13 飛び立つ大地

 次の朝、廃工場の周囲はがらんとしていた。爆発事件の前後はあんなにいた人々もみんな市の外へと帰り、警察も避難の後だったので爆発事件の捜査も、うやむやのまま途絶えていた。だが、夜明け前にダン・ホランドのグループの4名だけが廃工場の倉庫の中にこっそり帰ってきた。

「おい、ロイ、しっかり撮影頼むぜ、証拠になるからな」

「ああダン、ばっちりだ、俺のカメラは高性能でさ、画面の中に日付と時刻が入るモードになっている。俺たちがここにいたっていう、ちゃんとした証拠になる。あとはこれをネタにがっぽりさ。今日だって、地震は一度も起きちゃいねえ。この撮影を日付の変わるまで続けていりゃあ大金持ちさ。ちょろいもんだよ」

 ダン・ホランドが笑った。

「あの女市長、大けがしたからもう来ないだろう。それより、地震がこなかったら自分の土地と自宅を売り払って賠償金に充てるって言ってたからな。市長の家はあの高級住宅街だろ、いい金になるぜ」

「あ、その市長のセリフも撮影してあるぜ。ばっちりさ。おいロジャーとファンク、そろそろ腹減ってきた、何か持ってきてくれよ」

 4人は立てこもりの人々のための差し入れ食料や飲み物を、勝手に持ってきて食べ散らかし、賠償金を手に入れる話ばかりして騒いでいた。

 ケープラインの軍事基地ではエッシャー分析官とキース少佐がたくさんのモニター画面を確認しながら、その瞬間を待っていた。

「…只今、巨大宇宙船の6つの重力エンジンがすべて動き出しました。すごい重力波や反重力波が観測されています」

「あとどのくらいで動き出す?」

「あと52秒ほどで…まず巨大な地震が起き、その直後、巨大宇宙船が飛び立つものと考えられます。でも、地下からどうやって飛び立つのかはまったく予想ができません」

「わかった。今の我々には見守ることしかできない」

 そのころ、もう地底の民がいなくなった大空洞ではコウモリやヤモリが洞窟の中で移動を始めた。そして山の中では野鳥たちが空に舞い上がった。

「時間です、来ます」

 エッグタウンの地下や地上に、いくつも仕掛けられたカメラの画面が大きく揺れだした。

 来た、大地震だ、かなり大きい。

「崩落現場のすぐ上のマーケット付近が震度7、その周囲は震度5の揺れですね」

 軍事基地のあるケープタウンではわずかに体に感じる程度だったが、エッグシティでは、あのタンゴビルと呼ばれていた古いビルの壁が崩落し、あるいはあちこちのビルのガラスが割れて降り注いだ。いくつかの大規模な地割れが起き、あちこちで陥没事故が起き始めていた。さらにエッシャー分析官は異様な現象に気が付いた。

「あの時と同じ光の柱だ。今度は何本もたっている…」

 どうやら6つの重力エンジンから6つの光の柱が地上に立ち上がったようだった。

「もう、我々の想定外の現象です。なにも予想できない!」

 廃工場でも震度5強の揺れが襲っていた。運よく誰もけがはしなかったが、ロジャーが、立ち上がって言った。

「チェ、地震が、大きな地震が来ちまった。せっかくの賠償金作戦が台無しだ」

 だがダン・ホランドは強気だった。

「今の地震で倉庫が壊れたわけじゃないし、このくらいの地震なんてこの間からいくらでもあったさ。だからロイ、撮影は続けてくれよ。な、頼むよ」

「…そうかい…」

 気乗りのしないロイは撮影を続けたが、その時、廃工場の庭でゴトンと大きな音がした。

「なんだ?」

 そちらのほうにカメラを向けたロイは驚いて一瞬声が出なかった。

 空からコンクリートの大きなかけらや鉄くずのようなものが次々と落ちてきていた。さっきの音は、上空から降ってきた自動車だった。地面に垂直に落ちてきて、そのまま突き刺さるように廃工場の庭につっ立っていた。仲間のファンクが急に騒ぎ出した。

「やばいよ、やばいよ、ダン、ロイもロジャーも一緒に逃げよう、ここにいたら確実に死んじまう!」

「何を臆病風に吹かれてんだよ、しっかりしろファンク!」

 ダン・ホランドが笑いながら声をかけた。でもファンクは逃げようと駆けだしながら言った。

「空からものが降ってきただけじゃない、倉庫の床が…!」

 ファンクの指さしたほうに大きな亀裂がどんどん広がっていった。ダンはまだ頑張っていた。

「ばかだなあ、屋根の下にいたほうが安全だって、ほら、な、外に出たら何が降ってくるかわからねえぞ」

 だが次の瞬間、屋根に何かが直撃したのか、天井が大きく破損し、いろいろなかけらが落ちてきた。ロイもロジャーもファンクも、すでに外に飛び出していた。

「え、まじかよ、うおおおおおおおお!」

一人残ったダンはガレキに埋まっていった…。

キース少佐が言った。

「エッシャー分析官、さっきここの基地から出撃したドローン偵察機の上空からの画像をメイン画面に出してくれ」

「了解」

 700メートルの巨大宇宙船の重力エンジンから吹きあがった光の柱の中で、自動車も住宅も商店も、道路からビルまでも、反重力波の激しい力でミニチュアのように舞い上がりバラバラになっていった。そして光の柱からさらに周囲数百メートルの範囲で地割れや陥没が広がっていった。

「おお、光の柱が縮んでいく…パワーが集中していく」

 次の瞬間、爆発のような衝撃とともに巨大宇宙船のすぐ上にあった道路や建築物が一瞬で上空に吹き飛び、再び大地震、そして舞い上がる土煙とともに地下から巨大な飛行物体が上昇してきた。キース少佐が思わず叫んだ。

「でかい…わかってはいたが、こんな巨大なものが空を飛ぶとは…まさに飛び立つ大地だ」

 周囲に広がる地割れや陥没の中心に、直径1キロメートルを超える大きな穴が見えた。そして反重力波で吹き飛んだ道路や建築物自動車などが上空でバラバラになり、周囲の街へと降り注ぐ。ロイとロジャー、そしてファンクは、死に物狂いで街の外へと走っていったが、気が付くとロジャーは大地の割れ目に足を取られ、陥没していく道路とともに沈んでいき、ファンクは先頭に立って走っていったはずが、落ちてきたトラックの下敷きになり、そこから先はわからない。ロイは偶然飛んできた自転車にまたがり、ひたすら走り抜けて外周道路に出たが、そこで道路の亀裂に引っかかって投げ出されていた。

「痛テテテ…」

 仰向けになり、動けないでいるとすぐ目の前を巨大な宇宙船がゆっくりと上昇していく。

「す、すげえ」

 ロイは力を振り絞り、自慢のビデオカメラでそれを撮りはじめた。

「あっ」

 気が付くと巨大な道路のかけらが、すぐ頭の上に落ちてきた…。ロイはやっとのことで逃げ延びたが、自慢のビデをカメラは下敷きになってペッちゃんこだった。ロイは叫んだ。

「俺たちは浅はかだった、ばかだった。俺たちは間違っていた…」

 そんな街の様子をを赤い光の飛行物体が南の空から眺めていた。一人だけ生き残った青く渦巻く光のチーフラピスが、エスパーショックガンのダメージから回復し、命からがら逃げだして、転送で宇宙船に戻ってきたのだ。今、赤い光の飛行物体から飛び立つ大地を見ていた。

「皇帝陛下はどこにおかくれになったのやら…お戻りになられたら、この宇宙船を中心にしてさっそく宇宙艦隊を組織する。そして再び宇宙に乗り出すのだ…」

 やがて飛び立った大地は、黄色の光を発しながら、青い空の中に消えていった…。

 そのころ、グリフィスとエリカはサムとテリーの車で野生生物保護センターへと送られていた。医師のいる設備はもう、この付近ではここしかなかったのである。

 グリフィスの病室では、ベッドを囲んで、男爵、ルナサテリア、ホリアの家族、ベールをとったアナスタシアとミュリエルの親戚、そしてサムが付き添っていた。

「ご子息は通常では考えられない強い衝撃を受けたようで…いろいろ手を尽くしましたが…只今死亡が確認されました」

 男爵がぽつりと言った。

「グリフィスはね、私の命を守ろうと盾になってくれたんだ…」

「お兄ちゃん…」

 ホリアが一人で泣いていた。でも他のメンバーは誰一人涙も流さずにじっとグリフィスを見つめていた。医師が部屋を出ていくと、途端にルナサテリアが言った。

「さすがサムさんね、ショックでパニック状態だったろうに完璧な仕事だわ」

「いいえ、ミュリエルさんがあの日、きちんと教えてくれたんです。近々こういうことがあるから、命を失うようなことがあったら、3分以内にこの魂をとどめるアクセサリーを手と足と首につけなさいと…」

 なるほど、ルナサテリアのアクセサリーが両手、両足、そして首で光っている。

「それにほら、今夜は新月だろ、あの時の運命の女神の運勢ワードは思い起こせだったからね。すぐに思い出したんだ」

 ミュリエルがサムをじっと見つめて付け加えた。

「やっと探し当てたサムさんだものね。こんなことができる人はなかなかいないわ」

 さらにミュリエルは、小さなガラス瓶に入った青い液体をグリフィスの体にふりかけながら言った。

「汝、人々に喜びを与えるために生まれてきた人、グリフィスよ。汝にはまだやるべきことが、輝かしい人生がたくさんある。生き返りなさい、そしてそれを全うするのです。エリクサーよ、命を与えたまえ」

 みんなの視線がグリフィスに注がれた。なんと体中の傷がみるみる消えていき、肌がつやつやしてきた。そして少しして、グリフィスが静かに目を開けたではないか?!

「わああ、見て!」

 そしてグリフィスは上半身を起こしながら言った。

「パパ、みんな、僕、僕は生き返ったよ。ほらちゃんと生きてるよ」

「グリフィス!」

「息子よ…」

 そして今度は全員が、グリフィスを抱きしめながら涙した。

 そのころエリカの病室の前の廊下でテリーはひたすら待ち続けていた。すると医師が出てきてそっと言った。

「残念ですが、エリカさんはもう長くないかもしれません。行って声をかけてあげてください」

 慌てて病室に駆け込むテリー。エリカは静かに眠っているようだった。

「エリカ…」

 今のエリカは天使のように光に満ち、目が身のように輝いていた。その時、エリカがわずかに瞳を開けた。

「テリー、ずっといてくれたのね。うれしいわ。私、今夢を見ていたの」

「夢?」

「今寝ていたら、輝く人が枕元に来てね、いよいよ時が来たね、始まりの時が…って言ったの」

 それからしばらく沈黙の時間が続いた後テリーが言った。

「エリカ、ごめん。君を守りきることができなかった。すべては僕の責任だ」

 するとエリカはうっすらとほほ笑んだ。

「あなたが止めたのに見張り台に無理やり乗ったのは私よ。私がいけないの」

「エリカ…」

「そんなことより、約束覚えてる…、全部終わったらプロポーズしてくれるんでしょ」

「そうだったね」

 するとエリカは首に着けていたあの光の紋章をはずして、テリーに渡した。

「あなたに持っていてほしいの。そしてこれを付けている時は誰も恨まないって誓ってね。それで、もし、あなたが使わなくなったらリチャードに渡して…」

 そしてテリーの手を握ってもう一度言った。

「ねえ、お願い。約束でしょ」

 テリーはゆっくり深呼吸し、そして一気に言った。

「…エリカ、ずっと君が好きだった、本当に愛している。僕と結婚してくれ」

 エリカはほほ笑んで返事をした。

「もちろんイエスよ、こんな私だけどよろしくね…。愛してる、愛しているわ。今この瞬間からあなたの妻よ」

 そしてテリーの手を強く握った。でもその力はだんだん弱くなっていった。

 そしてエリカは精一杯の笑顔で言った。

「…最高に幸せ…もう、思い残すことはない…わ…」

 それが最後の言葉だった。静かな病室に泣き崩れるテリーの声が響いた。

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