エビダンス

エビデンスを、エビデンスを、と最近のお偉方、あるいは知識人、またはスノビッシュにそれを装っている人は言う。

私はそれなりにエビデンス収集が必要とされる職に就いているのだが、日頃エビエビ言いながら仕事をしているせいか、とうとうエビでダンスをする夢を見てしまった。

気づけば、そこは片田舎の古民家の和室のような場所だった。私の両手には、全長120センチ、直径は10センチほどはありそうな、馬鹿に大きな生エビ。お祭りなどで見る、ねじって動物や花にする棒型の風船のような大きさだ。その上、ご丁寧に皮も剥いてある。和室にはエビの刺身の匂い(あるいは臭い)が漂っていた。

「こら、何をぼさっと突っ立ってるんだい」

突然、刺々しい声がかかる。振り向くと、そこには着物姿の厚化粧の婆が腕組みして立っている。師範らしい。そして着物の色は海老茶色だ。

「いいかい、この演舞は大切な伝統芸能なんだよ。分かったら、さっさと踊らんかい!」

どうやら、この珍妙な巨大生エビは、伝統芸能の道具らしい。私はとりあえず、円を描くようにエビを振り回してみた。質量があるので、結構な勢いが付く。そういえばこういう紐的なのを振り回す演舞、マオリ族のやつになかったっけ?

「ふん、悪くないね。そのまま続けるんだよ」

とりあえずエビダンスならぬ海老演舞を続けていると、ふいに何かが体に当たった。足元に落ちたものを見ると、それは冷凍されたエビだった。スーパーに売っているシーフードミックスのアレだ。気づけば、少し離れたところから、濃紺の着流しの男性が冷凍エビを撒いている。

「この芸にはね、エビを撒く役もいるんだよ。そして、落ちたエビを食べるのもまた儀式さ」

「へえ」

「はよ食わんかい!」

衛生的にどうなんだと思いつつ、しゃがんで足元のエビを口に入れる。お世辞にも美味しくはない。だがこれでは師範様は満足しなかったようだ。

「そんなんじゃだめだね。もっとコケティッシュに食べるんだよ!」

どういうことなんだ。ポールダンサーかなにかよろしく、片脚を伸ばして座って、仰け反りながらエビを食べろとでも言うのか。それに師範の婆、突然コケティッシュなどと横文字を使うのは、伝統芸能的にアリなのか? そもそも伝統芸能かどうかも怪しいのに。

意を決して、冷たいエビをもう一尾摘み上げる。幸いなことに、そこで目が覚めた。 エビデンスをエビダンスと馬鹿にしてはいけない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主成分は夢 和毛玉久 @2kogeta9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ