35話 バレンタインで問題発生④

 多目的室に着くと、もうすでに花と陽菜が来ていた。


2人は、何かを話していたらしく、椅子に座って向かい合っていた。


 俺たちが中に入ると、その存在に気づき、声をかけてくれた。




「お、やっと来た」


「悪い、遅れた」


「ごめんね、遅くなっちゃって」


「別にいいよ。私たちもお話してたから」




 そうして、俺たちはそれぞれ定位置に座った。




 基本的にいつも後ろに下げられている机の上で寝ている陽菜だが、今日は珍しく座っていた。本当に珍しいな。




「じゃぁ、そろそろ学年末テストも近くなってきたし、今日はテスト勉強するか」


「そうだね、今度こそは120位脱出を目指すよ!」


「お、おう…」




 そう意気込んでいる花蓮だが、恐らく無理だろう。彼女にはそう言う呪いがかかっているのだ。きっと。




「そうだね~確かにテスト近いもんね~」


「私も早野くんに負けられないからね!」




 陽菜も花も、やる気がある返事だった。うん、ほんとに陽菜がやる気満々とか雪が降るぞ。


 しかし、陽菜がやる気なのはとても気になる。それに、花の手紙の件も…。


 俺がそんなことを考えていると、陽菜が花蓮に話しかけた。




「ねぇねぇ、花蓮。ちょっといい?」


「え?う、うん。大丈夫だよ、陽菜ちゃん」


「あのさ、今日一緒に帰らん?」


「え?う、うん。いいけど…それなら匠君と花ちゃんも……」


「いやさ、それがちょっと人に言えない内容でさ……ゴニョゴニョ」




 そして、陽菜が花蓮の耳元で何かをささやいた後、花蓮は何かを納得したような表情になり、俺に顔を向けて口を開いた。




「ごめん、匠君。今日は陽菜ちゃんと寄り道して帰るから、一緒に帰れなくなっちゃった」


「あ、あぁ。全然大丈夫だぞ」


「ごめんね~早野。花蓮、貰っちゃって」


「いや、あげたつもりは断じてない」


「え~。まるで花蓮が早野の所有物みたいじゃん」




 イラっとした。こいつ、俺を恥ずかしがらせて面白がりたいのか、それともイライラさせて面白がりたいのか分からない。後者なら成功だ。おめでとう。


 しかし、大人である俺には、この行動の理由が分かっていた。恐らく、花のためだろう。


 俺が花の手紙通りに行動をとるとすれば、必然的に花蓮と離れなくてはならない。そのための、作戦なのだろう。まったく、何考えてるのか分からない天才だ。




 そんな感じで、今日は4人で仲良く勉強をした。途中で脱線もしたが、なかなかに充実した勉強をすることができた。


 そして、俺はいつも通り鍵を返しに行くために、花蓮たちとバイバイをした。




「校舎裏、か。花が他のやつに絡まれる前に、早くいかないとな」




 俺はいつもより少しだけ早足で、職員室に向かった。








━時は少し遡り、2月13日日曜日。とある街のとあるマンションの一室にて。




「花、明日結局どうするの?」


「あ、明日?」


「そう、明日。バレンタインデーやで?」


「そ、そっか…」


「早野に渡すんやろ?」


「そ、そのつもりだったんだけど、やっぱり花蓮ちゃんもいるし、私なんかが渡したら迷惑かな、って…」




 花は少しだけ顔を俯かせる。


 そんな花に、陽菜は優しい口調で語り掛けた。




「別に、迷惑なんかじゃないと思うで?」


「え?」


「だってさ、花蓮は花蓮で確かに可愛いしいい女の子だと思う」


「そ、そうだね…」


「でもね、花。別に花が花蓮に劣ってるわけじゃないやん」


「え?」


「花蓮には花蓮の、花には花の、それぞれのいいところがあると思うねん」


「私には、私のいいところ?」


「そう。例えば…なんだかんだあったけど、ずっと一途に1人の男の子のことを思ってるところとか?」




 陽菜は優しい口調から、少しだけ意地悪な口調に変えてそう言った。


 すると、花はカッと顔を赤くして、反抗した。




「ちょ、ちょっと。からかわないでよ!」


「ごめんごめん。花があまりにも自信んなさそうやったから、自信も足してあげようと思ったんよ」


「もう!陽菜ちゃんはいっつもそうなんだから」




 そして、花は頬を膨らませてそっぽを向いた。


 そんな花を見ながら。陽菜は話を続けた。




「でも、確かに普通に渡すってのはちょっとハードルが高いかもね~。何せ、花は男女からモテモテの学校1の美少女だからね~」


「そ、そのあだ名何なの?いつからそんなのできたの?」


「え。花が入学してからすぐやけど…」


「え、何でそんなこと知らないの?一般常識だよ?みたいな口調で言うの!知らないよ、そんなの!」


「それもそうやね~。自分の噂なんて普通耳にするもんちゃうしな」


「そ、そうだよ…」


「まぁ、でもどちらにしろハードルは高いな」


「う、うん。そうだね…」




 花は黙り込んでしまった。


 そして、そんな花を見ながら、陽菜はある提案をした。




「手紙なんてどう?」


「て、手紙?」


「そう、手紙。朝早く学校に行って、早野の下駄箱に手紙を入れておく。そして、その手紙で放課後呼び出す。みたいな感じ」


「な、なるほど…。でも、何だか恥ずかしいな……」




 手紙を書くことを考えると、あまりの恥ずかしさに書く前から緊張し始める花。


 そんな花を見て、陽菜は少しだけきつめの口調で花の名前を呼んだ。




「花!」


「は、はい!」


「悩んでたら、何にも始まらんで」




 陽菜の言う通りだった。


 確かに、何もしなければ何も始まらないのだ。悩むなら、やらずに後悔するより、やって後悔した方が100%得だ。


 だから、花は決心をした。




「陽菜ちゃん。私、書くよ。手紙!」


「そうそう、その意気やで」




 そうして、花は手紙を書き始めた。


 その後、書きあがったものを封筒に入れ、翌日の早朝に早野匠の下駄箱に手紙を入れた。






━時は少し進んで2月14日月曜日。昼休み、教室にて。




 いつも通り花蓮と匠が一緒に食堂に行こうとして、匠がスマホを見て慌てて花蓮を置いて飛び出していったのを横目で見ながら、花と陽菜は小声で話し合っていた。




「花。今日1日早野を見てたけど、確かにあいつは手紙を読んでたで」


「そ、そっか。それは少しだけ安心したかも」




 花と陽菜は、手紙を書いて下駄箱に入れたところまでは良かったものの、肝心の中身を匠本人が読んでいるかという所が不安要素だった。


 そのため、花だと怪しまれるので、陽菜が代わりに匠の様子を確認していた。そして、確実にようんでいることを確認した。




「花、後は本番を残すのみやで」


「う、うん。そうだね…」


「部活の時に、適当な理由付けて花蓮のことは連れて行くから、1人で頑張ってな」


「う、うん。ありがとう、陽菜ちゃん」


「いいよいいよ。花の努力を無駄にせぇへんためやからな~。頑張りや?」


「うん。頑張る!」




 そんな感じで、花と陽菜は、引き続き作戦会議をつづけた。






 そして、時は現在まで戻る。




 職員室に鍵を返し、駆け足気味で校舎裏まで来た俺は、すぐに花の元に駆け寄った。




「悪い、花。ちょっと遅くなった」


「ぜ、全然いいよ、早野くん」




 俺は、少し期待の籠った感情で、花に問いかけた。




「そ、それで、今日はどうしたんだ?」


「えっとね、早野くん…」


「う、うん」




 俺は花の言葉の続きを促す。


 花は、何かを言おうとして、そしてまたひっこめると言った感じの行動を何度かした後、ようやく声を出した。




「早野くん、えっと…コレ!」




 それは、期待通りの物だった。


 ピンクの水玉が入った少し大きめの小袋は、明らかにバレンタインのチョコレートだった。




「これ、もしかしてバレンタインの?」


「そ、そ、そう!バレンタインのやつ」


「手作りなのか?」


「う、うん…一応……」


「マジか!スゲー嬉しい」




 俺は、素直な気持ちを伝えた。


 まぁ、まずあの花から貰えたということに対してと、いつも仲のいい女子から貰えたと言う事に対してだ。


 本当に昔の俺はチョコはりせと母さんにしかもらっていなかったので。今の俺を見たら羨ましさで血の涙を流すかもしれない。




「食べてもいいか?」


「う、うん。いいよ」




 俺は、花に許可をもらってから袋をそっと開けた。


 中には、チョコケーキがいくつか入っていた。


 俺はそのうちの1つを丁寧に取り出し、かぶりついた。




「ん!うまっ!」


「ほ、ほんとに?」


「うん。めっちゃうまい!」


「良かった…おいしくないかもって心配してたから」


「そんな、おいしくないかもなんてレベルじゃねぇぞコレ。普通に店で出してもいいレベルだよ」


「そ、そんな。大げさだよ、早野くん」




 花はそう言っているが、嘘ではない。実際、どれだけ手間暇かけて作ってくれたのか分かるほどのものだった。ただの友達である俺に、こんなに素晴らしいものをくれるなんて。本当に、花は優しいなと思った。




「そういやさ、花」


「ど、どうしたの?早野くん」


「手紙とか、その内容ってさ、やっぱり田神に促されたのか?」




 俺は、疑問というか、確認程度のつもりでそう聞いた。




「あはは…バレちゃってたんだ。何か、ちょっと恥ずかしいかも」


「いやさ、気づいたのは今日の部活での田神の行動で、だから、花が何かしたわけじゃないぞ?」


「そ、そうだったんだ。でも、やっぱり手紙って恥ずかしいね」


「そうだな。俺は書いたことないけど、たぶん恥ずかしいと思う」




 実際、書いてみようと思ったことはあるのだが、あまりの恥ずかしさにすぐさまゴミ箱に丸めて捨てた記憶がある。




「その経験を積んだ花には、もしかしたらテストで負けるかもな…」


「もしかしたらじゃないよ、早野くん。絶対に私が勝つんだよ?」


「むむ。またやりますか?勝負」


「そうだね、やろっか」


「じゃぁ、罰ゲームは相手の頼みを1つ聞くってやつでやるか」


「そうだね、じゃぁ、それで行こ!」


「負けないからな?」


「望むところだよ」




 俺たちは、校舎裏で少しだけ火花を散らしながらにらみ合った。


 そして、そのまま勉強のことについて話しながら、一緒に帰った。


 学校から2人で帰るのは、これが初めてだった。






 そして、そんな2人を校舎の陰から見送っているのは、言わずもがなこの人。田神陽菜である。




「やっぱり、早野と花の方もなかなかにお似合いなんだよね~」




 そんなことを呟きながら、陽菜は後ろの気に向かって声をかけた。




「で、そんなところで盗み見とは趣味が悪いなぁ~」




 そして、陽菜にそう言われた木の裏に隠れていた人物は、ゆっくりと姿を現した。




「それを言うなら陽菜ちゃんもだけどね…」


「そう言われるとそうやなぁ、上村」


「花蓮ちゃんは?」


「忘れ物したって言って、先にファミレスに行ってもらってる」


「確かに、ある意味忘れもんだな」


「そう言う上村は?」


「トイレ行ってきますって言って抜けてきた」


「そこまでして盗み見する?」


「まぁ、匠のことだからな。親友として見守ってやりたいって言うかな」


「花蓮推しじゃなかったの?」


「別に花蓮ちゃん推しではないさ。あれだけ覚悟があって一途なら、応援したくもなるし。それに…」


「それに?」


「俺は匠が幸せになれる相手ならそれでいいと思ってるから」


「あくまで早野推しやねんな」


「まぁ、そうとも言うかな」




 康晴と陽菜は、互いに少しバカにしたような口調で話した。




「あと、俺はもう無関係じゃないからな」


「そうやね」


「1度関わったなら最後まで責任をもって見届けないとって思うし」


「あの件についてはありがと」


「いえいえ」




 あの件というのは、今日の昼休みの話である。




 匠に教科書を借るために来た康晴は、教科書を鞄からとるついでに、手紙の存在と状態を確認していたのだ。


 そして、手紙はあり、封は空いているということを確認し、そのまま陽菜に報告したのであった。


 陽菜は、手紙を書くと決めたすぐ後から、康晴に連絡をして頼んでいたのだ。そして、そのために少しばかり内容を教えたので、無関係ではなかった。




「花ちゃんも、少しずつだけど前に進んでるな」


「そうやね。子供の成長を見てる感じやわ」


「ハハ。その例え方分かりやすいな」


「せやろ?」




 そんな感じで笑い話をしていた2人だったが、両者ともにさすがにこれ以上は悠長にしていられないので、区切りをつけることにした。


 そして、その別れ際に、陽菜は何かを思い出しように康晴を呼び止めた。




「あ、そうや上村」


「ん?何?陽菜ちゃん」




 そして、陽菜は上着のポケットから小さな袋を取り出し、康晴に渡した。




「はい、バレンタインチョコレート」


「え?………もしかして、ほんめ…」


「義理だけど、親友仲間ということで、これからもよろしく」


「即答かよ…まぁいいや。サンキューな、陽菜ちゃん」


「お返し期待しとくで?」


「あ、あぁ。任しとけ」




 そう言って康晴は今度こそ部活に戻った。


 取り残された陽菜は、自分の顔が少し熱くなっていることにも気づかずに、校門の方へと向かった。








 花と別れた後、すぐに自分のマンションに向かった俺は、もう1通メールが届いていたことに気が付いた。


 その内容は、読まずとも分かった。部屋の前にくれば。




「ドアノブに駆けるなよ……」




 そこには紙袋が2つぶら下がっていた。


 俺は両方とも持って中に入った。




中に入り、メールの内容を確認すると、何故2つあるのかの理由が分かった。




━匠ちゃんへ




 お母さんうっかりして平日なのを忘れちゃってて昼に家に来ちゃった。




 だから、お母さんからの分と、うちに配達で届いた沙恵ちゃんからのチョコ、置いとくからね。




 愛しの母より






 最後のは余計だと思った。が、まさか沙恵がそんな手間を欠けてまでチョコを送ってくれるとは思わなかった。


 俺は、今日貰った全てのチョコを冷蔵庫や冷凍庫に入れ、長かった1日の疲れのまま、そのままベットにダイブした。




 本当に色々あった1日だったが、なんとか乗り切ることができたと思い、俺は瞼をゆっくりと閉じていった。意識は、そう遠くないうちに落ちた。

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早野くんと問題だらけのラブコメ 天川希望 @Hazukin

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