足りなかったもの

「それでも、あそこで反応出来たのはティール君も見事だよ」


イグラスはスカーレットリザードマンとティールとの戦いをしっかり観ていたので、ティールの腕が斬り飛ばされた瞬間、本当に終わったかと思った。


(被害を片腕だけに留め、そして激痛に耐えながら反撃。そして見事強敵を倒した……本当に凄い戦いを見せてもらったよ)


戦いの最中に痛覚が若干麻痺する。

その感覚はイグラスも知っており、何度も経験したことがある。


だが、今までの冒険者人生で腕を斬り飛ばされた経験はなく、その際の痛さがどれ程のもなのか……想像できない。


「あの時は……俺も本能と根性で動いてましたかね」


「はっはっは!!! やっぱり最後の最後は根性だよな! その感覚は解るぜ」


「ふっ、そうだな……あんまり無意味な感覚が正しいとは思いたくないが、それだけは解る」


ティールの様にブラッディ―タイガーやスカーレットリザードマンの様な強敵と戦ったことはないが、それでもCランクの冒険者。


イグラスたちも今までに幾つか修羅場を乗り越えてきた。

故に、修羅場を乗り越える最後の武器は諦めない根性だという気持ちは身に染みて知っている。


(根性か……確かに最後の最後はそれが必要かもしれないな)


まだ冒険者になって圧倒的に日は浅いが、ラストにもその感覚は解る。

解るからこそ……リザードマンジェネラルとの戦いで、自分に足りなかったものはその感情だと感じた。


(あの戦い…………本気でなかったわけではない。ただ、それでも気持ちの部分で少し負けていた……本当に、あの戦いで足りなかった部分は、何がなんでも勝つという気持ち……まさに根性だ)


気持ちだけで戦況が逆転するとは限らないが、それでもリザードマンジェネラルとの一戦では斬馬刀の能力が無ければ勝てなかった。


そう思っているラストには良い話を聞けた。


そして………死闘と言える戦いが終わったばかりだというのに、また強者と野生の戦いがしたいと思い始めた。


「ラスト……なんか、闘気が迸ってないか? もう戦場じゃないんだぞ」


「むっ、すまない。ただ、今回の戦いで俺に足りないものが分かった。それが嬉しくてな……また、強者と戦ってみたいと思った」


「変わった奴だな。いや、お前みたいに高い戦力を持ってる奴なら、それが普通なのかもな。それで、ラストに足りなかったものってのは何だったんだ?」


「先程マスターたちが話していた根性だ」


ラストの答えを聞いた先輩冒険者たちだけではなく、会話に耳を傾けていたDランクのルーキーたちも驚いた表情になり、手に持っていたフォークやスプーンを落としてしまった者もいた。


「……ラスト、それは真剣に言ってるのか?」


「あぁ、勿論真剣だ。根性があれば……あの戦いを、武器の性能に頼らず勝てていたかもしれない」


イグラスたちやイギルたちも、根性という思い、感情が大事だというのは解っている。

しかしラストがあまりにも真剣な表情で答える為、ちょっとしたギャグなのかと思ってしまった。


「そりゃ……うん、そうだったかもしれないな」


ティールがラストに貸した斬馬刀がそこら辺に転がっている武器ではなく、一級品の武器だということは経験から分かっていたが、ラスト自身の力が並ではないのも生の戦闘を観て知れた。


なので先輩冒険者たちはラストが斬馬刀の力を借りずとも、リザードマンジェネラルという強敵を倒せたかもしれない。

その可能性を否定しなかった。


「俺はマスターの剣で盾だ。もっと……強くならなければな」


「……ラスト、お前がそうやって俺を心配してくれるのは嬉しいけど、あんまり俺の楽しみを奪うような真似はしないでくれよ」


ラストほど強者との戦いを好んではいないが、それでも強敵との命を懸けた戦いはティールを恐怖のどん底へと叩き落とすのではなく、自然と胸を高鳴らせる。


ティールの返しを聞いてイグラスたちが吹き出し笑う中、何人かのDランク冒険者たちから不機嫌な空気が漏れていた。

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