終幕 ―深夜― 破壊者と異能者と……


 ちゅるちゅるちゅる

 琥珀色の両目をジト目にしながら、ラウムがストローでコーラを飲む音が店内に響く。

 隣には深夜、そして深夜の対面には雪代。

 場所は霧泉市の学生たちの行きつけである駅前の格安ファミレスチェーン。

 店内はガラガラの午後四時。彼らはその隅のボックス席に座っていた。


「結論から言うと、俺はこの街に悪魔憑きを増やしている三木島を探していて、三木島は増やした悪魔憑きを潰して回る俺が邪魔で狙っていた。

 つまり、連続襲撃事件の犯人が俺達で、魔導書をばら撒いていた黒幕が三木島だった、ってわけ」

「真相を知れば、なんてことはない話ですね……」


 本来なら三日前、雪代は深夜が悪魔憑きとして相模と戦う場面に遭遇するはずだった。

 だがしかし、幸か不幸か、その日、全く同じタイミングでラウムはラウムで三木島の奇襲を受けていた。

 なので、深夜は彼女の助けを得られず、丸腰の状態で相模に殺されかけることとなった。


「というか、神崎さんが悪魔憑きなのでは、という私の最初の予想は大当たりだったわけですか」

「その話をされた時は、ちょっとヒヤヒヤしたよ」


 その一連の流れを目撃した雪代は、結果的に「神崎深夜は無力な一般人」であると誤解してしまった。

 そこで深夜は正体を隠すついでに、その誤解を利用して雪代と共に事件を解決しようとした。というのが今回の筋書きだった。


「俺としてはあんたが黒幕を倒してくれるなら楽でいいと思ったし。上手くいけば連続襲撃事件の方も擦り付けられるかな、って期待して雪代に協力したんだけどね」


 もっとも、実際はそう上手くことは運ばず、黒幕であった三木島に一手先を行かれ、最終的には雪代の前でラウムの力を使い、全てをバラす羽目になってしまったわけだが。


「なんかー! 私がメガネ野郎に闇討ちされて死にかけている間にー! 随分と仲良くなったみたいだねー! お二人さん!」


 深夜の左隣に座るラウムは行儀悪くストローを噛み潰して、雪代に対する警戒心を露わにしている。

 ただ、その態度は悪魔として悪魔祓いに敵対心を向けているのとは、少し違う気がするが。


「別に雪代とは何もないし。そもそもお前と俺も何もないだろう」

「そんな……深夜、冷たい……」


 そんないかにも演技っぽい態度で拗ねるラウムは放って、深夜は説明を再開した。


「三木島に憑依していたアムドゥシアスは多分、復学して最初に会った時点で俺が悪魔憑きだと気づいていたんだと思う」

「逆に、実体化した悪魔と契約していた神崎さんは、学校にいる間は悪魔と別行動だったので、三木島が悪魔憑きだと気づくことができなかった」

「そういうことになるかな」


 三木島にはこの一か月の深夜はさぞ滑稽に見えていたことだろう。


「しかし、まさか……退魔銀がフェイズ4の悪魔憑きには反応しないなんて……」


 そう言って、雪代は白銀色の弾丸を指先で弄びながらため息をつく。


「まあ、ラウムと契約はしてても、普段は俺の中にコイツの魔力はないからね」

「うぇ……それ、私が触ると多分ヤバいから早くしまってよぉ……」


 ラウムは露骨に退魔銀に嫌悪感を示し、深夜の後ろに身を隠そうとする。

 一見すると人間と変わらないように見えるが、ラウムの肉体は高密度の魔力の塊。退魔銀は彼女にとって、まさに天敵と言っていいのだろう。


「ということは、反応しないとわかっていて、あえて私の前であの退魔銀の栞に触ったのですか?」

「いや、退魔銀なんて見るのも聞くのもはじめてだったけど……俺が触っても何ともならない、ってのは触る前に視えてたから」


 と言って深夜は自分の左眼を指し示す。


「未来視の魔眼……ああ、それも秘密にされていたんでしたね」

「こっちに関しては隠してたっていうか、説明するタイミングがなかっただけ、だけど」


 全てのネタばらしに際し、深夜が生まれつき持つ左眼の力についても説明すると、雪代はその眼を「未来視の魔眼」と呼称した。


「先天性異能者に実体化した悪魔……私の想像の範疇はんちゅうを超えすぎて現実味がなくなってきました」


 雪代も流石に言葉づかいは丁寧ながらも、若干皮肉交じりの悪態をついて、退魔銀の銃弾をポケットに仕舞う。


「そういえば、三木島はあの後どうなったの?」

「今は協会の管理する病院で身柄を拘束しています。悪魔……アムドゥシアスとの契約は既に切れているようですが、契約解除の反動に加えて代償による重度の脱水症状もあり、今も意識不明の状態です」

「脱水症状……?」

「アムドゥシアスが三木島から奪った代償は『体内の水分』だったようです」

「……ああ、なるほど。あの腕は干乾びたってわけだ」


 深夜は三木島の末路を思い出して呟く。

 腕一本が乾燥し、砂になってしまうほどに水分を奪われれば脱水症状になるのも当然だ。

 むしろ、よくその程度で済んだものだと思うべきだろう。


「医師は生き延びたのが奇跡だと言ってます。意識を取り戻すのは当分先のことになるでしょうね」

「ふーん……アムドゥシアスのやつ。随分とあのメガネ野郎のことが気に入ってたんだね」


 そこで突然、ラウムは意外だという感じの声色で二人の会話に割り込んできた。


「どういう意味ですか?」

「アイツが右腕の水分だけをピンポイントで奪う。なんて器用なことしなかったら、それこそ全身の水分がなくなってメガネ野郎は即死だったよ。あんなバカみたいな規模で異能を使いまくってたんだからね」

「契約者が死なないように悪魔が配慮をした。と?」

「真相は本人のみぞ知るってやつだけどね。悪魔なんて、基本的にどいつもこいつも、何考えてるかわからないロクデナシばっかりだし」


 などと言っている本人が悪魔なことに対して、雪代は思わずツッコミをいれかける。

 だが、ラウムの隣に座る深夜が無言で首を横に振っていることを受け、その言葉を飲み込み、代わりにめいいっぱいの吐息を両手に持ったコーヒーカップに吹きかけた。


「そういうわけで、取り調べは一向に進んでいないのですが……どうも厄介な話になりそうです」

「どういうこと?」


 深夜は首を傾げる。


「三木島の家から発見された魔導書。覚えていますか?」

「ああ、うん。後で調べるって言ってたやつね」

「……あれは外見だけ取り繕い、中身はカラーコピーで作られた粗雑な『写本』でした。三木島はその写本を再度スキャナーで読み取って電子書籍化していたようです」


 三木島が最初からデータとして魔導書を所有していたのなら、わざわざコピー本を作る必要はない。となれば、考えられる答えはおのずと限られてくる。


「三木島も誰かから、その魔導書のコピーを貰った側だった、ってこと?」

「おそらく。いわゆる二次配布というやつでしょうか」

「アイツも誰かに利用されてたってわけだ」


 金かあるいは別の目的があったのかは現段階ではわからない、だが、少なくとも三木島を倒して全て丸く収まった、ということにはならなさそうだ。


「それでも、差し迫った問題が解消されたのもまた事実です。そこは素直に喜びましょう」

「そう気楽には構えられないな……」


 深いため息をついて、深夜は手元のコップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。


「っていうか、そういうの。俺に教えてよかったの?」

「ええ……そうですね……本来はダメなんですけどね」


 雪代は手元のブラックコーヒーが入ったカップを眺め、しばらくして意を決したようにその視線を深夜へと向けた。


「実は神崎さんに一つ、持ち掛けたい取引がありまして」


 雪代は両手に持ったコーヒーカップに落としていた視線を改めて深夜に向ける。


「ねえねえ、深夜ぁ……私イヤーな予感がするんだけど」

「取引って?」

「無視された……ラウムちゃん悲しい。ショボン」


 不貞腐れたラウムは、意趣返しとばかりに深夜の前にあるフライドポテトの山に手を伸ばし、パクパクと口に放り込んでいく。


「私、神崎さんのことは協会には報告しないでおこうと思っているんですよ」

「それってつまり、俺達のことを見逃してくれるってこと?」

「有り体に言えばそうなりますね」


 連続襲撃事件のことも含めて悪魔憑きであることが露見し、これからどうしようかと思っていた矢先の提案。

 深夜にとってはこの上なく都合がいい話だ。むしろ都合がよすぎる。


「でもタダで、ってわけじゃないんでしょ?」

「ええ、もちろん」


 雪代はニコニコ笑顔を浮かべ、ピンと人差し指を立てる。


「三木島に魔導書の写本を与えた存在。それを探し出すために協力をして欲しいんです」

「協力って、具体的には?」

「おそらく、今後は黒陽高校だけにとどまらず、この街全体で悪魔憑きが現れるでしょう。それをいち早く見つけるために、その悪魔の探査能力をお借りしたいんです」

「えー? どうしよっかなぁー。私の鼻はそんなに安くないからなぁー」


 と頼りにされて気分が良くなったのか、ラウムは口の中のフライドポテトをコーラで雑に流し込むと胸を張って得意げの顔になる。


「なるほど。雪代を手伝っている間は大目に見てくれるってわけだ」

「はい、そういうことになりますね」

「いいよ」


 深夜は眠そうな表情のまま答え、一度大きなあくびをした。


「ちょ! そこはもうちょっとパートナーの私と相談するとかないの?!」

「取引を持ち掛けた私が言うのものなんですが……即答しましたね」


 深夜のあまりの決断の速さに、ラウムも雪代も困惑交じりの声を上げるが、当の本人はそんな二人の声に対してまったく気にする様子は見せない。


「元々、俺の目的は悪魔から家族や友達を守ることだから。そういう意味じゃ、雪代とは利害が一致してる。それに……」

「それに?」


 深夜は眠そうに手元の皿に伸ばした手が空を切り、そこでようやく自分の注文したポテトが一つも残っていないことに気づいた。

 半目のまま視線を横に向けると、ラウムはへたくそな口笛を吹いて誤魔化していた。


「……面倒くさいのは嫌いだから。雪代を頼れるならそっちの方が楽でいい」

「頼る……ですか。とりあえず、今は神崎さんのその言葉を信じることにします」


 そして、雪代はようやく冷めたコーヒーを口につけて、美味しそうに顔を綻ばせた。


「でも、一つ質問なんだけど」

「なんでしょうか?」

「その取引って、協会からの命令?」

「いいえ、私の独断です。ですので、連続襲撃事件の方も協会の本部には三木島が犯人ということにして報告しています」


 雪代はカップから口を離すと、笑顔のままさらりと言い放った。


「……あんたも結構いい性格してるね」

「神崎さんほどではありませんよ」


 そしてここに、悪魔憑きと悪魔祓いの同盟が結ばれた。

 だがそれは信用や協力と言う綺麗事の関係ではなく、打算と疑惑の渦巻くものであることはお互いが重々承知の上だった。


「あ、ですが。私からも最後に聞いておきたいことがあります」

「内容によるけど」

「悪魔、いいですか?」

「え? 私? っていうか、さっきから悪魔、悪魔って。私にはラウムちゃん、って立派な、それはもう、立派な名前があるんですけど!」

「あなたの『異能』と『代償』は何ですか?」

「ん?」


 ラウムは軽く隣の相棒に視線を送る、『言っちゃっていいの?』と。

 一方で聞かれた本人はどうでもいいという態度を見せ、ラウムはあっさりと自身の特性を告げた。


「ふっふっふ……聞いて驚け。私の異能は『万物の破壊』だよ。ドヤァ!」

「やはり、そうですか」

「リアクションうっすい!」


 ラウムがテーブルを叩いて立ち上がる。


「お前の名前をネットで調べればあっさり出てくる程度には有名でしょう……それで、破壊の条件は?」

「くっそぉ……条件は直接触って私の魔力が通せればなんでもオーケー。昨日の植物みたいに他の悪魔の魔力が既に込められているものは、それを上回る量の魔力が要るから、効率悪くてあんまりしたくないけどね」

「なるほど……合点がいきました」


 雪代は先日の一瞬で崩落した温室棟の光景を思い浮かべる。

 つまり、あの剣で触れたものは質量や体積、形状に関係なく物質として完全に破壊される。

 それがこの悪魔の異能という事だろう。


「で、私の異能の代償は……」

「いや、ちょっと待ってください!」


 そこで雪代はあることに思い至り、ラウムの言葉を遮る。


「破壊が、あなたの異能……なんですよね」

「だからそう言ってるじゃん」

「では、和泉山間トンネル事故も……まさかあなたが?」

「え? あぁ、それは……」


 ラウムはチラリと、眠そうな表情で頬杖をついている深夜を横目に、指に着いた塩をペロリと舐めとって。ウィンクしながらこう言った。


「ヒ・ミ・ツ☆」 

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