逆転の切り札
「二人とも、まだ昼食は食べていないよね」
「「はい」」
「良かった。それじゃ、移動しよう」
難病に侵されていたベティも本来は昼食に参加する筈だったが、まだ難病によって失った体力が元に戻っていない。
ベティ本人は一緒に昼食を食べたい、恩人に面と向かって感謝の言葉を伝えたいのだが、まだ満足に体を動かせる状態ではない。
「さぁ、おかわりはたくさんある。存分に食べてくれ」
二人の前には、いかにも冒険者好みの料理が多く並べられていた。
唾を……零れそうになった涎を飲み込み、ティールとラストは最低限のマナーを残し、全力でご馳走を食べ始めた。
(流石貴族の屋敷で料理を作ってる料理人! 冒険者の好みを良く解ってる!!!)
朝から動いていないので、そこまで腹が減っている状態ではない。
しかし、目の前の料理に……二人の食欲は止まらなかった。
最初に並べられていた料理だけでは当然満腹にならず、数回ほど料理人たちはおかわりの為に調理を続けた。
(やっ……ばい。さす、がに……ちょっと、食べ過ぎた)
訓練を行った後、冒険を行った後などであれば、腹七分目から八分目の間ぐらいだが、現在二人の腹は……確実に八分目を越えていた。
十には達していなかったが、少々まずい状況であることに違いはなかった。
「はっはっは! 良い食べっぷりだった。喜んでもらえたようでなによりだよ」
「いや~、本当に美味しい料理ばかりで、いつも以上に食べ過ぎてしまいました」
がっつり昼食を食べた二人は再度執務室に移動し、食後の紅茶を飲む。
(昼食前に飲んだ紅茶とは、何か違う……何と言うか、体に優しい?)
トリンス家に仕えるメイドが独自に開発した紅茶であり、アルクルの密かな自慢。
「さて、君たちを呼んだのは……これが本題と言えるかな」
そう言いながら、アルクルはメイドから一つの袋を受け取り、そこから……二枚の黒曜金貨を取り出した。
「「ッ!?」」
本日……二度目の衝撃。
大金を見慣れたとはいえ、黒曜金貨がこの場で出てくることは全く予想しておらず、観世園に虚を突かれた形である。
「単純だが、これは感謝の意を形にした物だ」
「…………」
言いたい事は解る。
金というのはとても単純な、感謝の意を表せる形。
しかし、ティールはプロの冒険者としての理性を総動員させ、口を開いた。
「……既に、ドラゴンの涙の報酬は受け取りました。なので、こちらは受け取れません」
「ふふ、若いのに本当にしっかりしているというか、こんな事を言うのは良くないと解っていても、そこら辺の令息たちよりも立派だと口にせずにはいられないね」
本当にそんな事、思っても口にしてはならない。
とはいえ、アルクルはどうしても追加で報酬を渡したい思いがあった。
「正直ね……娘の難病を治すために必要な薬の最後の素材であるドラゴンの涙は、もう手に入らないと思ってたんだよ」
岩窟竜の防御力と、ドラゴンという生物の生命力を考えれば、奇跡は起こらないと思ってしまうのも無理はない。
「そんな時、君たち二人が文字通り……偉業を成し遂げてくれた」
奇跡のカラクリに関して知った後でも、アルクルは変わらず偉業と称賛する。
「後ね……実は、ドラゴンの涙なんだけど……それなりの量が余ったんだよ」
「そ、そうなんですね……あっ、なるほど」
非常に納得がいった。
ドラゴンの涙はドラゴンを倒したからといって、簡単に手に入る物ではない。
そのため、とんでもなく高価な素材であり、薬の素材として非常に優秀。
(良いカードになるってことか……それなら、有難く受け取れるな)
当たり前過ぎる常識として、貴族というのは他の貴族たち全員と仲良しこよしではない。
冒険者にとってダンジョンがそうであるように、貴族の世界はまさに魑魅魍魎。
そんな世界で、ドラゴンの涙というカードは形勢逆転出来る切り札となりうる。
「分かりました。余りの涙は、自由に使ってください」
「理解してくれて助かるよ」
最後に握手を交わし、トリンス家のおもてなしは終了した。
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