第九話 探せども探せども



「んー。この辺にもいないなぁ……」



 セエレの匂い、と言う新たな手掛かりを得た三人は秋枡邸を後にし、住宅街から開発地区の方面にまで足を伸ばしていたのだが、その捜索は難航なんこうしていた。


「この街で身を隠すなら開発地区の方、だと思ったのですが」

「警察犬みたいに匂いを辿ったりとかできないの?」

「昨日の大雨が無かったらいけたんだけどなぁ……近くにいるなら分かるんだけど」


 ラウムはすんすんと鼻を鳴らして周囲に注意を向けるが、一向に蒐集家の発見に繋がる様子は無い。


「まあ、秋枡の死亡推定日時がおよそ一週間前だそうですから、蒐集家があの家から魔道具を持ち出したのもかなり前と言うことになってしまいますからね」

「ああ、そうか。下手に古い匂いが分かる方が面倒くさくなりそうだね」


 一週間分の足取りを順に追いかけるというのも、それはそれで徒労を重ねる可能性が高いだろう。


「……あれ?」


 しかし、そこで深夜は少し異なった視点から違和感を覚えたのだった。


「どうかしましたか?」

「いや、セエレの異能って、瞬間移動なんだよね?」

「うん。そだよー。物でも人でも好きな所にぴょんと一瞬で飛ばしてた」


 深夜は改めてラウムに確認した後、左眼を掌で覆って思考を巡らせる。


「じゃあ、なんで昨日俺達から逃げる時、わざわざ樹を使って目くらましなんてしたんだろう」


 ラウムの言う通り、一瞬で移動できるのならそんな手間をかけずともその異能を使って逃げればいい。


「瞬間移動の異能を隠したかったのではないですか? 実際、どんな異能を持っているのか分からない、と言うのは私達にとっても不利な要素ですし」

「それこそ、瞬間移動できるなら、雪代なり俺なりの背後に飛んで奇襲でもすればいい気もするけど……」


 例えば雪代の拳銃などは威力もそうだが何よりも相手の攻撃範囲の外、安全な遠距離から攻撃できる、と言うのが戦闘に置いては重要なアドバンテージなわけで、自由に瞬間移動できる相手などはそのアドバンテージが打ち消されるという点では相性が最悪と言っていい。


「セエレの魔道具を奪っていったのはコレクター女とは別の誰かかもしれないってこと?」

「そこまでは断言できないけどさ……ちょっと引っ掛かるんだよね」

「実は警察がそれと気づかずに持って行ってたりして」


 ラウムはニヤニヤと雪代を見ながら茶化し気味に言うが、雪代はあっさりとその可能性を否定する。


「魔導書の写本が見つかった時点で遺留品は一通り協会関係者が目を通しています。それらしき物は見つかっていません」

「んー、じゃあ、警察が調べて何か分かった事とか無いのー? ねー紗々」

「警察の方では司法解剖しても失血死の原因すら不明でお手上げ状態だそうですよ。事件当時、戸締りはしっかりされていて、誰かが外部から侵入した痕跡も見つかっていないそうですから」

「っていうかそれ、あのコレクター女も入れてないってことにならない?」

「そこは、何らかの悪魔の異能で侵入したと考えるしかないでしょう。でなければ、魔道具が勝手に動いて秋枡円香の家から出て行ったことになりますよ」

「そもそも、悪魔なんてもんが絡んでる時点でなんでもありみたいなもんでしょ」

「それもそっか」


 結局、その話題は「今はまだ結論は出せない」という結論に落ち着いた。


「あ、そういえば深夜。もうかなり遅い時間だけど、真昼に連絡入れなくていいの?」

「真昼には秋枡の家を出た時にメッセは入れておいたから大丈夫……だと思う。夕飯は勝手に外で食ってこいって言われたけど……」


 その文面もかなりそっけなかったが、怒ってはいないはず、と言う推測もとい願望が深夜の胸に広がっているが、やはり彼女を巻き込まないためには詳しい事情は伏せるのが賢明だと思っていた。


「言われてみれば夕飯の事をすっかり忘れていましたね。どうせ、次の捜索先は市街の方です。先にそこで何か食べるとしましょう」

「さんせー! もう歩き疲れた!」


 霧泉市の決して狭くない範囲を歩いて地道に捜査していたため、既にかなり遅い時間、一般的な夕食時も過ぎていた。


「外食かぁ……何食うの?」

「ラウムちゃん、ドーナツ屋さんが良い!」

「却下」


 いの一番にラウムからの意見が飛び出るが、深夜としてはドーナツはデザートであって決して主食にはしたくない。


「雪代は? なんか意見ある?」

「私は特には。神崎さんに行きつけのお店があるのでしたらそちらに合わせますが」

「学生の行きつけなんてファミレスかラーメン屋しかないっての……」


 主に休みの日に和道と一緒に月一で行くか行かないか、というレベルを『行きつけの店』と言えるのかどうか。そして、ラーメンを選ぶには一つ問題があった。


「何ですか、いきなり妙な目つきでこっちを見て……言っておきますが、私は特に好き嫌い無く何でも食べられますからね」


――味の方はそうかもしれないけどさぁ――


 本人は頑なに認めようとしないが、雪代は間違いなく重度の猫舌だ。そんな彼女がラーメンを食べる姿を想像してみる。


――確実に、麺が伸びるまで息を吹きかけ続ける――


「じゃあ、ファミレスに行こうか。」

「駅前広場にある店、ですよね。わかりました」


 雪代もこの一か月近くでかなり霧泉市の地理に慣れたらしく、これだけでおおよその位置は伝わったようだ。


「じゃあ、私パフェ食べよ!」

「……そんなに甘いものばかり食べて、太らないんですか?」

「問題無し! 悪魔は食事から栄養取ってないから、いくら食べても太らないのだ!」

「なら、別に食べなくても良いのでは?」


 至極もっともな意見だが、ラウムはきっぱりとその提案を跳ね除ける。


「味は分かるからラウムちゃんも美味しいもの食べたいのー!」

「どっちでもいいけど、さっさと行こうよ。食った後、まだ蒐集家探し、続けるんでしょう? ……ふわぁ……」


 深夜は眠そうに大きなあくびをしながら、一足先に歩き始めて二人を促す。


「今日はいつにも増して、随分眠そうですね」

「今日は朝が早くてね……」


――ファミレスで、ちょっと寝よう……結構、限界……――


 そう心に決めて、今にも落ちそうなまぶたを必死に持ち上げながら、駅前広場へと続く道を歩いて行った。



     ―――――――――――――――――――――――――――



 霧泉市の中心地ともいえる市街の駅前広場。そこも人通りが賑わうのは他の都市へ働きに出ている大人たちが仕事を終えて帰りつくまでで、その時刻を越えれば一気に人の賑わいも収まり、今度は一気に静けさが広がり始める。


 カランカラン、と軽快なベルの音を鳴らして、深夜は先頭に立ってファミレスのガラス戸を押し開ける。

 ここは一応、零時まで営業してはいるが、夜の十時を越えた今となっては客の姿もまばらだ。深夜に見える限りでも残業後のサラリーマンらしきスーツの男か、遊び終わりらしい大学生グループ、そして……。


「あ……」


 なぜか、深夜の見知った、日焼けした短髪の少年の顔が見えた。


「いたっ! 急に立ち止まらないでくださいよ。神崎さん……私は貴方と違って未来が視えるわけじゃないのですから」


――なんで和道がここにいるんだよ――


 霧泉市に住む彼が霧泉市のファミレスにいても何もおかしい所はないのだが、今日ばかりは深夜は心の内で文句を言わずにはいられない。何しろ、今自分の後ろにはいる雪代とラウムがいる。


――まずい……雪代だけでも面倒くさいのに、ラウムと和道が顔を合わせるとか絶対にろくなことにならない――


 悪魔に関わる事を隠し通す、と言う意味でも出来ればこの二人と友人を関わらせたくないところだが、それとは別に雪代もラウムも世間一般的には美人、美少女に分類される顔立ちをしている。

 何が言いたいかと言うと、一緒にいるところを見られるとあとで絶対に揶揄からかわれるのだ。深夜的にはそれが一番面倒くさかったりする。

 幸いにも、まだ向こうはこちらの存在に気づいている様子は無く、奥のテーブル席で人目につく鮮やかな赤い長髪の小さな子供と並んで座りハンバーグを食べている。普通に考えれば親戚の子供、なのだろうが、彼の性格上さっき知り合ったばかりの家出少女に食事を奢っている可能性も否定できない。


――あっちもあっちでちょっと気にはなるけど……今はそれよりこっちに気づかれる前に逃げるのが先決――


「悪いけど、知り合いいたから、別の店にしよう」

「えー! 私は気にしないのに」


 首を伸ばして、深夜の肩越しに店内をのぞき込み、顔を知らないはずの「深夜の知り合い」を探す素振りをするラウムに「こっちが気にするんだ」と釘を刺そうとした瞬間、ラウムの目が見開かれ。



【肉食獣の狩りのように目を鋭く見開いたラウムは躊躇う様子すら見せず、その小さな赤髪の少女に駆け寄り、その首に手をかけようとする】



 そんな未来が視えた深夜は咄嗟とっさにラウムの腕を掴み、制す。他の客もいる中でそんな騒ぎを起こそうとするのを見過ごすわけにはいかない。


「お前、いきなりなにするつもりだよ!」

「だってっ……!」


 ラウムは一瞬たりとも赤髪少女から視線を逸らそうともせず、声を荒げて深夜の手を振り解こうとする。さすがに、入り口でそんなやり取りをすれば他の客や店員、そして和道の視線も自然と入口の喧騒に向けられる。


「あ、神崎? 何やってんだアイツ」

「和道様……あのお方はお知り合い、でしょうか?」

「え? ああ……友達、だけど。おーい!」


 見知った顔に気づいた和道は自然と腰を浮かせて手を上げようとする、だが、その動きは隣に座る赤髪の少女が彼の服の裾を掴み、発した言葉によって止まった


「あの赤い髪……」

「あの方の、隣にいる黒髪の女……」


 二人の声が奇しくも重なっていたことは、当の本人たちは気づくこともない。


「悪魔だよっ!」 「悪魔です」


 何しろ、それを聞かされた深夜と和道が共に、ぽかんと間抜けに口を開けたまま、硬直していたのだから。


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