第十一話 決着、そして……



『深夜?!』

「大丈夫だよ」


 ラウムの悲鳴とは裏腹に、冷めきった声で自身に迫る火球を見据える深夜。そして、その火球は深夜の眼前で破裂音と共に掻き消える。


「タイミングぴったり。流石は雪代」

「あらかじめにしても、もう少し焦ってください……私が外したらどうするつもりだったんですか」

「ちゃんと当たるところまで視えてたし、心配する必要ないでしょ?」


 否、その破裂音は火球からではなく、雪代に握られた拳銃が発した銃声であり、魔力によって構成された火球は退魔銀の銃撃を受けて霧散したのだった。


「それで、みんなの安全確保、終わった?」

「ええ。とりあえず、客と店員はまとめて厨房の方に集めて寝かせました。あそこなら余程のことが無い限り巻き込むことは無いでしょう」


 火球を無力化できる雪代の参入によって戦況は一変し、蒐集家と雪代、両者が静かに銃口を突きつけあい、じりじりと睨みあいへと変わる。


「じゃあ、いきなりで悪いんだけどさ、退魔銀以外の銃弾って今、持ってる?」

「え? 退魔銀以外でしたら、ゴム製の非殺傷スタン弾がありますが……」

「ちょうどいいね、それ」


 回避行動の連続から一息ついた深夜は雪代に歩み寄り、蒐集家に聞き取られないように耳打ちしつつ、先ほど思いついた策を伝える。


「なるほど、やりたいことは大体わかりましたが……その作戦、私が失敗したらどうするんですか?」

「雪代、射撃は外さないでしょ?」

「気軽に言わないでください」


 あまり長い期間、とは言えないが数度は共に戦った深夜は、一度も彼女が無駄弾を放ったのを見たことが無かった。


「それに、ちゃんと確認してからやるから。気負わなくていいよ」


 深夜はそう言って、自身の左眼を指さす。


「仕方ありません、私も腹を括りましょう」

「んじゃ、合図するから、よろしく」

「わかりました。くれぐれも無茶はしないでくださいよ!」

「わかってるよ」


 深夜は頭を低め、被弾面積を狭くして真正面から蒐集家に向かって突進する。


【蒐集家に駆け寄る深夜の足元から鋭く、尖った樹木の触手が伸びる。それは地面を通すことで退魔銀の迎撃を封じる蒐集家の策略】


――考えたな、地面を通せば雪代の射線上を避けつつ俺達に奇襲できる。けど……――


 深夜は足元から樹木が生えるタイミングに合わせ、地面を砕く勢いで跳び距離を一気に詰めていく。


――そういう奇襲は俺には効かない――


「なっ! うそっ!?」


 一瞬にして深夜は蒐集家のふところに潜り込み、大剣を大きく振りかぶる……フリをする。


――最後の一本がこの足元から生えてくるから……――


 高く大きく、斜め後ろに飛び上がり、深夜と蒐集家、その両者を分断するように床から生える樹を躱す。


「フフッ。空中じゃ、上手く避けられないんじゃなくて?」


 蒐集家は、その絶好のタイミングを逃さない。樹木の奥にいるであろう深夜の位置に当たりをつけ、ライターの噴出口を突きつけ火を放つ。魔力の出力は最大、剣の腹で防ぎきれる火の量ではない。蒐集家は『まず一人』と内心でほくそ笑む。しかし。


「雪代!」

「はい!」


 深夜の合図に合わせ、雪代の拳銃から響く五度の銃声。それは、蒐集家の放つ炎よりも早く、真っすぐに飛んでいく。


「っぐ!  おぉわ!」


 打ち合わせ通りの軌跡を駆けるゴム製の非殺傷弾。それを手に持つ大剣の側面で受け止めたことで、空中で体を支える足場の無い深夜はその勢いに弾き飛ばされる。


「……なにを?」


 二人の意図が理解できなかった蒐集家は思わず驚嘆きょうたんの声を上げる。攻撃を防ぐにしても退魔銀を炎に向かって撃てばいいはずなのに。だが、その真意は甲高い警告音が店内に鳴り響いたことで半ば無理やりにも理解させられる事となる。


「っ、そうか、火災報知器!」


 脳が状況を理解した時にはもう遅い。深夜の狙いはこの一点。蒐集家の炎を天井に設置された火災報知器のセンサーに当てさせることにあった。

 最大出力で放たれた炎を検出したことで天井のスプリンクラーが稼働し警報音と共に大量の水を店内に散布し始める。その水量は自然の雨よりも圧倒的に多く、当たる肌が痛いほどの勢いで店内に降り注ぐ。


「昨日、雨の中でその道具使ってなかったってことはさ。異能で出した炎でも、大量に水を掛ければ消えるってことでしょ?」

「そのために、仲間に自分を撃たせたって言うの?!」

「それくらいギリギリまで引き付けなきゃ、アンタ、天井に向かって火球を撃ってくれなかったからね」

「本当、無茶苦茶なことを言いだしてくれましたよ」


 頭から水を被りながら大剣と共に肉薄する深夜。樹木の残骸の隙間を縫い、類まれな身体能力を持って駆け寄る雪代。その両者が挟み込むように蒐集家に決着の一撃を狙う。


「雪代! 当たるの、視えた」

「了解。これで、終わりです!」

「きゃぁああ!」


 深夜の大剣の一振りと雪代のブーツでの回し蹴りを同時にその身に受けた蒐集家はファミレスの壁面まで吹き飛ばされ、テーブルの上に横たわる。


「ふぅ……疲れた」

「しかし……結局、私達も派手に暴れてしまいましたね」


 左眼で蒐集家が動く気配が無いのを確認し、スプリンクラーの水を浴びて顔に張り付く前髪を掻き上げながら深夜はゆっくりとため息をつく。雪代の言葉に釣られて周囲を見渡せば、テーブルやソファの一部は焦げてぐちゃぐちゃ、地面の至る所から生えた樹、そして現在進行形で降り注ぐ消火設備の水。


「……後処理は協会に任せる」

「またそんな簡単に……いや、仕事なのでやりますけど」


 そう言いながら雪代は、コートの内側からすっと、当然のようにロープを取り出して蒐集家の手足を器用に縛り上げる。


『ねえ、深夜。紗々のあのコートの中ってどうなってるんだろう……』

「さあ?」


 以前聞いたら、『協会の特注品ですから』としか返ってこなかったので、深夜からするとあのコートの構造は悪魔の異能並みにファンタジーだった。


「あ、もしもし。雪代です。ええ、ハイ。蒐集家を確保しました。ですが、少々手荒なことになりまして、事後処理部隊の派遣をお願いしたいのですが……」


 雪代は携帯で協会の本部と連絡を取りつつ、蒐集家の衣服を雑にめくって身体調査を始め、所持している魔導具らしきものを一通り取り上げていく。


「あ、ちょっと、深夜は見ちゃダメ! 破廉恥!』

「今はそう言うノリじゃないでしょ……」

「あ、ええと、免許証がありました。こちらの情報を元に身辺調査の方もお願いします。名前は在原恵令奈。年齢は二十六歳、記載されている住所は……」


 自らの意思で武装化を解除してぴょんぴょんと飛び跳ねながら深夜の視界を遮るラウムを無視して、雪代は電話報告を続ける。


「はい。では、こちらは店内で待機しておきます。到着しましたら、連絡をいただければ」

「協会の人間が来るなら、俺は離れるよ?」


 電話を終えた雪代に確認を取りながら、深夜は店の出入り口に足を向ける。


「セエレを、探しに行くおつもりですか?」

「……悪魔をほっとけないでしょ」


 もちろん、理由はそれだけではない。雪代もそれは流石に理解している。


「……では、神崎さんには、これをお渡ししておきます」

「え?」


 雪代がぽいっと粗雑に投げたソレを空中で掴み、掌を開くとそこには白銀色の弾丸が一つ。


「実体化した悪魔なら、それを押し付ければ消し去れるでしょう。ですよね、ラウム?」

「そだね。憑依型と違って人間の体っていう障害物も無いし、一撃必殺間違いなしだよ」

「どう使うかは神崎さんにお任せします。願わくは、ラウムの力を使わずに解決して欲しいですから」

「ありがと」


 深夜は、雪代から受け取った退魔銀の弾丸をぐっと握りしめてズボンのポケットに押し込み、短くお礼を口にする。


「でも、俺が雪代じゃなくて和道の味方になるって言ったら、どうするの?」

「その結果、あなた方が一般人を傷つけることがあるのなら、私は私の仕事をするだけです」

「……そっか。そうならないように、努力はするよ」

「ハイ。私も、こちらの処理が片付いたら応援に向かいます」

「じゃあ、こっちは任せた。いくよ、ラウム」

「むぅ、なんかちょっと二人だけで良い雰囲気出さないでよ! 深夜は私のだからね!」

「わ、私達は、そう言う間柄ではありません!」


――そもそも、俺はラウムのものでもない――


 そんなラウムの茶化しを無視して、深夜は認識の結界に覆われたファミレスから飛び出した。



     ―――――――――――――――――――――――――――



「あら、あらあら。結局一発も当てられずに負けちゃったわ」


 ずぶ濡れの服のまま飛び出したことでわずかに周囲の視線を浴びながら駅前広場の道を走っていく深夜とラウム。その背中を見つめながら、キャスターのついた旅行鞄に腰掛けた一人の女が呟く。

 異国風のゆったりとした服、長いウェーブヘアに飄々とした掴み所のない雰囲気を醸し出したその女は、そのまま視線をスライドさせて、ファミレスの窓ガラス越しに雪代に拘束された自分と同じ顔の女を見る。


『しかし、良かったのかい恵令奈? これでせっかく集めた魔道具を四つも失った』


 蒐集家、在原恵令奈の手元の金属球から響く、しわがれた老人のような穏やかな声に彼女は余裕の笑みを崩さずに答える。


「逆よザガン。魔道具四つで協会の悪魔祓いを足止めできるなんて安いものだわ」


 彼女が犠牲にした四つの魔道具、『発火』の異能を有する『アイムのライター』、『植物生育』の『アムドゥシアスの種』、『結界』の『ベリトの釘』そして、深夜達が最後までその存在に気付かなかった第四の魔道具『模倣』の異能を有する悪魔、アリオスの魔力が込められた『マリオネット人形』。その力は、人間に完璧に擬態すること。


「退魔銀の弾丸一発で壊れるようなお人形にそれ以上を求めるのは酷よ」


 深夜達は、その異能によって在原恵令奈に擬態していた人形と戦いを繰り広げ、そして倒したと思い込んでいる。もちろん、戦闘中に一度でも雪白の放った退魔銀に触れていればその瞬間、レストランの中にいた蒐集家は偽物だったとバレただろう。そのギリギリの賭けに勝ったことで、今、彼女は深夜達に警戒される事なく自由に動くことができるようになった。


『だが、魔道具である以上、魔力が切れれば元に戻るだろう? 誤魔化せるのはせいぜい夜明けまでだ』

「ええ、そうね。でも、それで十分よ、やっと見つけたんだから……」


 在原はゆっくりと椅子代わりにしていた旅行鞄から立ち上がり、ガラガラと車輪を引きながら行動を開始する。


「あの悪魔、セエレの異能があれば、私の願いは叶えられる。その後の事はどうでもいいわ」

『そうか、ならば急ごうか、我が契約者』


 蒐集家は最後の獲物に狙いを定め、夜の街を行く。



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