18・(最終)かくて幕は閉じる
全校生徒の整列。開会のあいさつ。生徒会長の桑浜による、聴聞会の説明。
退屈だが必要な序章である。象徴を怨敵から守るための死闘、その戦いを始めるための儀式。鼓舞と典礼である。
廃止派と存続側が、礼をしつつ机越しににらみ合う。
「それでは、ただ今より聴聞手続に入ります。先行は勉強支援同好会の廃止を主張する側です。北里くんのお母様、どうぞ」
北里母はマイクを受け取る。
「皆さん。今日はお集まりくださりありがとうございます。私の主張は、皆さんもお耳に入れていらっしゃるかと思いますが、結論から言えば――」
勉強支援同好会の廃部。そう、比名さんたちの部活の廃部です。
皆さんはテストに臨むとき、きっといろいろなテクニックを使っていると思います。
歴史、あるいは生物や地学といった理科教科では、語呂合わせ。
教科を問わず択一問題では、例えば「決して……ない」といった極端な選択肢の切り捨て。
英語などでは、前後の文脈を考慮した、単語の意味の推測。
しかし、こうも思えませんか?
語呂合わせだの選択肢の排除だの、それが果たして、解答や解法の「正確」にして「必要十分」な理解といえるのでしょうか?
論語読みの論語知らずという言葉があります。学問所の雑用係は、毎日論語の音読を聞いているので、論語に書かれている字句は知っています。しかし、その正しい解釈、背景にある思想の理解、そしてそれらに従った問題解決、そういったものは知らないのです。
その雑用係は、表面的に字面、というより音読の声を丸暗記しているだけで、論語の思想を用いた問題解決が出来ないのです。
皆さんが学校で習っているものも同じです。例えば化学の周期表は、主に化学反応の計算を行うために覚えるものです、決して水兵やリーベや「僕の船」が重要なのではありません。
そういう個々のものだけではありません。
現代文科目の本来の使命は、初見の文章を理解し、正確に主張の内容を把握すること。
歴史科目の存在意義は、自国の歴史を知り、それを手がかりに未来の日本を切り開くこと、そして他国の文化の根本を理解すること。
しかし勉強支援同好会は、それを弁えようとしません。
ただ小手先の点数稼ぎばかりを目指し、「効率的」な勉強方法と「点数最大化」のための答案戦術を、あたかも正義であるがごとく、居丈高に伝授する。
私の唱える「知の本質」、ひいては勉強会の活動が「いかに知の本質から外れているか」とは、そのようなもののことです。決してただの概念論ではないのです!
教育の本来の目標は、地に足のついた、確固たる教養を身につけさせること。点数稼ぎの術策などではないのです。
私はその場しのぎの小細工などではない、機械的な暗記などでもない、確固たる教養を信じます。
そしてそのためには、他にもテクニック排除としてやるべきことはありますが、まずは目の前の勉強支援同好会を廃部にして、小手先志向から生徒を解き放つことが必要であると、私は確信しております。
以上です。
一同は静まりかえっている。
しかし、間髪を容れずに司会は進行する。
「はい、ありがとうございます。続いては勉強支援同好会側から、自論の発表をお願いいたします。あくまでも批判や反論ではなく、主論の定立をどうぞ」
迎え撃つ論理。その先鋒として立つのは、竹永。
私たちの立論の根本はただ一つ。そしてシンプルです。
皆さんが受験勉強をする理由はなんですか?
おそらくここにいる九割以上の人間は、こう答えるでしょう。
それは「受験のためだ」。
受験に向けて覚えること、理解すべきことは山のようにあります。この大量の「覚えるべきこと」をさばく。それがテクニックと称されるものです。
どんなに深い理解も、はじめは暗記が不可欠。小手先が混じっても暗記は暗記です。
そうでないもの、例えば全教科で見られる「選択肢の消去法」についても、そこから「例外を許さない原則は、例外的である」という教訓を見出すことができます。
もっとも、深い理解は大学に入ってからやればいいのです。まずは高校生としては、広く浅く、時には表面をなめる程度で。そうでないと、目の前の受験を乗り切ることなどできません。
受験を乗り切れないということは、もっと深い掘り下げをするであろう、大学に入学することすらかなわないのです。
それすら否定するのであれば、もはや大学受験をめぐる教育制度から改革をしなければなりません。
高校から早くも専門化するのか、受験システムを覆すのか、そこまでは分かりませんが、少なくとも、たった一つの高校や部活動にだけ、責務を負わせるようなものではありません。それは負うものとして重すぎますし、大きすぎます。
私たちは現状、勉強を指南する部活動として、現実的に可能なことをやります。
点数を取るテクニック、それこそが受験者個々に、切実に望まれていることであると考えます。
現実的に私たちの活動は、多くの生徒に望まれています。その需要は決して邪悪などではなく、深い理解のための門戸にもつながるもの、そして最終的には、現在高校生である皆さんに真の知へアクセスさせるものです。
私たちはそれを、これからも全力でサポートしていく心づもりであります。
以上です。
これが竹永の――否、勉強支援同好会の全力だった。
これ以上加えることも削ることも、考えられなかった。ルール上、質疑の内容を踏まえて修正してもよいことになっているが、きっとそれは不要であり不可能だろう。
竹永には、そのような確信があった。
その後、あくまでも淡々と桑浜は司会として切り回し、やがて宣言する。
「選挙管理委員会の審判七人による協議が終わりました。生徒会の発議に対する終局的な判定として、勉強支援同好会は――」
その日の帰り。生徒会長と会計は、沈みかけの光の照らす道を、駅に向かって歩いていた。
「それにしても、やっと仕事が片付いたね」
桑浜は首をポキポキ言わせながら、しみじみと言う。
「そうですね……」
受けるのは東郷。
「あの結果は、本当によかったんでしょうか」
「そうだねえ」
稲富と千堂は、聴聞会が終結した後、速やかに帰っていった。彼女たちなりに、結果には思うところがあるのだろう。
「お、あれは七里だね」
見ると「あの不良」が、コンビニの前でコロッケを食べていた。ふてくされたような顔をしていた。
七里は、何があっても常に不景気な面をしている。そのことを知っていた桑浜は、軽く見やった後、興味を失ってまた前を見た。幸い、相手も桑浜たちの存在に気づいていないようだった。
「あ、今度は北里のお母様だ」
彼女は精肉店で、特売のフライドチキン・カレー味を凝視していた。そして財布を取り出すと、何やら思案顔で金銭を数えていた。
「あの人、ああいうこともするのかあ」
「それはそうです。聴聞会ばかりが全てではないですよ。哲学者もチキンぐらい食べます。たぶん」
「それもそうだ。あれが終わって、心中はどうなんだろうね」
「少なくとも献立を考えられる程度には、平静みたいですね」
帰路を歩く。
「……おや」
少し歩いた先で、二人は四人組を見た。
激闘を演じた集団。生徒会が聴聞の引き金を引いた部活動。決死のサバイバルに挑んだ勇者たち。
――竹永くん、せっかくだからカラオケでもしようニャン。ちょうどおととい、クーポンもらったし。パーッとね、パーッと!
――えぇ……そういう気分か?
――比名さん、竹永が胸を押し付けられて鼻の下を伸ばしているようだよ。
――ちっちが……!
――きゃー竹永くんのえっちえっち。
――おい馬鹿にしてんのか。ああもう、戦勝祝いでパーッとやるぞ!
――そうニャ、私たちは勝ったんだから、ごほうびってやつニャ。自分へのご褒美、ご褒美!
桑浜は口の端で笑うと、店へ入っていく彼らに、心の中でつぶやいた。
これからも元気にやってね、と。
準賢者の行進 牛盛空蔵 @ngenzou
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