内臓売りの少女

虫野律(むしのりつ)

第1話

 


 私がまだ小学生の少年だった頃の話だ。

 当時の私は病弱でよく病院に行っていた。学校を休まなければいけないのは不満だったが、どうしようもない苦しさを少しでも和らげる為には必要だった。


 しかし、そんな日々はある春の日に終わりを告げられた。

 









「話があるから後で来なさい」


 俺が2階の自室に居ると母さんに1階から呼び掛けられた。これからゲームをしようとしていたところに、水を差されて少し不機嫌になる。

 返事はしなかったが、母さんがそれ以上何か言うことはなかった。

 

 ……なんだよ。


 暫くゲームで遊んでいたが、イマイチ楽しめない。


「はぁ」


 ため息をついて、ゲームデータをセーブ。俺は居間に向かうことにした。

  

 居間に入った俺がソファに座ると、母さんもソファに腰掛ける。


「話ってなに」


「……昨日、病院に行った時に先生から言われたの」


 俺はこの時、すぐに母さんが何を言いたいかを悟った。

 いや、本当は2階に居る時、そのまたずっと前から察していた。自分の身体だ。難しい理屈は分からないけど、何となくは分かる。


「……」


「ごめんなさい……。大樹たいきの余命は残り6ヵ月だって……」


 そうか。


 驚きはなかった。来るべき時が来ただけ。

 だから、母さんが泣いているのを見て、自分も悲しくなるなんてことはない。

 ただ、中学生になれなさそうなのは少し残念に思う。それくらいだ。










 梅雨のじめじめとした空気が気持ち悪い。

 今日は病院に行ってた。今はその帰り。ついでだからと母さんが買い物をしている間、俺は車でぼーっとしてた。だるいしね。

 

 コンコンコン。


 急に車の窓から音がした。ノックされたんだ。

 俺がそちらを見ると、15歳くらいの少女が俺を見て、手を振ってきた。

 

 なんだこいつ?


 ヤバい奴だろうかと思ったけど無視する気にはなれない。陳腐な言い方になるけど、一目惚れだった。

 彼女は美しかった。艶のある黒い髪が真っ直ぐ肩まで伸びている。瞳は綺麗な二重で、薄い唇が不思議な魔力を放っている。

 俺は慌てていることを悟られないように、なるべく余裕を持ってドアを開けた。


「こんにちは」


 彼女は声も完璧だった。耳から脳へと甘い痺れが浸透していく。


「あ、ああ。こんにちは」


「私はお値打ちな商品を販売している者です。よかったらお話だけでも聞いてもらえませんか?」

 

 俺の頭の中に美人局とかデート商法という単語が過るが、答えは決まっていた。


「分かった」


「ありがとうございます! では御案内いたします」


 どうやら彼女は場所を変えたいようだ。いよいよ以て怪しくなってきた。

 でも、どうでもいい。

 だってさ、どうせもうすぐ死ぬ身だ。そんな俺が何を気にする必要があるんだ? 

 車から降り、彼女の後を追いかける。









 彼女は白崎しろさきかいと名乗った。

 海は商店街や住宅街をグネグネと歩き回り、俺がいい加減疲れた頃に漸く立ち止まった。


「お疲れ様でした。こちらです」


 海が示したのは、何処にでもある普通の一戸建て住宅だった。


 ここが海の家なのか……?


 俺の疑問を察したのか、海が教えてくれた。


「ここは私のお家兼職場です」


 職場という言い方がなんとなく大人っぽくて、ドキッとしてしまう。

 玄関を開けた海が俺を招き入れる。


「お邪魔します」


「いらっしゃいませ」


 海に導かれるままに居間らしき部屋に入る。

 

 何歳なのかな? 見た目は中学生か高校生くらいに見える。


「なぁ、海って歳はいくつなんだ?」


 ガチャリ、と扉が閉められる。


 あれ? もしかしてなんか悪いこと訊いたかな。


「私に歳は無いよ」


「はぁ? なんだそれ? 馬鹿にしてんの?」


 つい責めるような口調になってしまう。でも、誰だってこんな訳の分からないこと言われたら俺みたいになるって。

 しかし海は曖昧に笑う。


「信じなくてもいいよ。それより早速商品についてご説明いたします」


 ああ、そう言えばそんなこと言ってたな。

 

 商品ってなんだよとか思ってぼけっとしてたら、海がいきなり服を脱ぎ出した。


「ちょ、ちょっと待て。なんで脱ぐんだ」


 Tシャツを途中まで脱いだところで止まってくれた。


「脱いだ方が分かりやすいのです」


 そう言ってTシャツ、ブラジャー、デニムの順で服を脱ぎ捨てる。俺は海の身体を見て、固まってしまった。


「ね? 分かりやすいでしょう?」

 

 海の身体にはマジックのようなもので、沢山の文字が記されている。


──心臓1000万円


──腎臓2000万円


──肝臓1000万円


 他にもごちゃごちゃと黒いインクが付着してる。


「これって……」


「そうです。私が売るのは私の内臓です。ちなみに一番人気は腎臓ですよ」


「マジかよ」


 嘘だとは言いきれない。

 海の下腹部に縫合された傷痕があり、赤紫に変色している。まだ傷が塞がりきっていない。


 これはそういうことなのか……?


 俺が傷を見ていることに気付いた海が、唯一身に付けていたパンツを脱ぐ。

 隠れていた傷があらわになる。


「この傷は子宮を販売した時のものです。だから今は子宮が入ってないのだけれど、あなたに子宮はいらないから問題無いですよね」


 なに言ってんだよ。そういうことじゃないだろ……!


 どこに向けたらいいか分からない怒りや、なんだかよく分からないやるせなさが、俺の心に生まれる。

 海は綺麗だ。そんな海が内臓を売る為に切り刻まれていると思うとムカムカする。

 それに、例えば心臓を買いたいと言う奴が出てきたら、それはつまり海が死ぬってことなんだろ。


 海の形の良い胸にある黒い文字が、毒のようなものに見えてきた。


 1000万円で心臓を買えるのが高いかどうかなんて知らないけど、そもそも値段なんて付けられないものだろ。


「……やっぱり心臓が気になりますよね」


「そりゃ心臓が無ければ海が死んじゃうからな」


「……え?」


 海が呆けたような顔をする。

 

 いや、こっちが「え?」って感じなんだけど。なんでそんな顔をするんだよ。


加藤大樹かとうたいきさんのご病気は心臓に関するものですよね? 心臓のご購入をお考えになっていたのではないのですか?」


「違う!」


 確かに俺が助かるには心臓移植を受けるしかない。タイムリミットだってそんなに残されていない。

 だけど「じゃあ誰かを殺して心臓を奪おう」なんて考えになるわけないだろ。


 海はそんな当たり前のことにも気付けないような生き方をしているのかもしれない。

 そう思うとムカムカにジクジクとした痛みが混ざり出す。


「……あ! もしかしてエッチなこと考えてます?」


「違うってば」


 一番に気にすべきはそこじゃないだろ。


 傷を見る。痛々しい。それにその傷は、海が通常のやり方では子どもを産めない身体になってしまった証だ。


「お支払方法……ですか? 大丈夫です。大樹さんが30歳になるまでにご用意いただければ問題ありませんよ?」


「あーもー! わざとやってんのか!? 俺は海が心配なの! 海が傷付くのが嫌なんだつーの!?」


 言ってしまった。こんなの告白してるようなもんじゃねぇか。海に通じるか分からないけどな。


「……」


 沈黙が痛い。


「俺は買わないから! じゃあ帰るわ!」


「──待って」


 背を向けて逃げ出そうとした俺の手が掴まれる。


「ごめんなさい。そんな風に考える人に会ったことがなくて気付けなかった」


 それはある意味地獄なんじゃないか。会う人全てが自分を都合の良い内臓タンクとして扱うってことだろ。最悪じゃねぇか。


「……ありがとう。優しいんだね……」


「別に普通だろ」


 どう考えても内臓を嬉々として買う方がおかしい。


「私にとっては普通じゃないよ」


 そういう言い方されると言い返せない。


 海が俺を引き寄せ、抱きしめる。俺の方が少し背が低いから、海の頬が頭に当たる。

 頭がチカチカする。

 今更ながら海が裸だって認識させられる。彼女の肌は温かい。呼吸の度に触れる肌が自己主張する。

 

「ねぇ」


 やけに熱っぽい息を多く含んだ声だ。


「……なんだよ」


「大樹君には生きていてほしい」


「心臓は買わねぇぞ」


 海がふふっと笑う。


「……やっぱりエッチなこと考えてる」


「!? ちがっ」


 口を手で塞がれる。


「いいの」


 意識が溶けてしまいそうだ。


 いつの間にか海の唇が触れていた。





 





 







 次の日、俺が目を覚ますと公園のベンチに居た。


 ここは……。


 家の近所の公園だ。


 夢……? あんなリアルな夢なんてあるのか? でも、夢って言われた方が納得がいく。


「……温かったな」


 思い出したら恥ずかしくなってきた。冷静に考えると法律的に問題があるんじゃないか? 別にいいけど。


「帰るか」


 トボトボと歩いて家に帰ると、母さんが血相を変えて出てきた。


「大樹! あんたどこ行ってたの!?」


「あー女のとこ?」


 俺の主観では嘘ではない。しかし母さんには通用しないようだ。怒りゲージをぶち破る音が聞こえた気がした。


「ぶざけないで! もう会えないかと……ぅぅ」


 えー泣くの。そこまでかよ。


「ごめんごめん。これからは気を付けるよ」


 海のことは夢か現実かも分からないけど、なんとなくもう会えないんじゃないかって思う。

 

 しかしその予想はすぐに否定された。













「この傷は……」


 シャワーを浴びようと服を脱いだら、胸部に大きな傷ができていた。縫われたような痕がある。


 まさか、な。いくらなんでも一晩でなんてありえない。


 でも俺の心臓はドクドクとうるさい。


 後日、病院で検査をしたら余命宣告が撤回された。

 医師も俺の身に何が起きてこうなったのかを理解できていないようだった。

 しかし、俺の病が跡形も無く消えていることだけは確からしかった。

 

 海の心臓だ。


 医学的な根拠なんて無い。少なくとも俺はそんなの理解していない。でもそんな風に思う。


 海に会いたい。


 どこに居るかは分からない。海の家もどうやって行ったらいいか分からない。連絡先も知らない。そもそも生きているかも分からない。

 でも俺は絶望していなかった。

 何故なら海は言っていたからだ。

 30歳までに支払えればいい、と。つまり、いつか俺の下にお金を貰いに来るかもしれないってことだ。


 また……。




 













 今になって思い返しても、出来の悪い怪奇官能小説の様だと思う。しかし、理性的な部分とは別に彼女の形を求めてやまない獣が、私の中に居るのも確かだ。

 

「奥さんの肺は持ってあと3ヶ月です」


 若い医師が私に告げる。小綺麗な身なりが育ちの良さを感じさせる。そんな先生だ。

 私が黙していると先生が何かを勘違いしたのか、また一段と穏やかな声で続ける。


「覚悟はしておくべきです。しかし、まだ移植の可能性がゼロになったわけではありません。あまり思い詰めすぎないように」


 私をおもんぱかろうと努力しているのがよく分かる。

 優秀な医師だが、こういうところが私は嫌いだ。私が歪んでいるからだろう。
















美咲みさき、話がある」


 妻は一人きりの病室で読書をしていた。長い髪がページに乗っている。邪魔ではないのだろうか。


「……余命のこと?」


 決して飛び抜けて美しいわけではない。それでも一途に私を愛してくれる姿は、幾分か魅力的に映る。

 そんな彼女も死期を察していたようだ。私もそうだったからよく分かる。「自分のことは自分が一番分かってる」といった言葉は、医師を否定する際の常套句だ。

 しかし、時に真理になり得る。

 今が偶々その時だった。それだけだ。


「……すまない」


「なんで謝るのよ。大樹は悪くないでしょ。むしろ私が『ごめんなさい』だよ」


 彼女が言っているのは、付き合い始めた時から肺の疾患を抱えていたことだろう。私はそれを知った上で彼女を受け入れた。

 彼女は身体が強くない。両親を始め親族の多くが、様々な病に侵され、若くして亡くなっている。遺伝的に問題があると考えるのが妥当だ。


 ぎこちない笑みを浮かべる彼女の側へ行く。


「分かっていて君を選んだんだ。謝らないでくれ」


「でも──」


 彼女の言葉を遮るように唇を押し付ける。数拍おいて、彼女の舌が私の口内を蹂躙し始める。


 分かっていて君を選んだ。それは嘘ではない。


 一頻り唾液を混ぜ合わせ、そして唇が離される。

 彼女が堪えきれないといった趣で言葉を吐き出す。


「愛してるわ」


「……俺も愛している」


 しかしこれは嘘だ。

 

 だから、また唇を重ねる。

















 3日後に私は30歳になる。

 金は用意してある。

 妻の親族は早死にではあるが資産家だ。何らかの分野に非凡な才能を持つ者が多く、ビジネス、芸術、発明と金に困らない一族だ。

 当然、金目当ての輩も多い。最初は私もその類いだと思われていた。

 しかし物質的なことを求めずに、只管ひたすらに彼女と彼女の身体だけを求め続ける内にその疑いは晴れていった。


 十分に彼女の依存を手に入れて、結婚を互いに意識するようになった頃、私はあの日の怪奇を彼女に告げた。

 勿論、海との交わりの件をあえて言うようなことはしていない。

 

 胸の傷をなぞりながら私の告白を最後まで聞いた彼女に私は問うた。


──信じられないかもしれないが、俺には600万円の借金がある。結婚すれば美咲に迷惑を掛けてしまう。


──都合の良いことを言っている自覚はある。だが、それでも俺は君を愛している。


──結婚してほしい。


 私の最低なプロポーズに彼女はとうとう吹き出した。


──いやぁ、まさか大樹がお金目当てだったとは……。こりゃ一本取られましたわ。


──でも、もうあなた無しでは生きていけない。酷い人ね。


──仕方ないから結婚してあげるわ。600万くらいちょっとしたお小遣いよ。


 彼女は自らの病という負い目を隠す為にわざとおどけていた。私にはそのように見えた。もしかしたら私の都合の良い幻想であったのかもしれない。


 私たちは結婚した。

 彼女が体調を崩し、家事はおろか自分のことさえも儘ならなくなることがしばしばあった。しかし私に不満は無かった。彼女の世話をすることを不快に思ったことはない。

 むしろ彼女の方が恥ずかしそうにしていた。

 そんな生活を続けていくと、彼女が存在を信じる私たちの絆が、彼女の中でのみ強固なものとなっていった。


 ことある毎に彼女は愛を告げる。

 それが私に対する疑いと不安から来ている行動だと、本人は気付いているのだろうか。














 病院の駐車場に停めてあるステーションワゴンのドアを閉め、家路に就こうとした時だ。


 コンコンコン。


 あの日と同じく、ドアガラスが軽くノックされる。

 逸る気持ちを抑え、ゆっくりとそちらに顔を向ける。


 そこには私が求めてやまなかった少女が居た。

 海には時の流れなど関係無いようだ。あの日と変わらず、15歳程の外見のままだ。


 美しい。


 改めてそう思わせられる。

 窓を開ける。


「こんばんは。代金の徴収に参りました」


 海に笑い掛けられるだけで全てを奪われたかのような錯覚を覚える。


「用意はできている。だが、少し話がしたい」


「ふふ、いいですよ。昔話でもしよっか」


 それは勘違いだ。私がしたいのは過去の話ではない。


「車に乗ってくれるか?」


「……本当は駄目だけど」


 そう言って、海は助手席に乗り込む。


「これは大樹君の趣味?」


 海が指差すのは、デフォルメ化された花の刺繍があしらわれたクッションだ。それは妻が選んだ物だ。私の趣味ではない。


「そうだ。変か?」


「ふーん、私もまだ脈有りってことかな」


 私から離れたのは海だ。その言い草は腑に落ちない。

 

 車を走らせる。


 暫く狭い空間を沈黙で満たしていたが、唐突に海が切り出した。


「話って何?」


「単刀直入に言う。海が欲しい」


「……」


 また静かな時間が流れる。


「……ごめんなさい。それはできないの」


 本当に申し訳無さそうに海が言った。


 落胆はある。しかし予想はしていた。

 あの日、たった一晩ではあったが、私たちは通じ合えていたと思う。それなのに海は私の前から姿を消した。連絡先を教えるどころか、別れの言葉も無かった。

 何か事情があるのだろう。姿が変わらないことからも伺えるが、海は私たちとは違う法則の中に在る。

 だから私たちがどれだけ愛し合おうとも、一緒になることはできない。


 そんな気はしていた。


 だからある意味偽の本命は別にある。


「そうか。では別の願いがある」


 別の願いと聞き、海が不思議そうな顔をする。


「肺を買いたい。金はある」


 狐につままれたような顔を見せる。そのような間抜けな表情をしているにも関わらず、海には蠱惑的なエロティズムがある。

 

 欲しい。海の全てが欲しいのだ。


「……お買い上げありがとうございます。……それは奥さんの為かな」


「やはり知っているか」


「知ってるよー。ラブラブらしいねー」


 むくれた顔の意図するところは分かりかねる。


 それからも車を走らせた。


 どれくらい運転しただろうか、気が付いたら一度だけ訪れたことがある海の家に到着していた。どこをどのように運転したのか分からない。しかし現実は理解とは別のところに存在している。


「さ、上がって。お茶くらいは出すわ」


 海の後に続き、家に上がる。

 他愛も無い会話をしながら紅茶を飲む。

 海がふと思い出したかのように本題を持ち出す。


「肺の移植はお急ぎですか」


「一月以内にはやりたい」


「かしこまりました」


 これでいい。


 身体の弱い、肺が使い物にならない女を妻にしたのは、彼女の一途な愛に惹かれたからではない。妻を幾度となく抱いてきたが、愛したいと思ったことはただの一度も無い。


 妻は入れ物なのだ。


 彼女ならばすぐに臓器移植を必要とするだろう。親戚の例に倣うなら、2、3年以内には他の臓器も廃棄を余儀無くされる筈だ。

 そうなればまた海から臓器を移植すればいい。再度別の臓器が壊れたら、再度海から移植すればいい。

 私はそれを繰り返したいのだ。


 私が子どもの頃に受けた心臓移植では、拒絶反応等の不都合な現象が起こらなかった。そこから推測するに海から移植してもらえば、臓器移植の濫用らんようをしても害は無いと思われる。


 海の臓器を可能な限り妻に入れていく。


 そうすれば重要な部品が海の物で構成された人間が完成する。


 それはもはや、今、妻の立場に居る女と同一ではない。私が求めていた、今、目の前に居る美しい少女に最も近づいた女が出来上がるのだ。いや、「近づいた」ではない。海だ。海そのものが完成するのだ!


 私は海を手に入れる。

 私が抱いてきたのは海なのだ。これから伴に生きていく女も海だ。名前の思い出せないあの女ではない。

 愛している。あの日から海だけを愛している。

 

 海……。




















「目を覚ましたようね」

 

 霧が掛かったような思考が、次第に鮮明になっていく。

 手足が動かない。動かそうとしても、何かに固定されている。


「これはどういうことだ?」


 海の表情は少し沈んでいる……のだろうか。はっきりとは分からない。


「大樹君……」


「……」


「あなたの気持ちに応えることはできない」


 海の唇が軽くふれ、離れる。


「私が義務を果たす為には不老でいなければいけない。それには臓器の入れ替えが必要なの」


 拘束され、寝台に寝かされているところを見るに、その入れ替える臓器を私から調達しようというのか。

 

 大きな驚きは無かった。

 だが、一つだけ気になることがある。


「……俺は選ばれたのか。それとも──」


 誰でもよかったのか。

 

 そう訊く前に今度は強く唇を押し付けられる。躊躇いがちに舌が挿入される。

 結局、もどかしい口付けのまま終わってしまった。海の唇が遠くへ行ってしまう。

 しかし、海が私の最も欲していたメロディを奏ででくれた。


「……愛してる」


 それ・・が答えか。


 チクリとした痛みを覚えた。意識が崩れていく。

 最期に見た海は、やはりうつくし……。




 


 



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