32話 バレンタインで問題発生①
2月14日。それは、世の中の男にとって、最も大きなイベントだ。
もちろん、女性にとっても一大イベントであることには違いない。しかし、だ。このイベントにおいて、女性は渡す側、男は受け取る側。要するに、力関係は女性がわに軍配が上がるのだ。
先に言っておこう。男子はほとんどがこの日のことを意識している。意識していないのは、精々女に興味のないやつだけだ。いわば特殊なのだ。
カッコつけて「俺、別にチョコとか興味ないし」なんていってる奴は、いざチョコを渡すと言われたら、きょどってしまう。
何の意地なのか知らないが、受け取りますオーラを出しておけば、女性陣も気楽に渡せるのに…。
まぁ、そう言うやつは彼女がいないからそうなるのだ。まったく、可愛そうなまでだ。
俺?俺は、残念ながら、そうじゃない側の人間だ。要するに、戦いが始まる前から勝利しているのである。
最愛の相手から確定でチョコをもらえる。なんて素晴らしいんだバレンタインは!
と、昨日まではそう思っていた。
まさか、今日、こんなことになるとは思っていなかったから…。
事件前日。2月13日日曜日。23時43分。
「明日は、2月14日。バレンタインだな~」
ニヤニヤしながそう言ったのは言わずもがな、この俺、早野匠だ。
まぁ、そうなるのも無理はないだろう。何せ、この日になると、去年のことを思い出すのだ。
バレンタインだというのに、学年トップクラスの女子軍団と、康晴とで何も考えずに遊びに出かけて、人生で初めて好きな人からバレンタインチョコをもらった日だ。
よく考えたら、あの日から、花蓮は俺のことが…。
おっと、にやけてなんかないからな。絶対にひひ…。
「今年は、本命がもらえるのか…。緊張してきたな。どうんな風に渡されるんだろ?さりげなく?それとも呼び出されたりして?はぁ~。早く寝よ」
そんなことを考えながら、俺は時間をかけながらも、何とか眠りにつくことができた。
後に、あんなことが起こるとも知らずに……。
事件当日。2月14日月曜日。
今日は天気が良く、久しぶりにカラッと晴れてた日だ。相も変わらず極寒だが…。
そんな天気の中、俺は学校の校門を潜り抜けた。
「おい、お前何ソワソワしてんだよ」
「は?してねぇよ。お前こそさっきからキョロキョロ周り見渡して誰探してんだよ」
「は?誰とかじゃねぇよ」
「何焦ってんだよ。どうせお前も伊藤さんだろ?」
「おま…って、もってことはお前もか」
「へへっ。ったりめぇだろ」
「だよな~」
「義理でもいいから欲し~」
遠くから、健と祐一郎の声が聞こえてくる…。何か、久々に聞いたな、この2人の声…。
そんなことを考えながら、俺は下駄箱に向かった。
「なんだコレ…」
下駄箱に付き、いざ靴を履き替えようとしたその時、既視感を感じる物がそこに入っていた。
「また、手紙か……しかも、今までのとまた違う封筒だな…」
俺はその手紙を手に取ると、スッと鞄の中にしまった。
トイレに行って読もうかとも迷ったが、また以前みたいに花蓮が近くに居たらまた変な誤解を生んでしまうかもしれないから、今回は授業中にでも読むことにする。まぁ、さすがに朝から何かお願いされるとは考えにくいしな…。
そんなことを考えながら、俺は教室へと向かった。
「あ、おはよ。匠」
「ん?あ、おはよう、りせ」
教室に入ろうとドアノブに手をかけたとき、りせが声をかけてくれた。何だか久しぶりな気がする。
そんなことを思いながら振り返ると、りせが何か鞄から取り出して、俺に渡してきた。
「はい、コレ」
「お、おう。ありがと…う!?」
それは、チョコだった。
紛れもなくバレンタインのチョコだろうと思われる袋に入ったチョコだった。
「俺宛か?」
「もちろん。だから渡したんだけど」
「ぎ、義理か?」
俺が、少しばかり踏み込んではいけないような質問をすると、りせは、少しにやっとしながら答えた。
「さぁ?どっちだと思う?」
「すまん、俺が悪かった」
「……。まぁ、今回は許してあげるよ。じゃぁね、また」
「おう、また」
少し、大人になった?というのだろうか。幼馴染みの成長が見れて、俺は少しだけほっこりとした気持ちで今度こそ教室に入った。
1時間目、開始5分後。
先生の監視が少しずつ緩くなりだすこの時間帯に、俺は件の手紙を机の中で開けて、ゆっくりと出した。
そして、中身を読むと……とにかくやばかった。
━早野くんへ
今日、渡したいものがあるから放課後、部活の後に少しだけ時間をください。
できれば、2人っきりになれる場所がいいので校舎裏に来てください。
伊藤花より
「……」
爆弾だ。この手紙は間違いなく爆弾だ。
俺は、初めにそう思った。
だって、あの花の手紙というだけで、まず間違いなくすさまじい価値がある。ましてやその内容と今日と言う日。間違いなくバレンタインのチョコを渡してくれる感じだ。
「やべぇな、コレ…」
俺は思わず小さな声で突っ込んでしまった。
それくらいの案件だ。
しかし…普通に嬉しい。仲のいい友達から、チョコをもらえると言うのは良い。これからも仲良くしようと言ったことを言われているようで、嬉しい。
でも、何があってもこの手紙を他人に知られる訳にはいかない。いや、そもそも手紙を人に見られると言うこと自体がいけないのだ。だから、俺はこの手紙をそっと封筒にしまい、かばんの中にしまった。
1時間目が終了し、少しソワソワしている男子がいる中、俺は別の意味でソワソワしていた。だから、俺は足早にトイレに向かった。
そう、これがいけなかったのだ。トイレに行ってしまったことが…。
トイレから帰ってきて、俺は次の授業の用意をしようと鞄を開けた。すると、その中に、それはそれはとても読みやすい太い字であることを書かれた紙が入っていた。花の手紙の代わりに。
あることというのは……
『今すぐ来い。花丸会」
「やらかした」
俺はそうボソッと呟くと、次の授業の準備も忘れてダッシュで第3会議室に向かった。
第3会議室というのは、校舎の中でも古い方の校舎にある、誰も使わない名前だけの会議室だ。だからなのか、そこのカギを一昨年の春から占領し続けているものがいるらしい。そう、花丸会会長の仲居彩羽だ。
つまり、第3会議室と言うのは、花丸会の活動本部と言うことなのだ。
俺は、会議室の前に着くとバン!と言う音が鳴りそうなほど勢いよく扉を開けた。すると、その中には4つの人影があった。
「貴様、覚悟はできているんだろうな?」
「嘘ついてたら分かるんだからね?」
「……私ではフォローできませんわ」
「…」
俺を見つけたとたん、その4人はチェックメイトと言わんばかりに迫ってきた。だから、俺は踵を返して逃げることにした。
その選択はきっと間違っていなかっただろう。なぜなら、次の瞬間には元々俺がいた場所に、シャーペンが突き刺さっていたからだ。え、突き刺さってる!?
「何逃げてやがんだよ」
「いや、逃げるだろ、普通」
「二股野郎が」
「断じて違う、俺には花蓮しかいない」
「そうやって、口では簡単に言えちゃうんですよね~」
「そうなると俺には弁解の余地がなくなるだろうが!」
「私、ぜひとも早野さんの言い訳を聞きたいのですが」
「言い訳って言うなよ。言い訳になるだろうが」
「なんでもいい!貴様はやはり花様を汚す男だ!」
「くそ!何でこうなった!」
そう言いながら、俺は全力でその場から逃げ出した。
途中、2時間目の始まるチャイムが鳴ったのだが、そんなことはお構いなしといった感じで追いかけてきた。しかも、追いかけてきているのは畑のみだ。他の奴らは抜け駆けして授業に戻りやがったな!
しかしまぁ、幸いなことにもこの校舎は部活以外では使うことのない校舎なので、今は誰もいなかった。もちろん、それはつまりこの校舎意外には先生や生徒がうじゃうじゃといると言うことになる。しかも授業中。だから、この校舎以外には逃げられないのだが…。
「本気で逃げられると思ってたんですか~?」
「げっ…」
階段を上った先で、待ち構えていたのは那留だった。
「授業に行ったんじゃ…」
「授業?そんなの基本受けてませんよ?寝てますし、いても一緒ですから」
「おい!せめて包み隠せ!堂々と言うな」
「うるさいですね…もう観念してぼこぼこにされて下さい」
「嫌に決まってるだろうが!」
そんなことを言いながら、俺はきた道を戻ろうとした。しかし、そこにはすでに追いついてきた畑の姿があった。
「お前足速すぎ…」
「貴様がそれを言うか…」
いやいや、お前女だろ。とは言わなかった。というか、言えなかった。それくらい追い込まれていた。
あ、コレ俺がやられるやつだ。という結論しか出ない。絶体絶命だ。嫌だ、今年は彼女持ちで初めて迎えたバレンタインなのに、そんな日が最後だなんて嫌だ…。(もちろん少し重めのけがだけで済むのは当然なのだが…)
「ま、待て、話し合おう。実際俺は何もしてないんだからさ」
「うるさい。貴様が花様と恋愛的な意味でお近づきになろうとしていることは見え見えなんだ!」
「そうですよ~?まぁ、花様からあんな手紙をもらえる程お近づきになっていたことについては、少し褒めてあげてもいいですけどね」
「お前ら、頼むから話を……」
俺は、必死に命乞いをしたのだが、生憎聞く耳を持っていない2人には届かなかった。
俺は、最悪少しくらい手を出し手でも、重症だけは避けようと、本気でそう考えていたると、フィナーレの合図が宣言された。
「これに懲りて反省するんだな!」
あ、やられる。そう分かって、俺が目を瞑り、右ストレートを受けようとしたその時だった。
「おやめなさい。紗月、那留」
「「!?」」
静止の声が響いた。
俺を含め、全員がその声の聞こえてきた上に顔を向けた。
「今回の手紙は、間違いなく花様から早野さんに向けてチョコレートを渡すために書かれたものです。しかし、それは決して悪いことではないのではないでしょうか?」
そんな、透き通るような美声が、階段の上から徐々に大きくなりながら聞こえてくる。
そして、ついに姿を現したのは、紛れもなく仲居彩羽だった。
「彩羽さん。それはどういうことで?」
「えぇ。説明いたしますわ。なぜかと言うと、それはつまり彼女持ちであり、絶対花様を汚さない相手に、花様がチョコレートを渡すからです」
「で、でも、それはこの男が花様を汚したからなんじゃ…」
「いいえ、そうではありません。花様自身が選んだものです」
「そ、それは…」
「花様を守り続けることは私たちの使命です。しかし、花様がとる選択を、邪魔するのは私たちのしていい事ではありません」
「あっ…」
諭すように語る仲居。これは、なぜか俺まで納得させられてしまった。
変人の集団だと思っていた花丸会だが、会長はそこまで頭がおかしい人間ではなかったようだ。
「だから、早野さんを話してあげてください」
「は、はい…」
そう言われて、ようやく俺を開放してくれた2人は、スタスタと第3会議室の方へ戻っていった。俺は「何故教室に行かない!」とは意地でも突っ込まなかった。
「それで、改めまして、早野さん」
「な、何だ?」
「先ほどは2人が迷惑をかけて申し訳あるません」
「いいよ、別に。結局何もなかったし」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って、仲居は深々と丁寧にお辞儀をした。所作が綺麗だなと思うのは、やはり黒髪のせいなのだろうか。
そんなことを考えていると、仲居がポケットからあるものを取り出して渡してきた。
「いつも花様を見守っていただいている感謝の気持ちです」
「え、まじ?」
それは、言わずもがなチョコだった。
「義理チョコ、ですね」
「…ある意味な」
俺は苦笑いをしながらも、決して突っ込まないと決めていたのだがどうしても少しだけ突っ込んでしまった。
そんなこんなで結局2時間目が終わるまで第3会議室で授業をさぼった俺たち。仲居が言うにはどうやら前川さんが俺たち全員が授業に出れないことを報告してくれていたらしい。まったく、その時の先生の顔を見てみたいものだ。
はたして、こんな出だしで俺は今日を乗り切ることができるのだろうか。そんな、変な心配をしながら、俺は第3会議室でため息を吐いたのだった。
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