世界は既に乾き始めたのだ

青日

21XX年 3月 X日


『──本日、南方の✕✕島が完全に水没しました。この島は半年前から浸水が進んでおり、完全に水没したことを今日、政府が発表しました。原因はこれまでに起きている十件と同様に地球温暖化による海面上昇だとみられています。今年に入ってから二件目と、かなりのスピードで進んでいます。そこで当番組では──』


 テレビの中ではアナウンサーが話を続けている。五年ほど前から始まったこの進水は当初「危険を及ぼすものではない」と言われていたが、年々進水によって沈む島は増加し続け、いつか島国であるこの国さえ沈んでしまうのではないかと心配する声も上がっている。

 だが、それに対する防止策は何一つとして提案されなかった。盛土をしたらどうか、高い建物を建てたらどうか──全てが後手の解決策。環境に良いものを使おうというキャンペーンがあった、しかしそうじゃないものの方が質がいいからとすぐに立ち消えた。原因物質の放出を抑えようともした、そうすると人間の生活に必要なものは大抵制限がかけられ、一年後には無かったことになっていた。

 今のこの生活が愛おしくて、手放せない。自然を費やし、自然を汚した末に、叫んだ。


「なぜ、こんなことが!」


 愚かな人間が。



 いつの間にか気づけば十の島々が既に海に眠った。たかが、いやされど。

 春風に乗って潮の匂いがここまでする。海からは遠く離れているというのに。そういえば遠くの砂漠で雪が降ったらしい。私は砂漠と砂浜が似ていると思う。ただ、砂浜はいつか海底になる。そして砂漠は砂浜になって、この世界は海になる。

 ノアの方舟でも作るか、なんて冗談はとっくに聞き飽きた。冗談じゃなくて本気の言葉だったとしてもそれを許す人間は居ない。

 もし自分がその船に乗れないことが確定しているのにその船の建造のために招集されるとしたら? 来るわけがないだろう。

 もし自分と名前も知らない誰かのどちらかしかその船に乗れないとしたら? 相手を殺してでもその権利を奪い取る──生き残るために。

 自分が救われるために他人を蹴落とす。ああ、これが人間の汚さか。朱に交わればなんとやら、そりゃあ自然も汚れるだろうよ。


 いつか私は死ぬ。

 そう遠くない未来、海に還る。

 たくさんの島が沈んで、たくさんの人が眠るこの海に。

 このくにが沈む時が私の生の全てで、このくにに縋った人間の罪。何十人も人柱にしたところで救われると思ったか。救われるわけがないだろう。

 全ては決まった結末に向かって走り出したブレーキのないジェットコースターのようなもの。路線変更も途中停車も何もない。ただひたすらに敷かれたレールの上を進んでいくだけで外から一切の妨害を受けない。何もしようがない、わかっていたことだろう。自然は人間にとって恵みでもあるが、脅威でもある。今日も今日とて世界は海に飲み込まれていく。

 人の心は優しさを無くし、愛情をなくした。乾ききった心に潤いはない。こんなにも世界に水は溢れているというのに。


 世界は既に乾き始めたのだ。

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世界は既に乾き始めたのだ 青日 @buleday

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