珍し過ぎる怒り

(あの男…………間違いなく、俺やマスターではなく、アキラを見ているな)


おそらく、先日感じた視線の主かもしれない。

さて、どうしようか……と考える前に、その男は動き出し、ティールたちの方へ向かって来た。


「ん? あの人……こっちに来てるよな」


「その様だな、マスター」


主人にどうすべきか相談する前に近づかれてしまった。

今からでも早歩きをする事は出来るが……どう考えても、声を掛けられて呼び止められてしまう。


「失礼、少しよろしいだろうか」


(この男……雰囲気や容姿が、どことなくアキラに似ているな)


シュッとした顔立ちに黒……というより、漆黒の髪色。

キリっとした眼と瞳を見て、ラストだけではなくティールも同じことを考えていた。


「えっと……俺たちに、何の用ですか?」


「私の名はヒツギ。そちらの女性に用があって声を掛けさせてもらった」


「アキラさんに?」


ティールは全く気付けていなかった。

声を掛けてきた男の雰囲気、顔……そしてヒツギという、明らかにアキラという名前と響きが似ている諸々の情報に引っ張られ、何故ヒツギが声を掛けて来たのか……全く構えられていなかった。


「あぁ、そうだ。アキラさん、と呼ばせてもらう。俺と……是非、付き合って欲しい。一目惚れだ」


「「「………………」」」


ティールやラストだけではなく、アキラも含めて三人共固まってしまった。

何故なら……現在、彼らが居る場所は……それなりに周囲に人がいる大通り。


どう考えても、告白する場所ではない。

そんな場所で告白をすれば、通行人たちの視線も集まってしまう。


「…………はぁ?」


そして三人の中で一番最初に口を開いたのは、ティールだった。


「あんた……いったい、いきなり何なんですか」


ティールは、アキラの彼氏でなければ婚約者でもない。

ただ、臨時でパーティーを組んでいる仲間、友人……一応パーティーのリーダー。

そんな存在であるため、ヒツギがアキラに告白したことに関して、あれこれ口を挟む権利はないのだが……ふつふつと怒りが湧いてくる。


「彼女に伝えた通りだ。先日、ギルドで一目惚れをした。動く前にギルドを出てしまった故にその時は声を掛けられなかったが、こうして出会えた。だから、また見失う前に想いを伝えたんだ」


そういう事ではない。

ティールはそういう事を聞きたいのではないのだが、上手く言葉に出してないため、そもそもヒツギに伝わる訳がなかった。


(こいつ……本当になんなんだよ)


本当に……本当にティールにしては珍しく、見た目云々などで嘗められたゆえのイラつきなどではなく、本当に珍しい部類の怒りが湧き上がってきていた。


「そうですか。そいつは残念でしたね。この人には既にそういう人が居るんだよ。だからさっさと諦めて消えてもらって良いですか」


「「っ!?」」


ギョッとした表情を浮かべる二人。


アキラは特に故郷に婚約者がいることを隠してはいない。

無許可でそれをヒツギに伝えたことに対して、ティールに思う所など全くない……ただ、普段のティールからは考えられない低い声と顔つきと言葉遣い。


それらに関しては、ラストも同じく珍し過ぎで驚きを禁じ得なかった。


「ふむ…………しかし、君の口ぶり的に、その人は今この場にいないのだろう………………であれば、僕にもチャンスがあるという事だろう」


「っ!!!!!」


またまた言葉に言い表せない怒りがティールの中で爆発した。


(こ、い、つ………………んの野郎、どこからそんな自信が湧いてきてるんだよ)


褒めたかった。

ティールは後に思う……あの時、豹雷と疾風瞬閃を抜剣しなかった自分を褒めたいと。


それ程までに、この時ティールの中で爆発した怒りは……栓のコルクが抜けるか否か、ギリギリのライン。

そのギリギリをラストも察したのか、事を治める為に主人の前に出た。

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