから反応している。お前たちは二人一組で動け、一人がやられてももう一人が必ずプロトキメラを持ち帰るのだ。あと光線銃はプロトキメラがすべて見つかるまでは極力使うな、屋敷が火事になると面倒なことになる。まずはリビング以外の部屋から分担して集め、最後に私と一緒にリビングに入ればいい、そこに皇帝陛下が現れるはずだ」

「了解しました」

慎重なチーフラピスは、開いている玄関から侵入するとキューブヘッドたちを二人一組にして探索に向かわせた。自分はリビングの入り口に立って中をうかがっていた。静まり返ったリビングには強いプロトキメラの反応があり、部屋の中央には、見たこともない8本腕がぐるりと体の八方向についているエッグロボが待ち構えていた。それぞれの腕の先にはドリルやら回転カッターやら高周波バサミやら危ない工具がついている。

「この間の戦いのときにはいなかった奴だ。なんとも危険そうな機体だな…」

そして戦いは静かに始まった。

まず玄関で見張りに立っていたキューブヘッドからの通信が途絶えた。急いでもう一人が駆け付けると、首が無理やり180度ひねられ機能停止していた。

贈られてきた映像をみてチーフラピスが言った。

「私だってこんな真似はできん。いったいどんな怪物がこんなことができるのだ?」

次に厨房に侵入したキューブヘッドから連絡が入った。

「厨房のテーブルの上の皿にプロトキメラが無造作に1個置かれています。只今より回収します」

「気をつけろ、何か仕掛けがないかどうか十分注意して回収しろ」

「了解」

だが数秒後、ガツンという大きな音とともにまた通信が途絶えた。部屋の外で待機していた別のキューブヘッドを向かわせたところ、強固な箱状の頭部が強烈に殴られ、なんと首が折れていた。

「信じられません、頭部も大きくへこんでいます。どうしたらこんなことができるのか…?」

だがその直後、カキーンと鈍い音が聞こえ、そのキューブヘッドの音声が乱れた。

「なにか棒状のもので襲い掛かられ、アームカッターで受けたのですが、アームカッターがへし折られました…。映像を送ります」

そのキューブヘッドから贈られてきた映像には、目にもとまらぬ高速で動き、超合金の棒で殴りかかる宇宙生物が映っていた。

ガツン、カキーン!

「…め、麺棒?」

それがキューブヘッドの最後の叫びだった。激しい金属音とともに映像が途絶え、通信も終わった。

そう、キューブヘッドの頭部をへこませ、アームカッターを折ったのは、ほかでもない、あの鼻の長いバーゼルさんであった。あの怪力、あの運動神経で、あの超合金でできた麺棒で2体をしとめたのだ。

次にプールサイドからの通信があった。

「チーフ、プールサイドに置かれたテーブルのコースターの上に、プロトキメラを発見しました」

「プールサイドだと?そこには近づくな!」

チーフラピスが声をかけたが遅かった…。

「うわっ怪魚のようなものが…うあああああ…すばや過ぎる」

水の中に引き込み、電機ウナギをはるかにしのぐ高圧電流でキューブヘッドを機能停止に追い込んだのは、あのチャールズのペット、ナマズカワウソのスパーキーだった。この間もちゃっかりキューブヘッドを高圧電流でしとめていたのだ。

「とにかく、プロトキメラの回収を優先しろ!」

焦るチーフラピス、だが部下はさらに襲われていく。

「チーフ、まったく身動きが取れません…うぐ…」

植物園では強力な弦が葉が、キューブヘッドを締め上げていた。やがてベキッと音が聞こえ、キューブヘッドの首はへし折られていた。

「どうした、いったい何があったのだ?」

この間もシャドーヘッドαを仕留めたのがこいつだ。音もなく静かに近づき、気が付いた時は相手の動きをとれなくする凄腕の殺し屋は、宇宙植物レイチェルに他ならなかった。

「う、これはどういうことだ。ここの星の軍隊も全滅させた、わが戦闘アンドロイドたちが次々にやられていく。仕方ない」

チーフラピスは生き残りのキューブヘッドを集めた。プロトキメラは7つが回収されたが20人いたキューブヘッドはもう半分以下まで減っていた。チーフラピスは、固まりすぎないように気を付けながらリビングへと集団で進んでいった。

「来い、ケルベロス!」

そしてそこで、またあの四角い変形ロボットを呼び出した。光が瞬き、リビングの入り口に1メートル半ほどのパズルのような立方体が転送されてくる。そしてすぐにガチャンガチャンと組み替えると,三つの頭を持った犬型のどう猛なロボットが姿を現した。見た目はドーベルマンなどに似ているが二回り以上大きく、頭の大きさだけでも50センチを超える。三つある頭には超合金の牙をむき出しにした大きな顎が並び、よほど硬いものでも粉砕し引きちぎれるほどの強靭さを持っていた。

「ケルベロスか?こいつは危なすぎる。隠しキャラに任せるか」

サムがさっそく次の手を打つ。するとリビングの横の通路の奥から、ケルベロスに向かって、何か銃弾のようなものが、一発二発と撃ち込まれたのだった。

チーフラピスは気が付かなかったが、銃弾のように飛んできたのは、スプーンやフォークだった。それがなぜ、銃弾のように高速で飛んだのか?

「く、誰だ。ケルベロス、まず、お前に銃弾を撃ってきた奴から血祭りにあげるのだ!」

「ワオオオオン、ガルルル」

するとどう猛な大きな犬は、その三つある首を振りながら風のように走り去っていった。

廊下の奥では、三頭の恐ろしいうなり声や超合金の牙のかみ合う音、金属を引きちぎるような音が響き渡り、やがて激しくぶつかり合うような音が響き、そして静かになった。

「フフフ、ケルベロスのあごにかかれば、ざっとこんなものだ…え、どういうことだ?!」

だが、その時、廊下の奥から、何物かの重い足音が近づいてきた。

「恐ろしい怪物だった。スーツが台無しになるところだった」

涼しい顔をして出てきたのはあの長身の執事、パーカーだった。しかもパーカーは引きずってきた何かをゴロンと前に投げ出した。

「えっ!まさか?!」

それはケルベロスの頭の一つだった。しかもおでこの辺りが大きくゆがみ、一発で仕留められた様子だった。チーフラピスは底知れぬ恐怖を感じて執事のパーカーを見た。だがパーカーは何事もなかったようにスーツを整え帰っていった。スーツには、傷一つ着いていなかった。

「男爵の言う通り、パーカーさんに任せたんですけど、すごく強いですね、あの人いったい何者なんですか?宇宙人じゃないんですよね」

すると男爵は、思い出しながらサムに言った。

「私もよくは知らないんだが、チャールズが宇宙戦争の激戦の後から、生き残った戦闘アンドロイドを拾ってきたそうだ。どこの星のどんなアンドロイドだかわからないのだが、知能は高いし、力持ちで仕事はできるし、私たちを気に入ってくれて進んで働いてくれるんだよ。でも、強いとは思っていたんだが、ここまでとは思わなかった」

それにしても、パーカーは武器一つ持っていない。最初の銃弾といい、あんな頭の三つある恐ろしいロボットをどうやって仕留めたというののだ。

パーカーを応援しようと待機していた、あの八本腕の卵型のエッグアーマーロボットスーツが動き出した。オクトクラッシュ、操縦者は高等軟体生物、元祖卵型のチャールズである。

「プロトキメラが欲しいのなら俺を倒すんだな。このエッグロボ、オクトクラッシュの中にはプロトキメラが三つあるぞ」

「そうか、お前を倒せばプロトキメラはすべて手に入るのか。ならば屋敷が燃えても構わない、全力であのエッグロボを倒すのだ」

チーフラピスが合図すると、キューブヘッドたちは光線銃を構えてオクトクラッシュを取り巻いた。

「撃てー!」

一斉に光線銃が放たれたが、オクトクラッシュには、やはりまったく通じなかった。

「よし、至近距離からアームカッターで一斉攻撃だ!」

いくら強いエッグアーマーでも、これだけのキューブヘッドに襲われれば隙ができると、チーフラピスは考えたのだが、それは全くの判断ミスだった。

「な、なにい!」

「AIの八方向戦闘スイッチオンだ」

チャールズが腕の1本1本を操縦するわけではない、各腕につけられたセンサーが近くの敵を認識、8本の腕が別々の敵を別々に攻撃するのだ。

タコの腕のような2本の吸盤アームで相手を締め付け、持ち上げ、ハンマー、アックス、ギロチン、高周波ハサミ、ドリル、回転のこぎりなどの各アームで敵をバラバラに切断する。頭から叩きつけられる者、頭部を砕かれる者、アームカッターを切断される者、首をはねられる者、ドリルで穴をあけられる者、アンドロイドたちは次々に倒れていく。

「むう、チーフラピスが消えた」

その戦いが終わるやいなや、高度な光学迷彩装置によりチーフラピスは一瞬にして姿を消した。さらに次の瞬間。

「な、なんだ、今度は分身の術か?」

なんと今度はチーフラピスが再び姿を現したと思った瞬間、一人が二人に、さらに4人に分裂したではないか。

「部下のかたきだ、覚悟しろ」

エッグロボの中のチャールズは焦った。今、聞こえた声は確かに一人だった、だが目の前のチーフラピスは4人、しかも一人は黒い手袋から鎖分銅を伸ばして振り回し、一人は超合金のカギ爪を振り上げ、一人は鋭い隠し針を伸ばし、一人は電磁ムチを打ち鳴らしたのだ。

「こ、これはいったい?」

4人が迫ってくる。緊張が走る。だがその時サムからの通信が入った。

「チャールズ、右斜め後ろ45度だ」

「了解」

サムの言った方向にわずかな空間の乱れがあった。チャールズは即座に吸盤アームを伸ばした。

「ウグウッ!立体映像が見破られるとは…」

吸盤アームにからめとられたのは本物のチーフラピスだった。姿を消して後ろから襲い掛かったのだ。前から迫る4人の分身は即座に消えていった。

「ありがとう、サム」

「真上からの分析カメラには、奴の姿がかすかに映ったのさ…ちょっと待て、チャールズ、危ない!」

「ううぬ、お前も道連れだ!」

ズババーン!

なんとチーフラピスはアームにつかまったまま自爆したのだった。

爆発とともに倒れるチャールズのエッグロボ、すぐにハッチが開いてチャールズが脱出する。手には透明な箱に入った3個の金属の立方体があった。

「うう、危なかった。プロトキメラは大丈夫、ちゃんとあるぞ」

ズババーン、だがその時、リビングの真ん中にイナヅマのような光が走った。

「わが部下たちよ、よくやってくれた、グハハハハ」

バリバリと雷で光る手を振り上げる皇帝、チーフラピスの残骸から、チャールズの手元から、プロトキメラが引き寄せられるように宙を飛んだ。

「しまった!でもすぐに奪い返す!」

追いかけようとするチャールズ、でも、皇帝が一言叫んだ。

「命令する。お前はしばらく倒れたまま動くな」

チャールズは命令に逆らえず、パタンと倒れると床に伏して動きがピタリと止まった。

「フハハハハハ、ついに手に入れたぞ。機械と生物の両方を支配する究極の細胞だ」

皇帝はその場ですべてのプロトキメラを取りだすと、手のひらに乗せた。そして胸のアーマーを少し外すと、すべてのプロトキメラが吸い込まれていったのだった。

「フハハハハ、今こそ見せてやろう、これがプロトキメラの真の意味だ」

その時、シェルター室の後ろの扉が開いて、ルナサテリアが携帯を持って入ってきた。

「男性の皆様ご苦労様、よくやったわ。でもここから先は私たちの出番ね」

皇帝は叫んだ。

「機械と生物の両方を支配するこのハイブリット細胞。鷹の精悍さと獅子の勇猛さ、蛇の執念深さ、例えばこの三つを手に入れようと思えば、今の私には可能だ!」

 すると皇帝の周囲に邪悪な紫がかったオーラが渦巻き、その中で三つの渦巻きが、だんだんと鷹と獅子、そして蛇の形となり、それに合わせて皇帝の鎧が盛り上がって変形していく。頭に鷹の鋭い目が、右肩に獅子の頭が、そして左腕に大蛇が絡んでいるではないか。

「ははは、どうだ。私はこの新しい三つの能力を手に入れたのだ。これからも無限に力を手に入れる」

 すると男爵がマイクで呼びかけた。

「パズマ皇帝メギゼイドスよ、お前の力は素晴らしいのかもしれない。だがその姿は皇帝ではない。伝説の怪物そのものだ」

「なにい!すぐにお前を見つけ出して八つ裂きにしてくれるわ!」

 皇帝の怒りが頂点に達したとき、皇帝の周囲を、不気味な紫色の火の玉が飛び回り始めた。火の玉の一つ一つには悪霊の顔が浮かび上がり、青白く燃え上がった。携帯に向かってルナサテリアが叫んだ。

「まずい、奴の邪悪なパワーが暴走し始めた。ホリア、ホリア、あなたの出番よ」

 すると透き通るような聖なる歌声が響いた。二階の回廊に、パーカーとともにホリアが現れた。透き通るような聖なる歌、それはアナスタシアに習った、魂を浄化させる精霊の歌だった。

「おお、空間がみるみる透き通っていく!」

 紫の火の玉は、怯えたようだったが、皇帝は大きく腕を振り上げ、ホリアを指さした。

「悪霊どもよ、あの小娘を食らい尽くせ!!」

 サムもグリフィスも心配で、はらはらしながらそれを見ていた。舞い上がり、悪鬼のような形相で一斉にホリアに飛びかかる悪霊の群れ!

 しかし恐ろしさに屈することなくホリアは歌い続けた。

「ぐおおおおおお」

 悪霊たちは切り裂くような悲鳴を上げながら、苦しみながら空中に溶け出すように消えていった。ほほ笑むホリア。

 さらに皇帝はその時、異変に気付いた。

「な、なんだ、体が動かん」

 突然体が重い鎖でがんじがらめにされたような感覚に襲われていたのだ。すると二階の回廊に不老不死の貴婦人、黒いベールで銀の瞳を隠したアナスタシアがパーカーの後ろから現れた。

「青い城の7人の守護霊よ、今こそ姿を現すのです」

 するとなんとリビングの中央の皇帝の周囲に聖なる青いオーラが輝き、その中に青い城を守護する7人の騎士ブルーナイトが姿を現したのだ。

「ブルーナイト六芒星の陣!」

 聖剣のクロード、剛剣のジーク、長槍のカーツが聖なる三角形を作り、さらに弓矢のエクトル、アックスのガルフ、ボウガンのクリスが、もう一つの聖なる三角形を重ねて六角形とし、モーニングスターのギャランが中心に来て全員が武器を構えた。輝く星の武器のギャランが皇帝のすぐ背中をとり、周囲を青い鎧をまとった6人が武器を光らせ、取り囲むのだ。

「うう、動けん、なぜ最強の私が動けないのだ?!」

 聖なる武器の霊力と7人の騎士の鋭い眼光が皇帝に集中し、その邪悪な霊力ごと押さえつけていたのだ。

「さあ、テリー、光の紋章を持つあなたの出番よ」

 二階の回廊、皇帝の正面の位置に光の弓を持ったテリーが現れ、ゆっくりと弓を引いた。エリカから譲り受けた光の紋章から聖なるパワーがあふれ出す。すると弓が光り、そこに輝く光の矢が現れたのだ。

「…皇帝の邪悪なる鎧を打ち砕きたまえ…」

 緊張し、狙いをつけるテリー、指が少し震えている。だがすぐ後ろで言葉が聞こえた。

「もっと肩の力を抜いて。そうそう、上手」

「…エリカ…君か」

「死んでわかった。あなたとは何度も生まれ変わって愛し合ってきたと…また出会うこともあるわ…だからもう何も怖くない。さあ、一発で射貫くのよ」

 テリーはエリカの心を感じながら矢を発射した。

「…皇帝の邪悪なる鎧を打ち砕きたまえ…」

 光の矢は一直線に皇帝の胸を打ち抜き、周りを取り巻いていた邪悪な紫色のオーラがはじけ飛んだ。支配欲に固まった皇帝のおぞましい顔が一瞬浮かび上がり、さらにそれが引き裂かれて呻きながら消えていった…。

「ぐああああああああ」

 …あとには霊力を失った哀れなアンドロイドが残った。

「うぬう、だがまだ機械の体は、最強のボディは残っている。まだまだ負けぬ」

 だがその時、玄関から何かが近づいてきた。

「ええっ!どういうこと?」

 するとテンペスト男爵が語りだした。

「サムさんが都市伝説に書いていたね。交通事故にあって親を失い、保護されたビッグフットの子供がいたと。その子供はね、あの野生生物保護センターに引き取られ、人間の子供のように育てられ、そして大きくなり、山に戻るか人間と暮らすか選択に迫られた」

 玄関から近づいてきたのはあの巨大な甲冑3メートル近くある精巧なものだ。それがゆっくり歩いてリビングに入ってきたのだ。中に誰かが入っている?!

「そしてその大きく育ったビッグフットは私たちと暮らすことを望んだ。だけどあまりに大きな体だから昼の間は、怪しまれないようにモニター画面の向こうから屋敷を見張る仕事についたんだ」

 するとやはり黒いベールで顔を包んだ超絶美少女ミュリエルが現れ、パーカーに何か指示した。するとパーカーが玄関にあったあの3メートル以上ある重厚な槍を持って、二階の回廊に出てきた。そしてなにか操作すると、先についたドリルが大きな音を立てて回転を始めた。やはりこの槍を使うのはパーカーなのか。

「シェイバーさん、あとは頼みましたよ!」

 パーカーが力強く槍を投げた。空中を飛んだ槍を巨人甲冑はバシッと受け止め、皇帝に向かって走り出した。

「ぐおおお、返り討ちにしてやる!」

 超合金の拳を構える皇帝のアンドロイド!

「おおお、宇宙から消えてなくなれー!」

 皇帝の鉄拳を槍が弾き飛ばす、すごい怪力、槍がうなる。

 ズバッ、ギュルルルル!

 槍は見事に胸と腹の隙間に突き刺さり、高速回転するドリルが大きな音を立てて食い込んでいく。

「…ばかな…こんなバカなことが…」

 そして皇帝は爆発して砕け散った。たくさんの部品がシェーバーの甲冑に降り注ぎ、しばらく音を立てていた。

「やっと終ったぜ」

 キューブヘッドの最初の犠牲者を玄関で襲ったのも、怪力シェーバーに他ならなかった。

 甲冑の仮面を外すと、ごっつくて毛むくじゃらなビッグフットの顔が現れた。だが、そこにあの顔の上半分がすべて隠れるような、いつもの派手なサングラスをかけると、見慣れた警備員、ごっついシェーバーの顔に戻る。もう顔の横のほうの毛が伸びてきている。また剃らねば…。

 その時、天窓から言葉が聞こえた。

「ここでの予言はすべて成就された。我々は帰る。ありがとう、男爵家の人々よ」

 ブンと音がして虫たちが飛び去っていった。

 皇帝が砕け散り、チャールズがやっと動けるようになり、卵が立ち上がって笑顔で手を振った。

「プロトキメラは皇帝とともに消え去った。これで宇宙戦争が止められた。みんなありがとう」

 シェルター室から男爵やサムたちが、大階段からルナサテリアやミュリエルたちが下りてきた。やっとすべてが終わった。リビングが笑顔に包まれたのだった。

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