私にできること

 私の姿を見て泣き崩れた陸は、数時間後に家に帰った。パパと陸の泣く姿を見て、私は複雑な気持ちになった。

 私はここにいて、そこある私の体は、ただの体でしかないのに、二人は「それ」を見て泣いている。そして、二人に対して何かをすることもできない、これならいっそ風に幽霊にならない方が良かったのかもしれない。


 陸は、家に帰るとそのままベッドに倒れ込んだ。私の体では、「寝る」という概念がないのか、眠くなることもなく、ずっと陸を見続けていた。


 そのまま朝を迎え、陸はベッドから動き出す様子がなかった。陸のスマホには、バイト先からの着信が何件も来ている。寝ているわけでも、聞こえていないわけでもなく、無視している状態だ。


「陸…電話来てるよ…?」


 とは言ってみるものの、当然私の声は聞こえていない。陸はそのまま夕方まで電話を無視し続け、ベッドに転がっていた。


「由衣、今度のデートどうするんだよ」


 突然陸が話し始める。


「休みとっちゃったしさ、行く所色々決めてたんだよ」

「っていうか、思い出の物とかさ、こういう時どうすればいい?さすがに捨てれないっしょ」


 私の姿が見えるようになったのかと思い、喜びよりも驚きの方が勝った。


「陸もしかして見えてるの!?」


 しかし、返答はなく、陸は独り言を続ける。


「こんな形で終わるなんてさ、これから恋愛できるかわかんないよ俺」

「ねぇ由衣、どっかで聞こえてるでしょ?幽霊とかになったりさ…。なんて、まぁそんなことあるわけないか」


 そういうと、陸はまた布団にもぐりこんだ。私は、どうにかして陸に存在を伝えようとした。

 とにかく念じてみたり、鉛筆程度の軽いものを持ち上げようとしてみたり、陸に触れてみたり…。しかし、なにもできることはなかった。私は幽霊として、ここにいることしかできない。


 死んだ後にこうして好きな人のそばにいれるのは、幸せなことかもしれない。本当なら事故にあった後の世界なんて、見ることはできない。でも、こんな風に何もできないだけでいるなら、幽霊でいることは残酷だ。ただただ、悲しんでいる陸を見ることしかできない私は、なんのために幽霊になったんだろう‥。そして、私のこの幽霊としての状態は、いつまで続くんだろう。


 こんな日々が数日続き、やっと陸は動き始めた。何日も休んでいたバイトに行き始めたのだ。バイト先には理由を説明して、理解してもらったみたい。少しでも前を向いて、いつも通りの生活に戻ってくれたことが、私は嬉しかった。私が死んだことで、いつまでも陸をこのままにさせるわけにはいかないからだ。


 そして、ひそかに私には楽しみがあった。陸のバイト事情は多少知っていたものの、どんなバイト仲間がいて、どんなバイト生活を送っているのか、私は知らない。

一緒についていけば、私の知らなかった陸の表情が見れると思うと、ちょっとした喜びを感じられた。私が幽霊になってから、ちょっとでも喜びを感じたのは、これが初めてだと思う。


 早速陸はバイトへ行く用意を始める。すると、


「あっ…」


 陸は突然服を脱ぎ始めた。恋人だったとはいえ、やっぱり目の前で裸になられるのは恥ずかしい。服を着替えるのかと思いきや、シャワーを浴びるようだ。


「っていうかシャワー浴びるのになんで部屋で裸になるの」


 私はちょっと笑ってしまった。陸のこんな姿初めて見た。これからも自分の知らない陸を見れるかもしれないと思うと、この幽霊生活に楽しみを感じられた。

 ここ数日寝たきりでシャワーにも入っていなかったけど、陸と24時間一緒にいれば、こういう姿も見るのは当然。陸の色んな姿を見るのは楽しいけど、少し恥ずかしさも感じてしまう。


 シャワーから出てきた陸は、生やしっぱなしのヒゲを剃り、"いつも私の見ていた"陸になっていた。こんな風にお洒落をしている姿は、久しぶりに見た感じがする。


 もしかしたら、幽霊になった私にできるのは、陸がこうして少しずつ前を向く姿を見守ることかもしれない。

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生き返りたいほどあなたが愛おしい @maasya7463

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