第五話 他所サマの事情



「はぁ……はぁ……無理……死ぬ……」

「おいおい、大丈夫か?」


――この二か月くらい悪魔憑きとあんなに飛んだり跳ねたりして戦ってたのに、全く体力がついてない……――


 あくまでも武装化時の身体能力はラウムの魔力による強化の恩恵であるとは理解していたが、まさかここまで素の運動能力がそのままだとは。少しばかりの落胆らくたんも混ざり、疲労困憊ひろうこんぱいの深夜の肩はより一層深く落ちるのだった。


「息整ったら、体育教員室に行って入室許可証を取りに行けよ」

「うぃーっす」


 結局、由仁を無事遅刻せずに小学校に送り届けたまではよかったが、そこで深夜の体力は尽き、二人揃って遅刻となり、生活指導担当の社会科教師の指示を受けて校門を後にしたのだった。


「あれ? 前まで入室許可証くれるの、進路指導室じゃなかったっけ?」

「遅刻したことないからわからないんだけど……三木島のせいじゃない?」

「あー……なるほど」


 実際、それが関係しているのかは深夜にはわからないが他に思い当たる理由もない。


「いやぁ、しっかし、驚いたよなぁ。三木島が連続襲撃事件の犯人だったなんてさ」

「……ああ、うん。そうだね。びっくり」


――襲撃事件自体は、俺が犯人なんだけど……――


 彼らの担任教師、三木島大地によって魔導書を与えられ、悪魔憑きとなった黒陽生徒達との戦いの日々。

 深夜はそんな半月ほど前の記憶を思い出しながら、真相を知らない友人に対して曖昧な返事で返す。


 最終的に「表向きの」事件の真相は三木島に誘拐された一人の女子生徒の証言と、雪代の虚偽報告を受けた協会の情報操作によって、全ての罪が今もなお意識不明のまま三木島に被せられることで決着した。

 なので、この一件に悪魔、そして、深夜が関わっていたことを知るのは事件の直接の関係者だけだ。


「そういや、三木島に誘拐されてた女子生徒……和道の知り合いなんだっけ?」

「宮下? そだな、中学時代の補習友達、みたいな関係だけど……なんだよいきなり」

「いや、その人も面倒ごとに巻き込まれて大変だなって……」


 件の女子生徒も例の温室棟にいたわけで、最悪の場合は深夜と三木島の戦いを見られている可能性がある。

 もしそうなら、深夜としても放っておくわけにはいかない。


「本人が言うには、学校で三木島に襲われて、意識を失ってるうちに全部終わっててよくわかんない。って言ってたな」

「……そっか。怪我は無かったの?」

「本人見る限り至って元気だけど……珍しいな、神崎が女子に興味持つなんて」

「別に、ちょっと気になっただけだよ」


 その場にいた本人としては傷が残るような怪我をしていたなどと言われれば後味が悪い、それだけだ。


「本当かぁ? もしかして、宮下みたいな小動物系女子がお前の好みとか?」

「うっざいな……」


 だが、流石にそれを直接和道に言うわけにもいかず。ありもしない色恋沙汰を邪推じゃすいした和道のウザ絡みへの反論も難しい。


「っち、ああ、そうだ。和道にもう一個質問があるんだけど」

「ん? なに?」


 あまりこの話題が続くと変なところで察しの良い和道に余計な事を感づかれると危惧きぐした深夜はかなり無理やりだが話題を変えことに成功する。


「由仁ちゃんって、今朝初めて知り合ったって言ってたけど、あれ、本当?」

「ああー、うん。それは本当だけど……」


 和道にしては珍しく歯切れの悪い返事。少し考える素振りをして、「まあ、神崎ならいいか」と呟いて、答えを続けた。


「知り合いなのは親父さんの方。バイト先でお世話になってるんだよ」

「なるほど。それ、由仁ちゃんには言ったの?」

「いや、それがさ……おっちゃん。長いこと娘さんには会ってないって言ってたんだよな」


 父親と娘が長い間顔を合わせていない、つまり、今は一緒に生活してはいないという事だろう。実際、由仁曰く『海外旅行の約束を三年も待たされてる』とも言っていた。


「訳アリって感じ?」

「多分。まあ、流石の俺も深く聞いては無いんだけど」

「なるほどね」


 その話を聞いてようやく、例のコンパスの写真を見た時の和道の不審な態度の理由を理解した。おそらく、別に相手を選んで人助けをするタイプでもない彼にとっては、奇妙な偶然の出会いだったのだろうと言う事は深夜にも容易に想像できる。


「まあ、そういうわけだから、もし由仁ちゃんにまた会ってもこの話は秘密で頼むわ」

「分かってるよ。他人の家庭の事情に首突っ込むほど面倒くさいこと無いし」

「そう言うと思った」


 深夜の少し捻くれた返事に苦笑いをらす和道。雑談をしている間に、二人は体育教員室の前にたどり着いていたことに気づく。


「そういや、今日の一限目って何だっけ?」

「英語だよ」

「ヒナちゃんの授業じゃん! くっそぉ……ちょっともったいないことしたぜ」

「和道だけでも走れば間に合ったのに」


 身分違いの片思いの相手の授業に遅れた悔しさを、全身のオーバーリアクションで表現する友人に対して突っ込みを入れる深夜。元陸上部の長距離走者である彼ならば、息も切らさずに走りきれたのは間違いないし、実際に深夜は何度も先に行くように言ったのだが、和道は終始深夜のペースに合わせて走っていたのだった。


「なんていうのかな……神崎ってほっとけないオーラ出てるからさ」

「その理由、なんかちょっとムカつく」


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