第十四話 お人好しと悪魔2



「えっと、とりあえずこの建物の出口は、っと……」


 そうこうしているうちに、和道は暗闇を手探りに進み、割れたガラス扉を慎重に潜り抜けて廃墟の外に出ていた。


「うぉ! ここ開発地区じゃん! ファミレスからここまでワープしたのかよ」


 周囲の景色を見て和道が感嘆の声を上げる。驚くのも無理はない、何しろ彼が意識を失う前にいた場所とこの場所はゆうに一キロ以上離れている。


「他に身を潜められる場所が分からず、咄嗟でしたので。昨夜に夜露をしのいだ場所に跳びました」

「女の子がこんな所で寝てたのかよ……まあいいや。ちょうど、セエレちゃんが探してた場所はこの近くだし、また追手に見つかる前に行っちゃおう」


 やはり、彼は最後まで付き合うつもりらしい。セエレの確認すら取らずに歩き始める辺り、彼も分かっていて意地を通している節がある。おそらく、セエレが何を言っても曲げる気は無いのだろうと観念せざるを得ない。


「わかりました。ですが、二つ約束をしてくださいませ」

「おう、なに?」

「一つ、ご自身の命を最優先に、危険を感じた時はまず第一に逃走を」

「逃げ足になら自信あるぜ! 任せろ」


 一人で逃げろ、と言う意味で言ったつもりなのだが、おそらくその意図は伝わっていない。だが、そう言って聞く人間でないことはもう嫌と言うほどわかった。ならば、せめて下手に立ち向かおうとしなければそれで良しとしよう。


「二つ。今回の一件が終わりましたら、今日の事はすべて忘れてくださいませ」

「え? なんで?」

「私は悪魔、契約者の願いを叶えれば役目はそれで終わりです。もう二度と会う事もないでしょうから」

「それは、なんか寂しいな……」


 彼はそう言うが、既にセエレの召喚者である秋枡円香は死んでいる。つまり、彼女には魔力を補給する手段が存在しないのだ。


――蒐集家と契約を結べば、確かに肉体の維持は可能でしょうが……あの女が『私の目的』のために魔力を使う事を容認するとは思えませんし――


 となれば、そのプランは無し。つまり、仮に目的が果たせたとしても、失敗したとしてもおそらく今夜中にこの体は魔力切れで消滅するだろう。半分くらいは召喚失敗に等しい形で一週間はむしろよくもった方だ。


「あ、そうだ。今のうちに俺からも、一つ聞いておいても良いかな?」

「はい? 私に答えられる内容でしょうか?」

「神崎も、その……悪魔と契約してるんだよな?」

「ファミレスにいらっしゃったラウムの契約者ですね……やはり、お知り合いでしたか」

「うん、友達なんだけど、アイツもセエレの事を狙っているのか?」


 彼の声に初めて動揺の色を感じ取ったセエレは、少し言葉を選ぶように間を置いた。


「そうですね、おそらくそうでしょう。ただ、蒐集家とはまた違う理由だとは推測されます」

「違う理由って?」

「あの場には二人と共に、黒いコートを着た人間……悪魔祓いが居ました。おそらく、彼らは協力関係にあり、その目的は悪魔である私を消すことです」


 セエレは和道を安心させるためにあえて深夜達の目的を断言する。その効果があったのか、その背中の緊張が少し和らいだことを肌で感じる。


「消すって、そんな物騒な理由かよ」

「私は悪魔ですから……大多数の一般人にとっては、存在するだけで危険なものです。彼らには悪意はなく、むしろあちらの方が正しいと言えるでしょう。例えるなら町中に降りてきたクマへの対処と似たようなものだと思ってください」

「クマって……とてもそうには見えないんだけどな」


 それをセエレなりの冗談だと受け取ったのか和道は軽く笑って答えるが、セエレとしては大真面目なので真剣な声色で言葉を続ける。


「本当ですよ。もし仮に私の体調が万全なら和道様より力持ちです」

「え? マジ?」

「マジでございます」


 もっとも、体調が万全になる予定は無いのだが。とは口には出さずに、少しばかり悪魔と言うモノをよく知らない彼を脅すようにセエレは言葉を続ける。


「それに、異能を使えば簡単に人の命を奪うことができます」

「え? 瞬間移動ってそんなに危ない力には思えないけど」

「例えば、和道様だけを地上百メートルにぴょん、と跳ばします」


 そう言うと、和道は月が浮かぶ夜空を見上げる。


「……その距離は落ちたら死ぬな」

「例えば、あそこの工事現場の鉄骨を和道様の真上に跳ばします」


 次は、もう一年以上放置されている廃ビル解体の現場に積まれた鉄骨を見る。


「……圧し潰されて死ぬな」

「はい。悪魔はとても危険なのです」

「なるほど……じゃあ、怒らせないように気をつけないとな」

「……はぁ」


 これは、あまり効果があったとは言えなさそうだ。セエレは改めて、この少年を巻き込んだことを後悔すると同時に、自身の召喚者へのある思いが胸に去来した。


――円香様、貴方は本当に愚かな人間です。貴方はわざわざ私のようなバケモノに頼る必要など、なかったではないのですか?――


「多分、あれ。だな」


 和道の歩みが止まり、その肩に頭を預けていたセエレも残る力を振り絞って視線を前に向ける。

 視線の先にあるのは大型の保育園に似た建物。正門の前には住人たちが描いたのかペンキでカラフルに彩られた「ヒマワリの家」という看板。セエレの召喚者、秋枡円香の娘、秋枡由仁がいる児童養護施設。


「ここまで来たのは良いけど、由仁ちゃん、絶対に寝てるよな……」

「むしろ好都合です……由仁様が寝ているうちに中に……」

「中に入って何する気? ……和道」


 施設の手前の電柱の陰から向けられたその声は、明確に和道とセエレの二人に向けて投げかけられたものだった。


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