34話 バレンタインで問題発生③

 教室に着くと、そこはほぼいつも通りだった。


 案の定というか、男子はソワソワとしている。あからさますぎる。




 やれやれと思いながらも、俺は少し辺りを見回した。


 そこには花蓮の姿がなかった。どうやらどこかに行っているようだ。


 後は、いつも通り陽菜と花が一緒に話してて、正午はスマホでネット小説を読んでいる。こいつはリアルの女に本気で興味がないのだろう。ルンも、今は恐らく生徒会室だ。


 俺は、花との約束が少しだけ気になってはいるが、それよりも早く花蓮からのチョコを受け取りたいと思っていた。だから、ご飯を食べることも忘れて、花蓮を探しに出かけた。




「昼休みが終わるまでざっと30分程度か」




 俺は廊下にある時計を見て、そんなことを呟いた。


 廊下を歩いていると、ちょうど1組の前を通りかかった。そして、何気なく中をのぞくとそこでは、机の両側のフックにパンパンに詰まった袋をかけている町田の姿があった。それに加えまだ手にチョコを持った女子の軍団に囲まれていた。ほんと、モテる男はつらいなと少しだけ同情を抱いた。




 しばらく歩いて、ある程度校舎を見て回ったのだが、どこにも見当たらず、もしかして何かあったのではないかと心配になってきた。




「変なことに巻き込まれてなければいいけど……」




 そう言えば、そうだ。


 今日、何回にもわたって俺に話しかけてくれていた。


 俺は勝手にチョコの話だろうと思っていたけど、もしかして何か相談事があったのかもしれない。


 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。




 階段や校舎裏、そして、先ほどまで俺がいた体育館裏などを探した。しかし、特に問題といったことは無く、花蓮の姿も見られなかった。




 俺は、もしかしてあいつらが連れて行ったのかと思い、第3会議室のある旧校舎へときた。


 しかし、第3会議室には花丸会のメンバーしかおらず、「チョコ、おいしかったですか?」と言う仲居の発言のせいで、畑と那留が驚きと怒りの目で俺をにらんできたと言うプチハプニングはあったものの、結局花蓮の姿は見られなかったし、情報もなかった


 だから、俺は逃げるようにその場を後にしてついでに旧校舎も詮索することにした。


ここはほとんど人が立ち入らない校舎なので、ここに呼び出されている可能性もあると思ったからだ。


しかし…




「いないな…」




 結局、花蓮はいなかった。というか、そもそも人すらいなかった。


 俺は、心配のしすぎかと思い、教室に帰って昼飯を食べることにした。






 昼休みが終わり、昼休みと5限目の授業が始まるまでの間の5分間休みが始まったころ、花蓮はようやくかえって来た。


 しかし、花蓮の様子が少しだけおかしかった。




「お帰り、花蓮」


「あっ。た、匠君」




 明らかに何かに動揺したような驚き方をしていた。




「どうしたんだ、花蓮?なんか変だぞ?」


「え、え?そ、そうかな?べ、べつにフツウダト思うよ?」


「……」




 明らかに変だ。何だろう、何か後ろめたいことがあると言うか、何かを隠していると言うか……。そんな感じだった。




「やっぱ変じゃないか?顔も耳まで真っ赤だし…」


「そ、そう?」


「うん……」




 はっきり言おう、花蓮は変だ。


 まず、入ってきた時から変だと思ったのは、顔は真っ赤で少しだけ涙目になっていたからだ。


 そして、明らかにいつもと違う話し方に、片言で話すと言う状況。明らかに変であることは確かなのだ。


 しかし…花蓮が理由を言わない。つまり、何かを隠したいのなら、それを俺が言うように促すのは少し違と思う。だから、俺は聞かないことにした。




「まぁ、いいや。それで、どこに行ってたんだ?」


「え、う、うん。えっと、友達と食堂に行ってたよ」


「なるほど、そこは盲点だった」


「え?盲点?どういうこと?」


「あぁ、いや。こっちの話だから気にしないでくれ」


「う、うん」




 まぁでもとりあえず、花蓮が安全なところにいたことが分かったので、よしとしようと思い、俺は自分の席に着いた。






 その後の2時間は、何事もなく過ぎ去った。


 強いて言うなら、5限目と6限目の間に康晴が教科書を返しに来たことくらいだ。何でも、昼休みに借りに来たのだが、俺がいなかったため勝手に借りていったらしい。それ普通にアウトだと思うんだけどな。


 そして、そんな退屈な2時間が過ぎた後、ついにその時が来た。




 それは、終礼が終わり、部活のために多目的室に行こうと教科書などを鞄に入れ、席を立とうとしたときに訪れた。




「た、匠君。この後、ちょっとだけいい?」




 頬を赤らめ、恥ずかしそうにそう言う花蓮。あぁ、いとおしい。


 そんな可愛い彼女からのお願いに、断る理由などない。まぁ、どんな頼まれ方をしていても必ずついて行ったが…。


そんなことは置いといて、だ。花蓮が放課後に俺をこっそり呼び出している…。つまり、ようやく、念願の、花蓮からのバレンタインチョコをいただけるときが来たと言うことなのだろう。


俺はそう思うと、少しだけ緩みそうな口元を、必死に抑えながら花蓮に答えた。




「お、おう。全然いいぞ」


「良かった~。ありがとう」


「い、いえいえ」




 ん、ん?なんか、俺の思ってた反応と違うような…。何というか、こう、断られる可能性があったと思ってるのか?最近仲のいい俺たちに限って、だ。実際、昔の花蓮なら可能性はあったかもだけど…。


 少し不安に思いながら、俺は花蓮と一緒に旧校舎に向かった。






 旧校舎には、これまたアニメチックな鍵のかかっていない物理準備室があった。


 俺と花蓮は、そこに誰もいないことを確認し、二人でそっと入り、鍵をかけた。


 鍵自体は壊れているわけではなく、内側からしっかりと掛けられた。教室などについているものと同じだった。恐らくだが、物理講義室と直接つながっているため、そこのカギを開け、中から開けるのがセオリーなのだろう。


しかし、俺が入学してから、1度も物理講義室が使われたところを見たことが無い。


 実際、この物理準備室が空いている噂も、俺が入学した当初から出回っており、恐らく教師の耳にも入っているはずだ。それでも空いているので、もはや閉める気が無いのか、そもそも鍵が壊れていて閉められないのかの2択でしかなかった。そして、本日をもって前者であることが分かった。




「た、匠君…」


「ん?ど、どうした?」




 俺が鍵のことについて考えていると、花蓮が俺の名前を呼んだ。俺は、その声ではっと我に返り、花蓮に顔を向けた。


すると、花蓮は顔を赤らめて、上目遣いで、もじもじしながら俺の顔を覗き込んできた。


や、やべぇー。破壊力が半端ねぇ…。




「あ、あのね、匠君」




 俺があまりにも可愛すぎる花蓮に見惚れそうになっていると、花蓮が話始めた。




「きょ、今日はさ、色々と、その……忙しかった、みたいだね!」




 花蓮は、何故だか分からないが、恥ずかしながら、少しだけ語尾を強めてそんなことを言った。


 俺は、意図が読めなかったが、少なくとも今日1日花蓮に迷惑をかけたことは確かだったので、謝ることにした。




「そうだな。ごめんな、花蓮。今日、俺に何度か話しかけてくれてたのに、聞くこともできなかったし、昼飯も一緒に食べれなくて」


「えっ。う、うん。そ、うん。べ、別に、その、怒ってるって言うか……」


「え、どういうこと?」




 どうやらはずれだったようだ。確かに、謝ってほしそうな態度ではなかったし、それならわざわざこんなところまで呼び出したりはしない、か。


 しかし、それなら全く理由が分からない。というか、本当に何でこんなところに呼び出したのだろうか…。


 俺は、待ったく、さっぱり、これっぽっちも分からなかったので、「うーん」と唸り声をあげそうな程考えていた。




「え、えっとですね。つまり、その、端的に言いますと……」




 俺が考えていると、花蓮は、すごく恥ずかしそうにしながら、どうにか強めの口調で話していると言った感じで俺にそんな言葉をぶつけてきた。




「は、はい」




 俺は、少しドキドキしながら話の続きを促した。


 はたして、このタイミングで何を言われるのか。まったくもって検討が付かない状態で、およそ5秒程沈黙が続いた。そして、花蓮の口からようやく放たれた言葉は、俺の想像などできるレベルのものではなかった。






「す、少し、寂しかったなぁ~と言うか……その…嫉妬しちゃうと言うか…す、拗ねちゃうぞ!って感じ…です……」






「へ?」




 俺は、とてつもない程すごく間抜けな声を上げた。


 顔は耳までゆでだこのようになっており、目を見るのが恥ずかしくなったのか、そっぽを向いている。何というか、その、めっちゃ可愛い。


何を言い出すかと思えば、今日少しばかりほっておかれたから寂しいと言い出した。可愛いを通り越してもはや可愛すぎる。できることなら全世界に伝えたい。俺の彼女はこんなに可愛いんだぞ!って。それぐらいだ。


 俺がそんな感じで完全に意識が遠のいていると、花蓮は恥ずかしがりながらも、何とか言葉を繋いだ。




「こ、このままだったら私、寂しくて、寂しくて泣いちゃいそうだー」




 が、すごい棒読みだった。感情を捨てた。まさにそんな感じだった。


 これで、さすがにおかしいと気づくのが普通なのだが、今の俺は普通ではない。花蓮のあまりの可愛さに、意識が半分飛んでいるのだ。だから、俺は、花蓮をどうにかしてあげようと必死だった。




「そ、そうなのか…。じゃ、じゃぁ、何すれば、いい?」




 傍から見れば、何で傷心の相手に、どうすればその傷が治りますかなんて聞いてるんだバカじゃないのかと思われるかもしれないが、この時の俺では何も考えることができなかったので、仕方がない。許してほしい。


 そんな俺の質問に、花蓮はまた一段と顔を赤らめてこう答えた。




「そ、そうだなー。き、キス………とか?」


「……………………え?」




 俺は、あまりにも唐突なそんな要望に、少してんぱった。そう、だからだ。俺の頭はついに思考というものを手放してしまった。




「……い、今のなし!い、今のは、その、本音で、えっと、その……」


「い、いいよ。分かった」




 俺は、花蓮が我に返り発言を取り消しているのも聞かずに、了解の一言を言い、花蓮の小さな方に、両手を置いた。


 そして、ゆっくりとそのつやのある綺麗なピンク色の唇に、自分の唇を近づけていった。




「え、えっと、その、これは、違う久手…。いや、えっと……」




 そして、花蓮は少してんぱりつつも、この展開を飲み込み、瞼をゆっくりと閉じて、完全に受け入れ態勢を整えた。


 そして、2人の唇は、瞬く間にピタッと吸い付いた。




 決して深くはない、唇が触れ、お互いが少し押し付け合う程度の、それはそれは浅いキスを、2人は10数秒程して、唇を離した。




 その瞬間、俺の手放していた思考が戻ってきた。そして、今していたことを思い出し、俺は顔から火が出るほど顔を真っ赤にして、花蓮に誤った。




「わ、わ、悪い。俺、ちょっと思考が飛んでて…じゃなくて、その、ごめん」


「そ、そんな、謝らないで。そ、そもそもこれは私が頼んだことだし…それに、これは私の本音から出たものだったし…」


「……」


「……」




 そして、俺はハッと気が付いた。


 今、本音って言ったよな…。てことは、さっきまでの今まで花蓮が言ったこともないようなセリフは、もしかして……。


 俺は、その疑問が正しいのか、本人に聞いてみることにした。




「か、花蓮」


「な、何かな…匠君?」


「花蓮さ、誰かに何か言われたのか?」


「……はい」




 花蓮は、少し黙り、すぐに認めた。


 何があったのかと思い、話を聞くと、こんな感じだった。




 今日の昼休み、久々に友達と昼ご飯を食べた花蓮だったが、「今日は彼氏と食べないの?」と聞かれて、今日はなんだか用事ができちゃったらしいから、と伝えたらしい。


 すると、その友達のうちの1人が、何を思ったのかこういったらしい。




「それ、女かもしれないね」




 それに便乗した他の友達たちも、「早野君って、見た目もそこそこいいし、勉強できるしなぁ~」「しかも今日はバレンタインだしね~」などなど、そんなことを言われたらしい。


 そして、もしかしたら他の人と親密な中になって、別れることになるかもなんて言われたらしく、そこで花蓮は起こったと言うか、少し頭にきたらしく、少し大きめな声で、今までのデートでの出来事などなどを、洗いざらい吐いてしまったらしい。


 そして、それを聞いた友達たちが、にやにやとしているのをみて、ハッと我に返り、恥ずかしさで顔を真っ赤にしたらしい。




 それから、一応のためだと言われ、今回のことをやるように促されたらしい。その内容が、あまりにも恥ずかしかったので、教室に入った時までまだ顔が赤かったらしい。






「なるほどな。そう言う理由だったのか」


「う、うん。ごめんね、匠君」


「いや、いいよ、別に。用事が出来て、一緒に居られなかったのは俺の方だし」


「う、うん…」




 少し気まずい雰囲気になったのだが、これだけは伝えておかないといけないと思い、俺は今日の出来事を、簡潔に伝えた。




「へぇ~。夢叶ちゃんと、彩羽ちゃんからもチョコをもらったんだ」


「う、うん。何か、いつもお世話になってるからって…」


「そっか…」




 やっぱり怒って、る?俺はそんな気がして少しソワソワした。




「も、もしかして、怒ってる?」


「え!うんうん。怒ってないよ?」


「そ、そうなのか…よかった」


「ただ、最初に渡せなかったのは少し残念だな、とは思ったけど」


「すまん。教室入る前から貰うとは思ってなくて」


「うん。でも、仕方ないよ」




 そう言って、花蓮は鞄の中から袋を取り出した。




「はい。匠君。手作りだからあんまり美味しくないかもしれないけど、どうぞ」


「あ、ありがとう。花蓮」




 俺はそう言って、花蓮からチョコをもらった。




「た、食べてもいいか?」


「う、うん…」




 俺は、居ても立っても居られなくなり、丁寧且つ迅速に袋を開け、中身を取り出した。


 中にはいくつかのゴルフボール程のチョコが入っていた。俗に言うトリュフチョコレートと言うやつだ。


 俺は中から1つ取り出すと、そのまま口に運んだ。


 口の中に入ると、それは消えるように溶けていき、口の中を幸せな香りでいっぱいにさせた。




「うぉー。これはうまい!めちゃくちゃおいしいな」


「そ、そっか。それなよかった~。」




 少しばかり緊張していたのだろう。花蓮は、ホッと安堵していた。




 これだけおいしいチョコを、彼女が俺のために手作りしてくれたと考えると、おいしさがさらに上がり、ますます嬉しくなった。


 しかし、そんな悠長に幸せな時間に浸っているわけにもいかず、花蓮が口を開いた。




「そろそろ部活行かないとね」


「お、おう。そうだな」




 部活があることを完全に忘れていた俺は、急いで鞄をとり、花蓮と一緒に多目的室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る