その程度の思い

豹雷の試運転を行った翌日、ティールはバースの店へと向かった。


「どうも」


「おっ、ティールじゃねぇか。リーシアは一緒じゃないのか?」


「リーシアのパートナーは俺じゃなくてエリックですよ」


リーシアはエリックと仲良く依頼を受けている最中であり、ティールは今日もソロで活動中。


「あぁ~~、確かにそうかもな。でも、ティールはリーシアに気があるだろ」


「……なんでそう思うんですか?」


(俺ってそんなに顔に出てるのか? それはちょっと直した方が良いな)


「なんでって……お前リーシアと一緒に居る時、結構チラチラとリーシアの事を見ていたからな」


ポーカーフェイスで悟られていないと思っているティールだが、人生経験を積んでいる者からすればそこそこ解りやすい表情をしている。


「そう、ですか……否定は出来ないですね」


「もしかして、初恋か?」


「いいえ、初恋は既に敗れています」


懐かしい出来事だ。三歳の頃、幼いながらに悟ってしまった。

好きな人が、自分と違う表情を特別な存在に向けている。


それを知ってしまった時ほど……胸が苦しくなる感覚はあるのだろうかと思える。


「お、おぅ……そうか。結構タブーな話だったか」


「……そういう事では無いですよ。その一件を機に、自分は前に進めるようになったんで」


「まったく、お前は人生何週目だよ。普通はもっと寂しい表情になるもんだけどな。大人だって、フラれた時には大泣きする奴だっているのによ」


それは紛れもない事実であり、バースの友人である冒険者も恋愛に敗れたことがあり、涙を流しながらバースに愚痴を零し続けた。


「……俺は、まだ若いんで」


「はっはっは! 確かに若いな。でも、お前ぐらいの年齢の奴はそうやって立ち直れないんだよ。普通はな」


「そう……なのかもしれませんね。でも、俺の場合は目指す方向を見つけられたんで……最近はその方向が正しいのかは解らないですけど」


人を惹きつけるには強さが必要だ。それは間違っていなかったかもしれない。

事実、気になっている人は自分の強さに興味を持っている。


だが……その特別な感情を向ける心まで動かせてはいない。


強さが及ばない領域があるのだと、最近は思い知らされている。


「ティールは……奪っちまおうと思わないのか?」


「え、っと。略奪愛って事ですか?」


「そういう事になるな。良いか悪いかで言えば……宜しく無いことだろうな。でも、人の心ってのは動いちまうもんだ。それは仕方が無い。だから浮気なんて言葉が存在するんだしな」


奪ってしまいたい。そう考えたことはあった。

だが、その奪った感情は自分が欲しいと思っていた本当の感情なのか……解らない。


(……もしかして奪取≪スナッチ≫を受け取った理由は、俺がそういう道を行くのが相応しいって証なのか?)


略奪愛など、自分に出来る筈が無い。

もしそれをしようとして……今の関係が壊れるのが怖い。


「バースさんは、奪ったことがあるんですか?」


「・・・・・・過去に一回だけうっかりとな。故意では無かったんだよ、マジでな。ただ、相手の相談に乗っていたらいつの間にか……って話だ」


「そんな事、本当に起こりえるんですね」


ティールにはバースが嘘を言っている様には思えない。


「本当に偶々だけどな。それで……ティール、お前はどうしたいんだ?」


「俺は……正直、解らないです。解らない……それが今回の思いの答えだと思います」


今回の恋に、自分なりの答えを既に持っていた。


「エリックから奪ってでも、リーシアの事を欲しいとは思っていません。それが、俺がリーシアを思っている気持ちの程度。だから、俺はエリックからリーシアを奪おうとは思いません。奪えるとも思っていませんしね」


「……まっ、お前がそう決めたのなら、それで良いんじゃねぇか。友情と愛情、どちらが上なのかなんて優劣は着けられないからな」


「そういう事です。それで、今日来た理由なんですけど……」


そこでようやく、店を訪れた理由をバースに話す。

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