33話 バレンタインで問題発生②

 2限目の終了のチャイムが鳴るのと同時に、俺は第3会議室から飛び出した。


 飛び出したのは、べつに急いでいたからではない。あの場所から1秒でも早く離脱したかったからだ。




「はぁー。ほんとにやってらんないよ、あいつら……」




 俺は大きめのため息をつきながら、廊下を歩いていた。


 授業が終わるまで暇だったので、会議室で花丸会のメンバーの話を聞いていたのだが、今回の件について聞いたとき、これよりも大きなため息を吐いてしまった。


 仲居が言うにはこういった内容だった。




 俺たちが初めて対峙したあの日、仲居は俺を信じると言って他の奴ら、主に後輩たちが渋々引き下がったのだが、どうやら未だに腑に落ちていなかったようで、もしかすると花からバレンタインのチョコをもらっているのではないかと思い、俺がトイレに行った隙を盗んで鞄の中をあさっていたらしい。


 そして、妙な手紙を見つけて中を読んでみると、花がチョコを渡すと言う内容だったため、ほら見たことかとなり、手紙を盗み、代わりに脅迫状を置いて出て行ったらしい。




 いやさ、予想はしていたけど、いざそうやって直接言われると、すごく非常識なことをされているなと改めて思った。


 まず、人の鞄を勝手にあさるとか、もはや犯罪に近いのではないだろうか?しかも人の物を盗んでるし…。


 結局、手紙は返してもらえたので、お咎めは無しにした。綺麗に保管されていたことも許した点の1つだ。さすが花の手紙、他人あてでも丁寧に扱う所が素晴らしいと少し関心した。


 なんてことを考えながら、俺は3限目には必ず間に合わせるために、少しペースを上げて教室へ向かった。






 教室に着くと、「どうしたの?」とか「何かあったの?」とかいろいろと聞かれたが、少し頭が痛かったから保健室で休んでいたと、ありきたりな言い訳をしてごまかした。もちろん、本気で心配している奴なんて誰もいないし、疑ってくるやつもいなかった。ただ1人を除いては。




「匠君、何があったの?2時間目が始まる前、何かすごく慌てた様子だったから」


「あ、あぁ実はな、ちょっとめんどくさい事が起きてて、そのめんどくさいことを解決するために2限目をさぼって戦ってたんだ」


「そ、そうなんだ…。何だかお疲れ様、匠君」


「あぁ、ありがとう。花蓮」




 全て包み隠さず話してしまうことはさすがにできなかったので、俺は嘘を言わずにやんわりと答えると、花蓮はとりあえずめんどくさいことがあったのだろうと察してくれて、労いの言葉をかけてくれた。ほんと、優しすぎるだろ、俺の彼女は。




「あ、あのね、匠君…」




 俺が、自分の彼女にほれぼれしていると、その彼女である花蓮が、最近あまり見なくなった少し恥じらったような、ためらったような表情で、俺に話しかけてきた。




「どうしたんだ?花蓮」


「あ、あのね、今……」




『キーンコーンカーンコーン』




 花蓮が何か言おうとしたとき、タイミング悪く始業のチャイムが鳴った。




「あ、授業始まっちゃったね…」


「そうだな」


「じゃぁ、また後で言うね」


「お、おう」




 そう言って、花蓮は自分の席に戻った。




 何を言うつもりだったのだろうか。まぁ、もしかしたらチョコの話だったのかもな。まぁ、それなら今すぐじゃなくても大丈夫だろう。だから、花蓮も後でにすると言ったんだろう。




 そんな、ことを考えながら、俺は3限目の世界史の教科書とノートを準備した。






 後で、と言われたものの、4限目は体育で、素早く移動して着替えなく手はいけなかったので、この休み時間でも聞くことができなかった。まぁ、内容があらかた予想できているため、別に構わないのだが…。




 そして、時は昼休みまで進んだ。


 昼休みが始まり、みんなお弁当を友達と食べるために席を移動したりしている中、俺たちは最近安定化している食堂へ向かうために移動の準備をしていた。


 まさにその時だった。




『ピロン♪」




 可愛らしい音が俺のズボンのポケットから聞こえてきた。メールが届いたのだ。


 普段なら、確認しないのだが、今回は何となくしておくべきだと思ったのか、スマホを取り出してメールを開いた。そして、俺は思わず顔を引きつらせた。


 メールの内容はこうだった。




━せんぱ~い




 今日の昼休み、体育館裏に来て下さい!




 もちろん来てくれますよね?




 今もう待ってます!




 そう言えば、今日はとても寒いですね。凍えそうです。




 先輩、プレゼントの件、忘れてませんよね?




 可愛い可愛い後輩より。






「……」




 言葉が出なかった。


 いつまでプレゼントの件引きずるんだよ!とも思ったが、確かに貴重なクリスマスイブに来てもらったり、年明け早々に来てもらったり、割と無茶なお願いを受け入れてもらったので、もう少し返してもいいとは思う。


 しかし、いちいち脅迫じみた文章を送ってくるのは勘弁してほしい。というか、もう脅迫文はこりごりなのだ。




「匠君、食堂に行こ……って、どうしたの?また何かあったの?」


「は、ははっ…すまん。どうやら今日はついてないみたいだ」


「………………そっか、分かった。なるほど…。匠君、お疲れ様です」




 花蓮は、少しの間疑いの目で俺を見つめていたが、俺が隠し切れないほどの引きつった顔を見て、「あ、コレまた面倒ごとに絡まれたんだな」と察してくれたようだ。本当に、今日は花蓮に申し訳ないな。まだ花蓮からのチョコも貰ってないのに…。




「行ってらっしゃい」


「行ってきます…」




 そう言って、俺は駆け足というかむしろ全力で体育館裏に向かった。


 花蓮の表情が、少し曇っていることには全く気付かずに…。






「はぁ、はぁ、はぁ」




 今日はやけに走る機会が多いためか、息を切らしてしまいながらも、何とか体育館にたどり着いた俺は、夢叶を探して体育館の裏へと回った。




 体育館裏には、1つの人影があり、それが夢叶であることはすぐに分かった。




「遅かったですね、先輩」




 そうやって、ジト目で見てくる後輩に、俺はイライラを隠す気もない口調で言い返した。




「これでも全力で飛ばしてきたんだが?」


「でも、昼休み始まってからもう5分も経ってますよ?」


「そもそもお前からの連絡が来たのも昼休み開始から2分程経っていたが?」


「もういるかな?と思って来てみたら、まで来てなかったから連絡したんじゃないですか」




 何を言ってるんですか?みたいな口調でそんなことを言うので、俺は夢叶の脳天にチョップを繰り出した。




「痛ッ!ちょっと、何するんですか先輩!」


「え、いや、なんて言うか……むしゃくしゃしてやった」


「先輩はどこぞの犯罪者ですか?」


「すまん、正当な理由がこれぐらいしか見つからなくてな」


「いや、そもそもそれも正当な理由じゃないですけどね」


「話は変わるが今日はいったいどんな用事なんだ?」


「えっとですね、今日は…って、なに話逸らしてるんですか!」


「お前ってそんなにツッコミできたんだな」


「突っ込まずにはいられないからですよ、今日の先輩は」


「そうか、なるほどな」




 そんな感じで少しだけ俺の鬱憤も晴らすことができ、尚且つ本題に入れそうな雰囲気になったので、俺は少しだけ満足していた。


 夢叶は、大きなため息をついた後、渋々と言った感じで本題に入った。




「今日はですね、バレンタインなのでチョコを渡しにきました」


「うん、そうか……って、何?もう1回言って?」


「だ、か、ら、匠先輩にバレンタインチョコをあげに来たんです」


「え、まじで?夢叶が?俺に?」


「そうですよ~?嬉しいですか~?」




 俺が、あまりに唐突過ぎる出来事に、半分パニックになっていると、夢叶は意地の悪い笑みを浮かべて俺をからかってきた。まったく、後輩のくせに生意気だな。




「まぁ、そうだな。嬉しいよ、夢叶」


「…ッ!」




 俺が素直に感想を伝えると、思っていたのと違ったのか、一瞬で顔を真っ赤に染めた。


 俺は、それが少し面白くて、からかってやろうかと思ったが、そこは先輩としてぐっとこらえた。




「食べてもいいか?」


「は、はい…いいですけど……」




 からかう代わりに、俺は夢叶のチョコを食べることにした。


 可愛らしい包みから取り出すと、黒ベースの金で文字の書かれた箱が出てきた。それを見て、市販の物かと思ったのだが、その箱を開けると、中身は手作りされたガトーショコラが入っていた。


 そのうちの1つを取り出して、口に運んだ。




「んっ!うまいな、コレ」




 第一声はうまいだった。ガトーショコラ独特の、あのしっとりとした感触が、しっかりと再現されており、口の中でとろけてチョコの風味が広がっていった。




「コレ、夢叶の手作りか?」


「は、はい。そうですけど…」


「スゲーな。正直びっくりした。めちゃくちゃおいしい」


「あ、ありがとうございます…」




 いつもの小悪魔的な後輩が、今日はやけにおとなしい。


 夢叶は、顔を耳まで真っ赤にしてぼそぼそと何かを呟いた。






「買い物ついでに好みきいて、手作りしたかいあったかも…」






「え?なんて?」


「な、何でもないですよ。寒くなってきたので校舎に入りませんかって言っただけです」


「あぁー。確かにな、俺まだ飯食ってなかったから早く戻らないとな…」


「そうですね、では、お先に失礼します」




 俺が夢叶の意見に賛同して帰ろうと提案すると、夢叶はそう言って、1人で先に帰ってしまった。




「え、一緒に行かないのか?」




 俺は1人でそう呟いたのだが、よくよく考えれば、それでよかったのだ。だって、もし夢叶と一緒にかえっていたら、変な噂が立っていたかもしれない。


 だから、俺は少し遅れて教室に戻ることにした。




「寒いな…」




 今日は2月14日。もうすぐ冬も終わろうかと言う時期なのに、まだまだ寒さが残っている。


 なのに、少しだけ顔が熱いのは、肌を刺すような風のせいか、それとも他に理由があるのか…。


 だが、俺はそう言うことを考えるのはやめた。なぜなら、俺には最愛の彼女がいるからだ。




「夢叶がモテるのも、少しは納得できるかもな…」




 俺は、頭がよくて顔も良しの夢叶が、1年の中で1番モテていると言われていることに、少しばかり納得してしまった。もちろん1番可愛いのは花蓮だけど。そこだけは譲らないけど。




 そんなことを考えながら、俺は疲れたのでゆっくりと歩いて教室へと向かった。


 もう1通メールが届いていることには気づかないで…。

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