#3 秘密の研究室

図書室を出て、俺は校舎の中庭にあるベンチに腰掛けていた。街の外、ガラスの向こう側は大荒れだった。俺たちはこの場所に住むようになってから、雨や雷を見たことはあるが浴びたことはない。昔はガラスなんてなくて、雨が直接降り注いで来ていたのだ。俺にはちょっと想像が難しかった。


ウォッチのモニターを覗き込む。先ほど薫が送ってきたSeedsの情報。そもそもSeedsってなんなんだ。薫が紹介してきたのは、怪しげな宗教じゃないだろうな?大学の中に地下室があったなんて初耳だった。そんな地下室に拠点を構えているというのもますます怪しい。薫はそこに行けば何かヒントをもらえるといっていた。食文化にまつわる集まりなのだろうか?他の分野と違い、食について自分で調べるというのは思っていたよりも大変だった。この団体が何か知っているというのであれば、力になってもらいたいとも思う……別れる前にもっと薫にいろいろ聞いておけばよかった。


何かに悩んだ時、選択を迫られた時、俺はいつも一人で決めてしまう。今もそうだが、人に相談できらた、今歩んでいる人生よりかはずいぶんと楽なんじゃないかなとも考える。しかし、俺にはそれができなかった。人に相談したいという気持ちももちろんあるが、心のどこかで、人に相談したところでな、と諦めている部分もある。そういう考えが透けて見えているのかは知らないけど、俺の周りにはあまり人が寄ってこない。いじめられているわけでもないし、一人でいる方が楽だし別にいいのだけど。


どのくらいの間だろうか。俺は天を仰ぎ、降ってきそうで降ってこない雨粒の軌道をまじまじと見つめていた。


「……しょうがねえ、行ってみるか。」


しばらく考えたのち、俺はそのSeedsという団体がいる地下室に行くことに決めた。ここで考えていても何も始まらない。もし行ってみて怪しいようだったらその場で逃げればいいのだ。何かあったら、薫、お前を一生恨むからな。そんなことを思いながら、若干重たい腰をベンチから持ち上げた。




「あまり期待はしてなかったけど、きてくれたんだね。」


そこにいたのは驚くことに、白衣を着た俺の幼なじみだった。なるほど、お前はSeedsとやらからの刺客だったというわけか。


「別にぼっちくんを殺そうとはしていないし。」


少々呆れながら薫が言った。


地下室は薫が所属する自然科学専攻が使う建物内にあった。一体ここに地下室があることを知っているものは、どのくらいいるのだろうか。そのくらい、注意をしていなければ見つけることができない場所に入り口はあった。扉は古びた、まるで倉庫のようだが、中は立派な研究室そのものであった。


この部屋には薫の他に、数名、学生らしき人たちがいた。薫曰く今は授業に出ているものもいるらしく、全メンバーではないらしい。彼らはモニターに映し出されるデータと睨めっこをしていたり、試験管などを用いて、実験なども行っていた。


「せっかくきてくれたから案内するね。」


そう言って薫は俺の手を引いてきた。うちの幼なじみは人との距離感がどうかしている。そんなことを思いながら、引っ張られるがままに研究室の奥の部屋へと案内された。


そこにあったのは、入口からは想像もできないような広い部屋だった。壁も床も真っ白で天井にはいくつもの細長いライトが付けられている。一つ一つの光方が、俺の知っているライトとは違っていた。部屋の中は地下なのに、まるで太陽の光が降り注いでいるかのようだった。そしてこの広い部屋には何段にもなっている棚があり、そこには緑が生い茂っていた。中には実をつけているものもある。元気に葉を伸ばすその植物たちは、俺が地上で見たことのないものばかりだった。


「なんだこれ……」


「ここで育てられている植物は私たちの先祖が属していたとされる“野菜“というものよ。こっちにあるのがキャベツ、レタス、この赤い実がトマト、こっちの長細い緑のやつがきゅうりっていうの。」


薫が自慢げに説明してくれたが、俺にはきゃべつってやつと、れたすってやつの見分けがつかず、どっちがどっちなのかがわからなかった。とまとときゅうりは分かったが。


「こっちもすごいんだから。」


そう言って薫はさらに部屋の奥に案内する。奥にはさらに広いスペースが広がっていた。しかし、先ほどの植物を育てている場所とは違い、部屋中がガラス張りになっていて、ガラスの向こう側は水で埋め尽くされていた。透き通った水の中にはたくさんの生き物が悠々と泳いでいる。


「こ、これは……?」


今までに見たことのない光景に、俺の声は上ずっていた。


「ここにいるのは魚っていう生き物たち。ずっと昔、この地球にたくさん生息していたの。気候変動の影響を受けて、だいぶ量が減ってしまったようなんだけど。この水槽ではガラスの外の世界から捕まえてきた子たちを私たちの手で育てて、数を増やそうとしているの。昔の“養殖“っていうのに近いかな。」  


落ち着いたトーンで幼なじみは説明してくれた。


「お前たちは一体何をしている団体なんだ……?」


俺は水槽に向いていた顔を薫の方に向けた。薫も僕の顔を見る。魚たちが泳ぐ、水槽のせいなのか、彼女の顔はとてもキラキラして見えた。


「私たちSeedsの目的は、生態系を昔の通りに戻すこと。そして私たち人類に食という文化を取り戻すことなの。そのための研究をこの地下で行なっているの。」

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祖母におにぎりを食べさせてあげたいだけなのに……食の概念がない世界で食文化を取り戻そうとしたら国から狙われることになってしまった 旦開野 @asaakeno73

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