うちゅうの出会い

砂漠の使徒

報告書

 雨が降っている。

 あたりは見渡す限り闇。

 何も見えない。


 サワサワサワ。


 雨粒を受けて、木の葉がかすかに動く音がする。


 ここは森の中なのか?


 ガサッ。


 今度は茂みが音を立てた。

 本当にここは森なのかもしれない。


 ガサガサッ。


 今度は先ほどとは違う方向から音がする。

「あ」

 もしかして……。

「動くな!」

 そんな声が後ろから聞こえた。

 それと同時に何かとがったものが私の首に突き立てられる。

 やはり……。

 未だ顔もわからないそいつは私の手をひもで縛り始めた。

 逃げることもできそうだったが、わざわざ危険を冒す必要はない。

 その後私の足は彼(便宜上私はそいつをこう呼ぶ)の足と結ばれたので、逃げることは不可能になった。

「こっちだ」

 私はなすすべもなくどこかに連れていかれる。

「一体どうしておまえはこんなところにいる?」

 彼は私にそう尋ねた。

「それは……」

 しばらくなんと言うべきか考えた。

「早く言え」

 彼の声はいらだっている。

「えっと、迷ったのです」

「遭難か」

「そうなんです」

 二人の間に沈黙が訪れた。

 雨音だけが森に響き渡る。



 お互いの顔も見えぬほどの薄暗い部屋。

 誰かいるような気配がする。

「わがセンターより発進した宇宙船が一機行方不明のようです、総統」

 報告がなされる。

「何? どこのどいつだ?」

 しわがれた声で返事をした。

「現在特定中です。しばらくお待ちください」

「ふん。知ったところで儂は何もせんがな」

 心底興味がないようだ。



しばらく歩くと、小屋が見えてきた。

「開けろ」

 私は古びた木のドアを開けた。

 すると中には木でできた簡素なテーブルや椅子などの家具一式がそろっていた。いかにも前時代的な内装だ。しかし、これは私の専門であるから動揺することはなかった。

「そこに座れ」

 彼は目の前の椅子を指さした。

 私が座ると彼も向かいの椅子に座った。

「失礼ながら、名前をお聞きしても?」

「俺は……名前なんて忘れた」

 確かにここではそんなこともあるだろう。

「私はアルバートだ」

「ア、ル? バー、ト。変な名前だな」

 彼は楽しそうに笑った。

「これでも、私の故郷では一般的な名前ですよ」

 私がそう言うと彼は目の色を変えた。

「お前、どこから来た?」

 やはりそれが気になるか。

「ここからとても遠いところです」

「帰れるのか?」

「準備が整えば、なんとか」

「そうか」

 彼は一瞬だけ部屋にただ一つある窓の方を向いた。

「どんなところなんだ? お前の故郷は」

「あなたが想像しているほどすてきな場所ではないですよ。あそこに帰るくらいならここにいる方がまだましです」

 彼は顔を少し暗くした。

「なんだ。そうか」

 しばらく二人の間に沈黙が流れる。

「あの、私をここにしばらく泊めてくれませんか」

「好きにしろ」

 彼は興味なさそうに答えた。

 この日から彼との生活が始まった。



「調査によりますと、アルバート地球文化研究長だと思われます、総統」

「ふーむ」

 何かを思案するような声を出す。

「どうしますか」

「あんなやつ、ほっておけ」

「あいつがいると目障りだったからの」



「今日は大漁だな、アルバート」

 彼は私が籠にいれている大量の魚を見てそう言った。

「ああ、良い場所を見つけたんだ」

 もっとも、ここに来る前に一通りのサバイバル術は身に着けていたのでこのくらいのことはできて当然だ。

 ここに来て久しくなるので、彼の行動パターンもわかってきた。

 彼はここで狩りをして、一日の食料を得ている。幸いここの多くの動植物はまだ生きているので当分安心だろう。

 そして、それ以外の時間を彼は家具づくりに充てている。

 彼によると家や家具は全て彼が自分で作ったものらしい。

 狩りの合間があまりにも暇なので、試行錯誤をしながら作ったそうだ。

 ある日彼はこんなことを言った。

「今はお前がいるから狩りの合間も退屈しない。だからこんなものを作るのはもうやめようかと思っている」

「もう作らないなんてもったいない。それならあなたの素晴らしい技術を私に教えてください」

 私は彼の腕前を認め、家の作り方を教わった。

 一応知ってはいたが、彼の説明は私の知識とは全く違い驚かされた。

 また、ある時私はこんなことを考えた。 

 こんな辺境の地で一人で生活するとは彼はたいした精神の持ち主なのだろう。

 孤独であることに慣れている、もしくはこんな生活を好んでいるのかもしれない。

 では、私は彼の孤独な生活を邪魔してしまっているのではないだろうか。

 しかし、彼は私の意見を笑って一蹴した。

「お前がいると昔を思い出して楽しい。だからそんなことない」

「昔?」

「俺の小さいときに死んでしまった親を思い出すんだ」

「ああ、つらいことを聞いてすまなかった」

「いやいや、もう過去のことだよ」

 狩りに出ていないときはこんな話をしながら家で多くの時間を共にした。

「お前には両親がいるだろう?」

「いや、いないよ」

 あれを親と呼ぶことはできない。

「そうか」

「お前は故郷に帰りたいのか?」

「ちょっと事情があって、帰りたいとは思わないね」

 真実を言うにはまだ早い。

「じゃあここにいつまでもいるがいい」

 彼はうれしそうに笑った。

 しかし、そういうわけにはいかない。

「ああ、考えておくよ」



「計画はどうだ」

「全宇宙文明管理センターの規定に従い、天の川銀河太陽系第三惑星の文明除去作業が決行予定です」

「そうか」

 満足そうにほくそ笑む。



「できた」

 私が家を完成させたのはここに来てから数か月後だった。

 なんとかあの日に間に合わせることができた。

「おっ、立派な家じゃないか」

 狩りから戻ってきた彼がそう僕に声をかけた。

「ああ、自信作だ」

 外装だけでなく内装も彼の家に倣い、家具も備え付けた。

 しかし、細部には私オリジナルのこだわりがある。

 後はあれをこの家に組み込んで終了だ。

 そのためには……。



「簡易ブラックホール生成装置の準備が明日完了します」

「では、明日があの惑星の最後だというわけじゃな」

「はい」

「あのアルなんとかがやたら大事にしておった星が消えてせいせいするわい」



 家を建てた後、私は彼の家に入った。

「あれ? 自分の家に入らなくていいのか?」

「その前に大事な話があるんだ」

 私は彼をじっと見つめた。

 彼も何事かという顔で私を見る。

「君はこの星の最後の人間なんだ」

「なんだ、いきなり」

「……」

 私が黙っていると彼はこう言う。

「でも、お前も人間だろ。もちろん」

「いいや、私は……」

 そう言いながら、私は元の姿に戻るために体を再構築していく。

「君たちの言葉ではスライムと呼ばれる形状の……」

 私の体が溶けていく。

 それと同時に彼の顔が恐怖で歪んでいく。

「宇宙人なのだよ」

 完全に溶けた私を見て彼は言葉を失っている。

「ば、化け物……」

 彼はさきほどまで狩りに使っていた槍をふるえる手で取り、僕に向けた。

「ああ、そうだ。私は化け物だ」

 私は戸を開け、家の外に体を滑らせる。

「待て!」

 案の定彼は私を追って来た。

 私が構わずさきほど作り終えた小屋に入ると、彼も少しためらいながら小屋に入る。

 彼が小屋に入ると扉が自動で閉まった。

「この小屋は特別製でね。見た目は君の小屋と同じだが、中身はいろいろと違うんだよ」

 彼はしばらくあっけにとられていたが、声を荒げて叫んだ。

「何が目的だ!」

「私は君を助けたいのだよ」

 彼が困惑した顔を見せる。

「最初に君と出会ったときに君が私の故郷について尋ねたことを覚えているかい?」

 わずかにうなずくようなそぶりを彼が見せた。

「私は生まれも育ちも全宇宙文明管理センター……、星ですらないところにいた」

「そこでは、あらゆる星の文明を管理している」

「もちろんここ地球も含めて」

 彼は落ち着いて私の話を聞いている。

「ある日、地球の文明を消してしまうと決定が下された。詳しい理由は知らされなかったが、おそらく文明人が君しかこの星にいないので、未来がないと判断したのだろう」

「だが、私は納得がいかなかった。この美しい星、そしてそこに生きる人間を消してしまうことを」

「ゆえに、私は自らこの星に赴いて、悪あがきをし始めた」

「その話は本当なのか?」

「ああ、そうだ」

「そして、これからが最後の仕上げだ」

「仕上げ?」

「私のコア、つまり心臓をそこの暖炉に投げ込んでくれ」

 彼は私が指したところを向いた。

「心臓を取ったら……」

 彼がおそるおそるつぶやいた。

「当然死んでしまう」

「……」

「仕方がないじゃないか」

「どうして……」

 彼が声を絞り出して叫んだ。

「どうしてそこまでするんだ!」

 何をわかりきったことを聞くんだ。

「君が唯一の人類だからだよ」

「そんなの……命を捨てる理由になんて……」

 彼は研究者という者の本質を知らないようだ。

「研究者は大切なもののためには命さえも惜しまないのだよ」

 私がこう告げると彼は黙ってしまった。

「とりあえず早く私のコアをそこに投げ込まないと、君はこの星もろとも消えてしまうぞ」

 しかし、彼は動かない。

 予想はしていたが、こうなってしまったら最後の手段だ。

 私は自ら暖炉に入り、緊急シャッターを下ろす。

「な、なにを」

「このまま私はこの暖炉に吸収されて、宇宙船を動かすエネルギーになるだろう」

「やめろ!」

 彼は暖炉のシャッターを力いっぱい叩く。

 しかし、その程度で開くほどもろくは作っていない。

「君との生活は楽しかったよ。やはり人間は素晴らしい生き物だ」

「そんな言葉聞きたくない!」

「さっきも言ったが、どのみちこの星は消えてしまう。仕方がない犠牲だよ」

「そんな……やっとできた話し相手だったのに……」

 外からシャッターを叩く力が弱まり、代わりにすすり泣く声が聞こえる。

「そろそろ私の体の分解が始まり、それを燃料としてこの宇宙船は私が指定した星にたどり着くだろう」

「う、うぅ……」


 ブーーーーーーーーーーーーーン。


「この宇宙船が起動したということは、私は死んだころだろう」

「生きているのか!?」

「おそらく君は私が生きていると思うだろうが、これは録音だ。つまり、私は生き返ったわけではない」


 ゴゴゴゴゴゴゴ。


 宇宙船が轟音を上げて、地球を出た。

 その轟音にまぎれて悲痛な叫びが船内に響き渡る。

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うちゅうの出会い 砂漠の使徒 @461kuma

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