第十四話 暗闇の中の光

 俺とトモの二人で、おばあちゃんとトモの家に泊まる。俺自身からしても図々しい提案だとは思うけど、言わずにはいられなかった。

 両親は顔を見合わせ、トモはじっと俺を見ている。やがて彼は親に向き直った。

「俺もそうしたい」

 初めは戸惑っていた両親だが、トモの言葉に快くオーケーしてくれた。俺たちはお礼を言って、二人を見送った。

「いやあ、まさかたいちゃんがあんな提案するなんてなあ。驚きだよ」

「うん。俺も自分でびっくりしてる。トモ、今さらだけど……無理してない?」

 彼が断りづらいがゆえに俺の提案に乗ってくれたのでは、と徐々に不安が大きくなってきたが、彼はそれを一蹴した。

「んなことねーよ。めちゃくちゃ嬉しい。急に失ったからさ、まだあんま実感が湧かねーんだわ」

 笑ってはいるが、無理矢理に作り出したものだろう。

「夢でいいから、もっかいばーちゃんに会いたいなあ」

「大丈夫、きっと会えるよ」

「なんか太智がそう言うと、本当にそうなる気がするわ」

 今日のことを伝えるため、一度俺の部屋に寄った。話を聞いた母さんは反対しなかった。夕飯を作って持ってきてくれると言った母さんを、「食べるならうちで」とトモが誘い、母さんも彼の方にお邪魔することになった。

 トモの家に入り、靴を脱ぐ。もう日は暮れているので、部屋は真っ暗だ。

「ばーちゃんだからさ」

 電気をつけながら、トモが呟いた。

「仕事してるわけじゃないし。夕方には大抵家に帰ってきてるから、いつも電気がついてたんだよね。こんなふうにさ、誰もいない真っ暗な部屋の電気をつけることなんて、滅多にねーの」

 灯りがついた部屋は、しかしとても静かだ。今までならおばあちゃんが出迎えてくれて、何かを煮込む音と匂いがして。テレビがついている日もあった。今はそのどれもが影を潜めたまま、もう二度と戻ることはない。

「……本当にっ、ばーちゃん、死んじゃったんだなあっ」

 顔に手を当てたトモを、気づけば後ろから抱きしめていた。ずっとあるわけではないと知ってはいるものの、いざ失うとその存在の大きさ、かけがえのなさに気づく。肩の震えが、これでもかというくらいにそう訴えていた。

「おばあちゃんの話、俺の知らないこともたくさん聞かせてよ」

「うん、もちろん」

 こんなことしか言えない自分が歯痒かった。だからその分、力いっぱい抱きしめた。

 少ししてから母さんが夕飯を持ってやって来た。母さんにしては珍しいものが多い。

「さあ、召し上がれー」

 まずは味噌汁をすすった。そこで俺は、ある違和感を抱いた。それからかぼちゃの煮物。そして佃煮――。

 やはりそうだ。いつもの母さんの味つけじゃない。でも、初めて食べる味でもないような気もする。

「……ばーちゃんの味だ」

「え?」

 母さんは楽しそうに口を緩めている。

「ふふっ、当たり。実は生前、いくつか料理を教わってたのよ」

 母さんもおばあちゃんの料理を食べたことがある。その時に味つけに惹かれたらしい。

「あまり自信はなかったんだけどね。トモくんにそう言ってもらえて嬉しいわあ」

 それからはトモはほとんど喋ることはなく完食した。それを見た母さんは満足そうに笑って戻っていった。



「えっ。ここに二人で?」

 俺はそれ・・をまじまじと見つめてしまった。

 畳の部屋には布団が一セット。おばあちゃんが使っていたものらしい。そこに二人一緒に寝る――だと?

 布団を見つめたままたじろぐ俺に、トモはからかいの言葉を浴びせた。

「あ〜。もしかしてたいちゃん、エッチなこと考えちゃったあ? やんらしい〜」

「なっ。別に、んなこと考えてねーし。俺、先に布団に入るから」

 トモの顔も見ずに、俺は目の前に敷かれた布団に潜り込んだ。頭の上からくすくすと笑うトモの声が聞こえてくる。それがなくなると部屋の電気が消えて、トモが隣に入ってきた。

「まさか、この年になって男と添い寝するとはなあ」

「こっちのセリフだよ。それに、『添い寝』じゃなくて『共寝』な? トモの言い方だと、俺がトモに添い寝してもらってることになっちゃうだろ」

 俺が壁側に体をよじると、「まあまあ」と言って何故か頭を撫でられた。もう寝ようと思っていたけど、小さくため息をついて、やっぱりもう少し起きていることにした。

「……してくれるんでしょ」

「ん?」

「おばあちゃんの話。聞かせてくれるって言ったじゃん」

 わずかな沈黙があった。

「……おう」

 先ほどまでの軽い声音とは打って変わって、落ち着きのある優しい返事だった。それから俺たちは同じ壁の方向を向いたまま、トモはおばあちゃんとの思い出をたくさん並べて、俺はそれに心地よい気持ちで耳を傾けていた。



 当然のことながら、俺は次の日も授業がある。昨夜はその場の雰囲気とノリでトモの話を聞いていたけれど、こうなることをすっかり忘れていた。

 母さんから、時間は大丈夫かと心配するメッセージが届いている。全然大丈夫ではないのだけど、大丈夫だと嘘の返事をして、急いで身支度を始めた。

「ん……」

 先ほどまでピクリとも動かなかったトモが、布団の中でもそもそと動いている。

「起こしてごめん。俺、授業あるからもう行くな」

「あー」という気怠げな声とともに、顔だけがこちらを覗いた。

「俺こそごめんな。ずっとばーちゃんの話に付き合わせちゃって。行ってら〜」

「……行ってきます」

 トモに送り出されということに不思議な気持ちになりながら、団地の階段へと向かった。一気に駆け下りてしまえばそんな気持ちはどこかに吹っ飛んで、鳥の鳴き声にもハナミズキの蕾も全部無視して、一目散に学校を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る