第八話 同類



「あ、神崎さん。少しだけ、お話よろしいですか?」

「ん? なに?」


 タイミングがタイミングだけに深夜もすぐに、彼女が始めようとする話がラウムには聞かれたくない内容なのだと理解し、部屋の外に声が漏れないよう声を抑える。


「改めての確認ですが、ラウムとの契約を解除してくださるつもりは……」

「無いよ。それは変わらない」

「つまり、神崎さんは私達悪魔祓いが信用できない、と言う事ですよね」


 深夜の即答を受けてもなお、今回の雪代は引き下がることなくむしろ一歩深夜に歩み寄る。


「確かに、貴方とラウムが居なければ、私は三木島には勝てなかったかもしれません。ですが、そのためにあなた自身が身を削るリスクを負う必要は……」

「なんか、勘違いしているみたいだけどさ。俺は別に自己犠牲なんて高尚こうしょうなこと考えて悪魔憑きと戦っているわけじゃないよ」


 深夜は少し気だるげに雪代の言葉をさえぎる。


「俺はただ、家族と友達、そいつらの身の安全さえ守れればそれでいいんだよ。だから、この街以外にいる悪魔とかは正直どうでもいいし、蒐集家とやらもどっかに行ってくれるっていうなら、雪代には悪いけど追いかけてまでどうこうする気も無い」


 深夜はゆっくりとラウムが出て行った木製の扉を見つめ、言葉を続ける。


「俺がアイツと契約しているのも、アイツの力を使うのも、雪代に協力するのも、徹頭徹尾、俺自身のためだよ」

「では、この街の悪魔憑きがいなくなれば、どうするんですか?」

「え? ああ……そうだね」


 雪代と共にこの街に魔導書をバラ撒く真の黒幕を追い、その問題を解決して、この街の平穏を取り戻した時、深夜はどうするのか。雪代に投げかけられた問に対して、深夜は無意識に左眼を覆い隠しながら考え、十数秒の沈黙の後、ぽつりと答える。


「……面倒くさいから、その時になったら考える」

「では、その時。ただの一般人に戻るという選択肢も頭の片隅に残してくれると、私は嬉しいです」

「わかったよ。保証はしないけど」

「今は、それで構いません。では、我々も捜査を再開しましょう」

「深夜! 紗々! 大変大変!」


 雪代が深夜を促そうとするが、ラウムが大きな声を上げて書斎に舞い戻ってきたことで出鼻をくじかれた


「何かわかったの?」

「あのね、この家から悪魔の匂いがするの!」


 ラウムは興奮気味に伝えるがそれを聞かされた二人はそろって首を傾げる。


「いや、最初から匂いはするって、お前が言ってたんだよね」

「そうじゃなくて! 最初はね、悪魔召喚の儀式の時の魔力の残り香だと思ってたんだけど、それとは別に『セエレの匂い』もするんだよ、この家!」


 ラウムの言わんとしていることを先に理解したのは雪代だった。彼女はハッとした表情で地面に描かれた赤黒い魔法陣に目を向ける。


「秋枡の召喚術式は成功していた……と言うことは、まさか!」

「『蒐集家』が秋枡円香を殺して、魔道具を奪った、ってこと?」

「殺害方法は分かりませんが、彼女が他人の血液を操作する、といった異能を有する魔道具を持っていたとしても不思議ではありません」


 雪代が口にする仮定はそれほど的外れにも聞こえず、深夜は先日の蒐集家との戦いを思い出す。


――アイツなら本当に殺す気がする。なんていうのか、三木島や他の悪魔憑きよりも……目つきが冷静で、それでいて狂ってた。うまく言えないけれど……――


 深夜はチラリと戻ってきたラウムを見て、無意識に自分の首筋を指でなぞる。


「しかし、犠牲者まで出てしまっては状況を静観せいかんしているわけにもいきません。蒐集家の手がかりを見つけなければ」

「はいはーい! 私の意見、聞いて聞いて!」


 張り詰めた空気を読めていないのか、意図的に読んでいないのかぴょんぴょんとその場で手を上げて跳躍するラウム。雪代は額を手で押さえて小さくため息をついた。


「聞くだけ聞きます。なんですか」

「あのコレクター女がセエレの魔道具を持ってるんだよね?」

「まあ、確証があるわけではありませんが……おそらく」

「セエレの匂いなら覚えたから、私、探せるよ! ドヤァ」


 ラウムは腰に両手を当てて、控えめな胸を張る。問題が想像以上にあっさりと解決したことで深夜と雪代は思わず顔を見合わせる。


「今まで地道に聴き込み捜査して悪魔を探していたのが少しバカらしくなってしまいます」

「でかした。終わったら、好きなもの買ってやる」

「やったぁ! じゃあドーナツが良い! 期間限定のやつ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら抱き着こうとするラウムを深夜はいつものことのように避ける。


「なんでいつもいつも避けるの!?」

「むしろ何で毎度毎度、飛び掛かってくるのさ……」

「そりゃー、私からの精一杯の愛情表現。きゃるん☆」

「あっそ。それより、さっさとそのセエレの匂い、探しに行こうよ」


 真面目に受け取る気にもなれない軽々しいラウムの態度は無視して、深夜は開け放たれたままの書斎の扉をくぐる。


「はーい。でも、なんか昨日に比べて、随分とやる気になったね? なんで?」

「別に……今も面倒くさいし、誰かのせいで早起きだから眠いし……」

「うっ……」


 深夜は少しばかりの嫌味混じりの答えで、今朝出会った秋枡由仁という少女の事を誤魔化す。自分でも、今日知り合ったばかりの小学生の身の上に同情したり義憤ぎふんに駆られたりするような性格ではないと自覚している。だから、表向きに口に出すのは先ほど何の根拠もなく脳裏に浮かんだこの言葉。


「アイツは……多分、俺と同類だから……」


 『蒐集家』と呼ばれるあの女の目は、二か月前のトンネル事故のあの日、ラウムと出会う直前の深夜のそれによく似ていた。 


「ほっといたら、アイツは目的のために何でもやる。そんな気がするから、さっさと捕まえよう」



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