第十二話 深夜の見落とし
『おかけになった電話番号は電波の届かないところにあるか電源が入っていないため……』
「っち」
メッセージアプリには一向に既読が付かず、通話も繋がる気配が無い。深夜は
――市街の方は走り回ったけど見つからない……流石に家にノコノコ帰った、なんてこともないはず。となると住宅街か開発地区……いや、そもそも霧泉市の外まで行った可能性も……――
「深夜ー!」
「んぐっ……あにすんだよ」
ラウムの氷のように冷たい両手で頬を挟まれ、思考の集中が途切れた深夜は舌足らずになった口調で文句を言う。もっとも、いくら
「もー、ずっと声かけてたんだから、無視しないでよ!」
「なんだよ、セエレの匂い、見つかったの?」
「いや、それは全然だけど」
だったら場所を変えるぞ、と言おうとする深夜だったが、それよりも先に両頬に当てられていたラウムの手が彼の頬肉をぐにぃと
「ずーっと、しかめっ面だよ。ほら、スマイルスマイル」
そのまま口角を無理やり持ち上げるように引っ張られた。
「おい……」
「そんなに思い詰めた顔してちゃ、簡単なことも見落としちゃうよ?」
「そう……だな……」
ラウムの言葉も一理ある。これ以上反論する気が無くなったことがラウムにも伝わったのか、深夜の両頬から彼女の手が離れる。
「休憩しようよ、ちょっと座ってさ」
ラウムが指し示した先には図ったように誰もいない、小さな公園があった。
「はぁ……」
ちょうど白い街灯に照らされるように配置された二つ並びのブランコ。そこに腰掛けた深夜の口から無意識に息が漏れた。
「あぁ……眠い」
考えてみれば学校の授業を終え、秋枡宅の捜索から始まり、数時間かけて町中を歩き回ったと思えば、そこから休み無く『蒐集家』在原恵令奈との戦い、と面倒ごとの連続だったのだ。体が疲れるのも当然だろう。
「うんうん。それくらい肩の力抜けてる方が深夜らしいよ」
などと知った風に言いながら、ラウムも深夜の隣のブランコに腰掛け、そのままぐっと、足を振って
――俺らしい、か――
「悪いね、余計な気を使わせて」
「深夜は私の大切な契約者だからねー、何でもお見通しなのだよ。きゃるん☆」
「契約か……」
「そっ、契約!」
そして、ラウムはブランコの勢いに乗って、夜空に跳んだ。
右眼には羽が舞うようにふわりと天で身を翻す姿が、左眼には【既に地に落ちてにやりと笑うラウムの姿】が映り。そして、すぐにその二つの姿は一つに重なった。
「私の力を深夜に貸してあげる。その代わりに……」
「お前に天使の力を取り戻させる。だろ? ちゃんとおぼえてるよ」
それは、トンネル事故のあの日に結んだ深夜とラウムの契約。かつては天使でありながら、悪魔へと堕とされたラウムが深夜へと要求した、雪代がまだ知らない、もう一つの、そして『本当の代償』。
「って言っても、そっちはまだ何もやってないけどさ」
「まあ、そこは気持ちの問題? 深夜がいつか私の願いを叶えようって思ってくれている限り、私は深夜の味方だよ」
屈託のない笑みを浮かべて笑うラウムの姿は悪魔ではなく、ただの人間の少女と変わらなく見えた。
「だからさ、私は深夜がどうしたいかに従うよ」
「俺が?」
「そ、紗々の味方をするのか、それとも、お友達と一緒にセエレの味方をするのか」
ラウムにそう言われて、深夜は自分の目的という一番大事なものを失念していたことに気づかされる。
「そんなの、決まってる。あいつは俺の友達だし」
「じゃあ、協会と全面戦争、やっちゃう?」
シュッシュッとその場でシャドーボクシングを始めるラウム。しかし、流石にそれは短絡的すぎる。
「いや、それは面倒くさい……っていうか、そうか。悪魔と契約しているなら、アイツにもそれなりの願いがあるってことだよね。それがわかれば和道の行き先も……」
今までの付き合いの中、和道が悪魔に願ってでも叶えたいと思うような事柄のヒントが無いか、と記憶を探る。
――セエレの瞬間移動の異能的にも、一番安直な理由ってなると、お金だよな。シングルマザーの親御さんを楽させるためにバイトしているくらいだし……でも、そのために和道が盗みをするか、って言われたら絶対にしないよな。アイツ――
「っていうか、そもそも、アイツ自身が他人の願いを叶える手伝いするようなタイプだから、悪魔と契約するような理由が全く思いつかない……」
「……あ、あの……深夜?」
「なに?」
ブランコに座ったまま夜空を見上げて
「あの……その……もしかして、だけど……」
「気づいたことがあるならはっきり言って」
「いや、気づいたっていうか……気づいてなかったっていうか……」
ラウムは深夜から目を逸らしたまま、深夜にある事実を告げる。
「あのね、深夜。あの男の子、セエレと契約してないよ?」
「……え?」
ラウムの突然の発言に深夜は思わず呆けたような声を上げてしまう。
「だって、あの男の子から悪魔の匂いしてなかったし……」
「なんでそれを最初に言わないんだよ!」
「わ、ごふぇんなしゃい! 深夜も気付いてるとおもっへへ!」
深夜は弾かれたようにブランコから立ち上がり、先ほどの仕返しとばかりにラウムの頬を摘まんで捻りあげる。
「あのコレクター女が張った結界の中で、周りの一般人と同じように意識を失ってたじゃない? セエレと契約してたら、深夜みたいに耐えられてるはずだから……」
「……言われてみれば、確かに」
その後の在原の襲撃のせいで落ち着いて考える暇がなかった事に加えて、和道とセエレはすぐにその場から揃って瞬間移動で逃げたこともあって、深夜は完全に和道がセエレの契約者だと思い込んでしまっていた。
しかし、ラウムの言う通り本当に契約していたのなら、あの結界の中での和道の様子は明らかに不自然だと今更ながらに気づかされる。
「まあ、そうなると私にはなんであの子がセエレと一緒にいたのか、とかその辺がさっぱりわからなくなるんだけど」
「いや……そっちは、うん。契約してないって言うなら、分かるかも」
「え? どういう事?」
「俺の知ってる限り、和道直樹ってやつは、バカが付くような底抜けのお人好しなんだよ」
とりあえずラウムの頬から手を離し、スマホを取り出した深夜はすぐさま、昼頃に雪代から送られてきた『秋枡円香』に関するデータを画面に映す。
そして、昼頃の記憶を頼りに忙しなく画面をスライドさせ、目的の情報を見つけ出した。
「……あった」
「んー? なになに? これ、住所だよね? 霧泉市の……どの辺?」
「和道……いや、セエレが向かっている場所。多分だけど」
確証があるわけではないが、他にあの悪魔が向かいそうな場所が思いつかない。
十中八九、ここに行けばあの二人と出会うことができるはずだ。
「急ぐよ、ラウム。和道達に先に着かれると話がややこしくなる」
深夜も伊達に霧泉市で生まれ育ってはいない。一度も行った事の無い場所ではあるが、住所から、ここからそう遠く離れてもいないことも把握した。
「おっけ、オッケー! ダッシュでゴー、だね」
「あ、できれば、それなりに加減もしてくれ……」
「深夜、どうせだし、トレーニングとかしたら?」
「それは、やだ」
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