一ミリも気にしてない
「俺とラストは平民出身です。なので、あまり堅苦しい挨拶と出来ず、あまり貴族との会話も好むタイプではありません」
ティールは初対面の執事に対し、先に伝えておかなければならない事を、真っ先に伝えた。
いきなり伝えられた言葉に驚きながらも、既にベテランを越えている執事はティールの意図を察し、明日は空いているかということだけ尋ねた。
「えぇ、空いています」
「ありがとうございます。それでは、十時ごろに迎えに来ますので」
執事は急いで屋敷に帰還。
面倒さをささっと済ませた主人に、竜人族の仲間は心配そうな声をかける。
「マスター、本当にわざわざ貴族の屋敷に行くのか?」
「俺だってあの執事さんに伝えた通り、行きたくないよ。疲れるだけだから」
自分の気持ちに素直なティールではあるが、先輩冒険者だったジンから、事前に貴族とは面倒な生き物だという話は聞いていた。
ドラゴンの涙の報酬という点に関して、アルクル・トリンスは二人に十分な報酬を渡している。
報酬である金額は黒曜金貨五枚と、文句のつけようがない金額であることは間違ない。
ただ……貴族の面子的な問題として、Aランクのドラゴンからドラゴンの涙を手に入れるという、難易度が高過ぎる依頼を達成した冒険者たちに対して……ただ報酬を払うだけで礼を済ませては、後々自身の首を絞める結果へとつながる。
(断れるなら断りたいけど、そんな事で貴族から恨みを買うのはちょっとな……礼を言われて、もしかしたら追加で報酬を貰えるかもしれない。おそらく利しかないんだ)
面倒よりも利の方が大きいと、何度も自分に言い聞かせる。
「向こうも向こうで面子があるんだ。俺たち冒険者と同じでな」
「娘の命を救った恩人に、面と向かって礼を言わなければならないということか……そういう意志があるのであれば、断るのもあれか」
「そういう事でもある」
その日はここ数日間と同じく次の目的地について情報を集め……翌日、約束通りベテラン越えの執事と数人の騎士が宿に現れ、二人を馬車に乗せて屋敷へと案内。
(礼を言われて、もしかしたら追加報酬を貰って……時間的に、昼食を一緒に食べるか?)
テーブルマナーに関しては、師の一人であるリリーに教わったため、一応出来ないことはない。
ラストも今まで値段がお高いレストランで他客の動作を見てきており、それらの動きを真似できないこともない。
「「ッ!!??」」
馬車が屋敷に到着し、二人が入り口前に足を進めると……門から少し離れた場所から屋敷の扉前まで、大勢の騎士や使用人たちが綺麗にズラっと並んでいた。
「「「「「「「「「「いらっしゃいませ!! ティール様!!! ラスト様!!!」」」」」」」」」」
「……えっと、これは?」
ティールの口から、思わず間抜けな声が零れてしまうのも無理はない。
騎士や従者たちがずらっと並び……二人の到着と共に一斉に入り口の方に体を向け、大きな声で二人に頭を下げながら歓迎の声を張り上げた。
その光景にリーダーだけではなく、パーティーメンバーも完全に脚とを止めて驚き固まった。
「お二人の活躍によって、ベティお嬢様の命は助かりました。感謝の表れと受け取っていただければ幸いです」
騎士、従者たちの心に……本当にこの二人が岩窟竜を? という疑問が頭に浮かんだ者はゼロではない。
それでも目の前にいる二人の冒険者がまさしく冒険をしたおかげで、ベティの命は助かった。
感謝の気持ちの前では、小さな疑問や嫉妬心など塵同然。
「さぁ、行きましょう。旦那様がお持ちです」
「あ、はい」
格好はいつもの戦闘服、皮鎧などは身に付けておらず、なるべく失礼がない服装であるとティールは思っているが、今になってちゃんとした礼服買えば良かったかもしれないと後悔し始めた。
「英雄殿、よく来てくれました」
玄関で出迎えたトリンス伯爵家の当主であるアルクルは二人の格好に関して一ミリも気にすることはなく、満面の笑みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます