最終話 まだ見ぬ花
おばあちゃんの葬式も無事終わり、俺たちのベクトルは完全に卒業へと向かっていた。
「なあ、太智」
「ん?」
三月半ばのとある日の帰り道、トモは唐突に口にした。
「好きな子……できた?」
「えっ?」
図星だったからではない。質問の内容に単純に驚いただけだ。しかし、俺の動揺をトモは「当たり」だと勘違いしたようだ。
「なあなあ、誰? もしかして緒方? それとも他のやつ? 違うクラスの子?」
「いないよ、好きな子なんて。できてない。トモこそどうなの。先月のバレンタイン、結構チョコ渡されてたじゃん」
そう言いつつも、一つも受け取っていないことを俺は知っている。聞こえた言い訳は、「返すのが面倒だから」。
「受け取ってはいないよ。返すのめんどい。せっかく用意してくれた子には悪いけどさ。十個も二十個ももらったって、返すのにもそれなりの金がかかるしさあ。好きでもない子にウン千円よ」
そして口を尖らせたまま、こう付け加えた。
「そもそも誰にもらったか分からなくなるし」
俺は苦笑いしかできない。今までは幼馴染みのこころからの義理チョコしかもらったことがないから、トモの苦労は想像するしかない。モテるやつも大変なんだなあ、と内心同情した。
「まあ、そっか。好きな子できてないのか。そっか」
トモは咀嚼するように頷いた。
「そーですよ。できてませんよ」
「なんか、太智が女の子エスコートしてんの想像できねえなあ」
俺はジト目を向けたけど、否定はできない。
「何、そんな話をわざわざ――」
「あのさ」
長めの髪に隠れて、その表情は分からない。
「俺たち、一緒の高校行くじゃん」
「まあ、トモが俺と同じとこに変えたんだけどな」
「ははっ。うん。それでさ、多分、大学は違うと思うじゃん」
「またトモが同じにするかも」
その顔が上を向いたので、俺も倣って、なんとなく空を仰いだ。
「まあ、そこはなんとも言えないけど。高校卒業してさ、まだ先の話だけど、その時も気持ちが変わってなかったらさ」
「うん」
トモは顔を上げたまま言った。
「俺たち、ルームシェアしない?」
空から視線を外し、思わずトモを見た。するとそれに気づいたのか、彼は俺を見た。真っ直ぐに、優しい笑みを浮かべて。
「……いいよ。気が変わってなければ、ね」
「さんきゅ」
俺たちは一拍おいてから笑い合った。
トモと二人で、おばあちゃんの布団で寝た翌日の朝。トモの寝顔が横にあって、トモに見送られて家を出た。もしその生活が本当になるのなら、多分先に起きるのも、先に家を出るのも自分なのだろうと、二人の日常が容易に想像できてしまったのだ。未来のことなんて分からないけど、きっと俺たちの気持ちは変わらなくて、ルームシェアは実現する気がする。
おばあちゃんの葬式があってから、トモと別れるのは団地ではなく、少し手前の曲がり角になった。
「んじゃ、また明日な、太智」
「うん。また明日」
団地まであと数分の距離。俺はさっきまでより少しだけ足を速めて、自分の家である団地へと向かった。
卒業式までの日々は、クラスのイベントやら式の準備やらであっという間に過ぎ去っていった。時折校庭に目を向けると、桜が少しずつ花を咲かせていた。例年は卒業式にはほとんどが蕾のままらしいが、今年は気候が温暖なせいか、まばらに咲いてま俺たちの門出を祝福してくれた。まだまだ茶色い部分が多いけれど、やはり青空にはピンクの花びらが映える。
「おーい、太智。写真撮ろうってー」
振り返ると、少し離れたところからトモが口に手を当てている。
「今行くー」
その横で緒方が手を振っている。
数日前、トモに告白したと緒方から打ち明けられた。同じ高校を受験する予定だった彼がいきなり志望校を変えているから、卒業前に想いを伝えたかったのだそうだ。「違う高校ならさ、フラれても気まずくないかなって」と緒方は言っていた。彼女の予想どおりフラれてしまったようだけど、後悔はない、と笑顔からは清々しさが窺えた。
内心、心が痛まなかったわけではない。だってトモが想いを寄せる人を、俺は知っていて黙っていたのだから。……ただ、その気持ちも今は変わっているようだけど。
当の本人は緒方の告白も断り、俺に志望校を合わせてきた。そのことにどこか優越感を感じていた。しかし、その正体に俺はあえて目をつぶることにした。
一際強い風が吹いた。空を仰ぐと、青空には白い雲がまばらに浮かんでいる。俺はそれをただぼんやりと見つめていた。
年度が変われば、あの道のハナミズキも花開く。その時は二人で見に来ようとトモと約束をした。新しい生活に思いを
団地から見た夕日が綺麗だった 降矢めぐみ @megumikudou
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