後編
「ええっと…、水谷さんだよね?」
「それ以外の誰に見えるのかなー?」
「いや、一応ね。それで、健人が噂していた”教室の花子さん”って水谷さんだったってこと?」
「そういうことになるねー。でもでも、彼、健人君だっけ?ひどいんだよ!私は用事があって話しかけただけなのに、女子みたいに「キャーー!!」っていう悲鳴を上げながら走って逃げたんだもん。悲鳴を上げて逃げられたこっちの身にもなってほしいよね!もお!」
そうなのか。健人は女子みたいな悲鳴を上げて逃げたのか。健人は見栄っ張りな所があるからそんな風にして逃げたことを他人には知られたくないなかったんだな、きっと。今度盛大にいじってやろう。
「あっ、君の名前はなんていうの?」
「村上鳴海です」
それにしても水谷よくしゃべるな。いつもは会話もほとんどせずクールなイメージだったけど。
「今、失礼なこと考えているよね?」
「いや、水谷さん、イメージと違ってよく喋るなあって思ってました」
「フフッ。幻想が崩れた?」
水谷はまるで面白いものを見ているかのように笑いながら聞いてきた。
「いや、まあ人はそれぞれ時とか相手とかによって仮面を使い分けていることはわきまえているから、そこまですごい衝撃は受けなかったけど、それにしてもすごい変わりようだなあとは思った」
「フフッ。そっかー!君、面白いね!」
「ありがとうございます?」
何か相手が面白がるようなことを言っただろうか?
「フフフフフ!普通の人だったらそこに”?”はつかないよ」
「いや、思ったことを言っただけなので」
「いやー。君面白いし誠実だしいい人だねー」
ただ単純にほめているだけかと思っていたが。
「私、そんな君の仮面をはがしたくなってきちゃったなー!」
次の言葉を聞くまでは。
「どういうことだ?」
自分は今まで彼女に少なからずいい印象を持っていたと思う。優れた容姿に実は話すのが好きだというギャップ。しかし、今の彼女の言葉は何か奇妙に感じた。その言葉の中に深い闇を含んでいる、そんな気がした。
「うーん、どうしたらいいかなー?」
だからこそ俺は警戒した。次に彼女から発せられる言葉を。
「ねえねえ」
「私とキスしようよ」
「…は?」
「聞こえてなかったの?だから、私とキスしようよって言ったの」
「どういうことだ」
「いやー、君の仮面を剥がすのに一番有効的かなって考えたからだよ」
「したことあるのか?」
「ないよ。ちなみに今までに彼氏もいたことない。私のファーストキスだよ!どうかな?」
「何を言っているんだ?下らない。俺はもう帰るからな」
そう言って水谷に背を向けて歩き始める。
「ねえ!ちょっと待ってよ!」
まだ何かあるのか。少し鬱陶しく思い、めんどくさいということを顔に出しながら振り返り用件を聞こうとすると、
水谷の顔が目の前にあった。
「おっ、おい」
そう認識したとき、俺の唇に何か柔らかいものが触れた。一瞬のことだが、柔らかくて暖かくて、頭がクラクラするような気がする。
「フフッ、しちゃったね」
水谷はどこか妖艶さをたたえた笑みでそう言った。
「きみの”仮面”は多分めんどくさいことを避けたいだよね?」
どうして水谷はそんなに”仮面”というのを強調するのだろうか?
「あと今までの一連の流れは録画していたから、広められたくなかったら私にキスしてよ」
ほかの人にとっては見惚れる様な笑みなのだろうが、状況も相まって俺には悪魔の微笑みのように思われた。
「どうせ君も”仮面”ってだけでそれを貫く気もないし勇気もないからできないだろうね」
何か馬鹿にされているような気がした。負けず嫌いと言われればそうなのだろう。だからおれは…
「えっ、村上君!?」
水谷の顎を右手でもち顔を上に向かせる。そして顔を近づけ水谷の唇に自分の唇を合わせた。
水谷の香りがフワリと漂い、それが鼻孔をくすぐる。それはとても甘美で、クッラトする。そう思った瞬間に自分の唇が柔らかい物に包まれて、口の中が甘い匂いでいっぱいになる。何か、相手と一つになって、熱が二人の間を行き来しあうそんな錯覚に囚われて体全体を何とも言い難い幸福感が支配してゆく。その時間は永遠とも思われた。
そして俺は水谷の唇から自分の唇を離す。そして彼女の顔を見つめる。頬は赤く染まり、その熱を秘めている瞳は潤んでいてとても美しかった。その瞳に誘われるように、また顏を近づける。水谷は全く拒否しなかった。また二人の唇が触れ合った。そのまま長い口付けをする。
また唇を離し、そしてまたキスをする。唇を離してはまたくっつけ、離してはまたくっつける。
何度目の口付けだろうか?俺は水谷の口の中に舌をねじ込んだ。水谷はビクッとしたが、何も抵抗はせずに俺の舌に合わせて自分の舌を動かし、そして互いの舌を絡め合う。
息が苦しくなり顔を離した後も、どちらからということもなくお互いに顔を近づけて、何度も何度もその深い口付けを繰り返す。二人しかいない夜の教室には二人の吐息とぴちゃぴちゃと唾液の絡み合う音だけが響いている。水谷とキスしたい、その唾液を味わいたいという衝動に駆られ、何度も何度も繰り返す。脳がとろけそうになる。
その衝動を振り払い、体を離す。透明な糸が二人の唇を結んでいて、そして床に落ちた。それが二人の行為の濃厚さ、そして甘さを表していた。
「これでいいか?水谷」
できるだけ冷静を装って、目の前でハアハアしながらまだ呆然としている水谷に聞く。
「…」
水谷は心ここに非ずといった感じで返答もできずにいる。
「俺は先帰るから水谷も遅くならないうちに帰れよ、じゃあな」
だから俺はできるだけ声を落ち着かせてそう言って、教室を出て家に帰った。
★☆★☆★
やっちゃったー。家に帰って冷静になって考えてそう思った。なんでキスしちゃったかなー。明らかにやばいやつだし。そんなことが頭の中をグルグルと回っている。
「ピロン」
携帯の通知が鳴った。開いてみると、どうやらメッセージアプリに他の人からメッセージが来たようだ。そこには、
『亜美:明日、放課後暗くなってから教室に来て』
そう書かれていた。
(終)
【短編】キスから始まるラブコメはいかがですか? 午後のカフェオレ @kafeoreoishii
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