普段なら零さないが……
「おう、ティールの兄ちゃん! あの姉ちゃんとの逢瀬はどうだ、った……」
「楽しんできた、か……」
ラストと一緒に会話を楽しんでいた冒険者がティールの存在に気が付き、ティールの方を見て声を掛けると……明らかに不機嫌な表情をしていた。
この時、冒険者たちから昼間から呑む酒は美味いぞと勧められたラストだったが、さすがに酒を呑むわけにはいかないと判断。
フラつくことなく席を立ち、直ぐにティールの元に駆け寄った。
「マスター、大丈夫か!? いったいどんな話を「落ち着け。別に大袈裟な内容じゃないから」そ、そうか……」
そう言いながらもティールの不機嫌な表情は全く変わらない。
そして先程までラストが座っていた場所の空いている椅子にドカッと腰を下ろした。
「……」
「てぃ、ティールの兄ちゃんも呑むか?」
ティールの目線がエールに向いていることが気付き、酒を勧める先輩冒険者。
(……いや、止めとこう)
こういう時に酒を呑んで嫌な事を忘れるべきなのかもしれない。
しかし、それはそれで色々と大事な物を失ってしまいそうな気がしたので、酒を呑んでモヤモヤを払いたい気持ちをグッと抑えた。
「ほら、ラストも座れって」
「あ、あぁ」
ティールに促されてラストも元の席に着くが、ティールの表情が変わらず不機嫌なままなので、先程までの様に盛り上がることが出来ない。
そこで先輩冒険者の一人が先程までの浮かれた気持ちを抑え、なるべくティールの神経を荒立てないように何があったのかを尋ねた。
「えっと……俺たちで良けりゃ、愚痴を聞くぞ」
スーパールーキーの表情を見る限り、ディリスとの二人っきりの会話でティールが不機嫌になったのは確か。
(もしかして、ラストと上手く付き合う手助けをしてほしいとか頼まれたか? まぁ、それはそれで不機嫌になる理由だよな)
先輩冒険者の考えは正確には違うが、大雑把にいえば合っていた。
だが、単純にラストと付き合うための橋渡しをしてほしいと頼まれただけであれば、自分の思いを伝える機会ぐらいは用意する。
結果は分かり切っているので、ここまで不機嫌な表情になることはない。
(何も知らない先輩たちに話して良いのかどうか……)
ディリスとの会話を全く関わりがない同業者に話しても良いのか迷うティール。
ここで会話の内容を話せば、常識人であればディリスは周囲から頭のおかしい女という認定を下される。
それはそれで可愛そうなので、普段のティールであればギリギリ感情を抑えて話さないという選択肢取れたかもしれない。
だが、今はモヤモヤやイライラがかなり溜まっている状態。
故に……ディリスといったい二人でどのような事を話したのか、全てぶちまけた。
「あぁ~~~……そりゃあ、あれだな。あの姉ちゃんが悪ぃな」
「全くだな。ティールの兄ちゃんが不機嫌になるのも当然だぜ」
「やっぱりそうっすよね……ということだから、今から八つ裂きにしに行くのを止めろ、ラスト」
先輩冒険者たちは全員ティールに同情した。
そんな先輩たちの反応にホッとしたティールは慌てず、暴走しそうになっているラストを嗜める。
「しかし、マスター!!! あの女はマスターのことを何も解っていない!!!!」
「解ってもらうほど深く話してないからな。とりあえず、俺に実害があった訳じゃないんだ。だから一旦落ち着け」
「ッ! …………分かりました」
ラストが一旦椅子に座ったことで、先輩冒険者たちだけではなくギルド職員達もホッとした。
(うは~~~~、ラストの殺気……マジでおっかないな。ちびりそうになったぞ)
(ティールの兄ちゃんが止めてなかったら、マジで八つ裂きにしそうな雰囲気だったな。ただ、あんな恐ろしい殺気を零すラストを落ち着かせるとは……こっちもこっちでエグい逸材だな)
先輩冒険者たちは改めてラストが自分たちに教えてくれたティールの武勇伝が真実なのだと納得した。
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