17・苦難の日

 翌日、勉強支援同好会は会議をしていた。

「まず、聴聞会の準備に専念するか、普段通り活動をするかどうかだな」

 竹永が当然の問いかけをすると、前野が答える。

「難しいね。普段通り活動をして、勉強会が健在であることをアピールするのがいいのか否か」

「私、思ったんだけどニャ」

 比名が口を開く。

「勉強会が健在であることのアピールって、なんか意味あるのかニャン?」

 討論会の噂は、おそらくもう学校中に広がっているだろう。伝聞の足は速い。

 おまけに、討論会で審判を下すのは選管である。一般生徒全員の投票ではないのだ。つまり一般生徒に何か訴求したところで、それはあまり効果を有しない。

 とすれば、このアピールが意味を持つかどうかは疑問である。

「たとえば野球部が同じ危機にさらされたとして、普段通りバッティング練習やノック、走り込みをしたところで、何か利益があるのかってこと」

「ないな」

「そう、まさにそれニャン。だから私としては、会の対策に専念するほうがいいんじゃないかと」

 比名が言うと、前野と不破もうなずいた。

「その通りだと思うよ」

「私も異議なし」

「とはいっても……実際、北里母がどう論理を展開してくるか、正確に予測できるのか?」

 竹永が問う。

「正確にではないけど、北里のお母さんの主張は、私たちもよく知っているニャン。あの人、聴聞会で主張を切り替えてくる戦略的なタイプにも見えないし」

「あの人は奇襲を使う人間じゃないよ。そういう人となりだったら、そもそも今回の騒動は起きてなんかいない」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ。僕はそう思う」

 竹永はしばしの沈黙の後、うなずいた。

「分かった。じゃあ対策に専念するとして、その策を考えよう」

「とはいっても……北里のお母さんの言うことは、たぶん哲学的には間違っていないニャン。別に哲学の線でも、プラグマティズムに依拠するとか正義主観説とか、反論しようと思えば出来なくもないニャけど、そういう話は『選挙管理委員会には』あまりピンとこないと思うのニャ。彼らは哲学者ではないニャン」

「全くもってその通りだ」

 この論戦における審判を忘れてはならない。ジャッジするのは選管、つまり一般的な高校生である。哲学の専門的な論争を十分に理解できるとは限らない。

「それに、哲学は完全に相手の土俵だからな。敵の得意分野にわざわざ飛び込むことはない」

「うんうん、そうニャ」

「とすると、やっぱり実用性を訴えることになるのか」

 竹永は腕組みする。

「どちらが生徒に寄り添っているか。現実的な需要を満たしているか。勉強なんて皆イヤイヤやっているんだ、そこに知の本質論まで押しつけられてはたまらない。……とかか」

「竹永くんもイヤイヤ勉強しているの?」

 不破が問うと、竹永は答える。

「勉強自体は好きではない。他人に勝てるからやっているだけだ」

「へえ。意外だな。竹永は喜び勇んで勉強しているイメージだけど」

「前野はどうしてそういうイメージに至ったんだ……」

 呆れる竹永。

「今回に限らず、大人が勉強への姿勢を中高生に押しつけるのには、うんざりだな」

「勉強は若いうちにしておけ、そうできなかった俺からの忠告だ、みたいな?」

「そう。自分の失敗を自分で償わず、それどころか他人に苦労をかぶせる、という。どうしたらそんなに傲慢になれるんだ、と」

「お怒りだねぃ」

 不破が茶化す。

「まあいい。だいたいの方針はこれでいいな」

「賛成」

「よし、じゃあ細かいところの詰めを始めるか」

 竹永はそう言うと、自販機で買ったコーヒーを飲んだ。


 聴聞会の日程などが発表された。

 前例のない催し。しかも論者の一方は保護者。

 異例づくめ、未知の催事について、一般の生徒は。

「お祭りだな!」

「こんな制度があったこと自体、知らなかったよ。今回生徒手帳を見直して、やっと把握した」

「俺もだ!」

 浮かれていた。

 当事者の心を野次馬は知らない。いつの時代、何に対してもそうだというのか。

「ちょっと待て」

 野次馬の一人が言う。

「この聴聞会、俺たちに議決権はないらしいぜ」

「えっ」

「生徒手帳をよく見ろ。審判を下す権限は、選挙管理委員会にしかない。しかも全員じゃなくて、選管が内部で選んだ七人だけだ」

「やり方も特殊だね。ディベートというより、お互いの立論だけを聴衆に示す感じだ」

 野次馬の一人が、訳知り顔で話す。

「質問と回答の時間がない。あえて乱暴に言えば、お互いが主張を垂れるだけで、批判も反論もしない」

「ほう」

「まあ競技ディベートが一般化する前から、この制度はあったらしいからね。違うのも仕方がない」

「弁論部に有利にならないように、このルールを維持したのかもな」

 野次馬が言うと、もう一方の野次馬が首をひねる。

「いや……聴聞会で決める時点で、討論部に有利じゃね。ルールが多少違っても、これは論理のぶつかり合いだろ」

「それもその通りだな。野球部がソフトボールをするようなものか」

 やいのやいのと盛り上がる野次馬たち。

「まあ祭りだ。気楽に見物といこうぜ」

「なんたって前例がないからね。楽しまなきゃ損!」

 当事者たちの思いを何一つ汲み取ることなく、聴衆の期待は高まってゆく。


 ついに決戦の日がやってきた。

 決戦の日ではあっても、運命の日ではない。竹永たちが個人的に四人で集まること自体は、誰にも止められない。つまり勝敗にかかわらず、四人の運命が破壊されることはない。

 だが、部活としての勉強支援同好会は、象徴である。迷える生徒たちに学習の助言を与え、自分たちの研究をたよりやウェブで発表するという、活動、歩み、そういった象徴である。

 だから、それを壊されるわけにはいかない。

「絶対に勝って、同好会を守るぞ」

「おぉ!」

 四人は戦いに臨んだ。

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