第6話

 公園には西日が差し、ジャングルジムの影が長く地面に伸びている。

 そのてっぺんで、まだ三歳くらいの子供が夕日に向かって歓声を上げている。

 朝木が近付いてよく聞くと、それは歓声ではなかった。叫びだった。

 子供はママー、ママーと母親を呼んでいるのであった。

 子供がこちらを振り向いた。その顔には見覚えがあった。

 眼鏡をかけ、日に焼けた丸顔、西日のせいか、目がぎらついているように見える。

 それは虎田先輩だった。


 目を覚ますと、見慣れない天井が見えた。電子音が聞こえる。ICUだと気付くのに数秒かかった。ベッドで酸素マスクをしていてもまだ呼吸が苦しい。

「朝木さん、起きてますか」

 防護服姿のナースが来て言った。

 喉が渇いている。水が欲しいと言うと、マスクを外してチューブで飲ませてくれた。

 あの後、体温を測るとすぐに保健所に電話した。最寄りのクリニックを紹介された。

 リーダーに連絡すると、事情を話さざるを得なくなった。ラインでブチギレられた。お前ら一体何やってんだ。反論する気力はなかった。

 翌日の夕方にクリニックでPCR検査を受けられた。どうも、そこで意識を失ったらしい。気付いたら病院のベッドにいた。ここでも聞き取り調査を受けた。スマホも提供した。追跡アプリは入れてなかったが、位置データが役に立つらしかった。

 症状は酷かった。呼吸は苦しく、機器に繋がれ、断続的に眠った。意識を失っているのか区別が付かなかった。延々と悪夢を見ているような気がする。内容は覚えていない。しかし、病院にいることの安心感は大きかった。

 再び目を覚ますと、声が聞こえた。近くに誰かがいるらしい。

「大体キャバクラで感染するとか、バカじゃないの」

 防護服姿のナースが二人で、何やら作業をしていた。再び眠りに落ちた。


 「大体お前さあ、凜ちゃんと濃厚接触し過ぎだろ」

 「いやいや、先輩だって、結構触ってたじゃないですか」

 見渡す限りの草原を先輩と歩いている。空はどんよりと曇っていた。

 前方に川が見えた。船着き場に小舟が停泊している。船頭が待っていた。船に乗った。

 先輩は船着き場に立ち尽くしている。

 「あれ、先輩は」

 「いや、俺は行けないんだ」

 船が出ると、先輩が言った。

「すまんな。俺を恨むなよ」

 遠ざかる先輩の姿は、まるで迷子の子供のように淋しそうに見えた。

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自己愛性ブラックwithコロナ 朝木深水 @shinsui_asagi

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