#2 幼なじみ

翌日。俺は大学の図書室にいた。各大学には図書室と呼ばれる部屋があり、そこには「道真」と呼ばれる特別なコンピューターが何台かある。俺たちが持ち歩いているパソコンや、腕に巻いてあるメールや通話、ゲームなんかもできるウォッチなんかとは比べものにならない膨大なデータ容量を誇る。そのコンピューターの中には科学や歴史、文学など、先人が残してきた資料が閲覧できるようになっている。自分たちのデバイスでそれらの資料は見れない事はないのだが、「道真」は資料保管と、膨大なデータに早くアクセスできるという資料閲覧に特化したもので、それを利用したいと思う学生は意外と多い。他の場所と比べると静かなため、自習に使う学生もいる。


ただ、俺が今日来た目的は道真ではない。食のことを知るために、俺はこの図書室にある本に用があるのだ。俺の通う大学の図書室には、コンピューターが発展する前から存在する「本」が所蔵されている。あまりに古いもの、マイナーなものはコンピューターにデータとして入れることができず、そのままの形で保管されているものがいくつかある。うちの大学は人類滅亡危機以前から大学と機能していた歴史のある学舎だ。そのため、どこの大学よりも本の所蔵数が多いのだ。


より古い情報を調べたいという理由もあるが、食に関することについては本でなければ調べることができない。なぜならば、道真にも僕たちが使っているコンピューターの中にも、何故か“食”についての情報が一切ないからだ。まるで人類史に元から食文化なんてなかったかのように。


俺は昨日、おばあちゃんと話をして、彼女にどうしてもおにぎりってやつを食べさせてあげたいと思ったのだ。そのためにはおにぎりとは何でできていて、どうやって作るのか、そもそも今のこの世界でつくることができるのかを調べる必要がある。俺は人が滅多に出入りしない本棚へと足を向けた。

データをいくら探しても出てこなかった食事についても、本であれば少しは情報があった。しかし、本の情報は食文化の成り立ちであったり、どこの国がどんな食材を使ってきたのか、など少々見当違いなものばかりが出てきた。俺はただおにぎりの作り方を知りたいだけなのに……。


おじいちゃんはどうやっておにぎりのことを知り、再現したのだろうか。そんなことを考えながらページをめくっていると


「ぼっちくんは今日は何か調べ物?」


自然科学を専攻している同級生、五月女薫に声をかけられた。彼女は小学校の頃からの幼なじみで、とても頭が良い。高校の時のテストはいつも学年1位、入学式の時も新入生代表に選ばれ、挨拶をしたくらいだ。その上、透き通るような白い肌、きれいな長い黒髪、華奢なスタイルと、男子はもちろん、女子ですら思わず振り返ってしまうような美女である。そんな彼女は好きで一人でいる俺を「ぼっちくん」と呼び、やたらと突っかかってくる。幼なじみという理由だけで俺をからかわないでほしい。


「別に。お前には関係ないだろう。」


俺はいつものように彼女を突っぱねる。今は幼なじみに構ってるほど暇ではないのだ。そんな俺の態度をもろともせず、薫は俺の手元にある本を覗き込んだ。


「ぼっちくん、食文化になんて興味あったの?」


「失礼なやつだな。というか俺が何に興味を持ったっていいだろう。」


彼女は俺が歴史専攻であることを忘れているのだろうか。歴史の一部である食文化に興味を持ったっておかしくないだろう。


「どうせまたおばあちゃん絡みでしょ。あなたの行動動機は大体おばあちゃんだからね。」


薫がすべてお見通しだと言わんばかりにニヤニヤとしながら言う。本当にうざったい幼なじみだ。


「ま。私もあんたんちのおばあちゃんにはいろいろ世話になっているからね。もしかしたらあんたの力になれるかもしれない。」


そう言うと彼女は腕に巻いてあるウォッチを操作し、俺のところに何か送ってきた。画面を確認すると、「Seeds」の文字と、その団体の活動拠点らしき場所が書かれていた。大学の敷地内にある地下室っぽいのだが、研究室か何かだろうか。


「そこに行けば、いろいろヒントがもらえると思うよ。あなたが一番嫌いな人を頼るってことをしなくちゃいけないけど。」


そう言うと、じゃあねといって幼なじみは図書室から出ていった。彼女は図書室に一体なんの用があったのだろうか。まぁ、出ていこうとする彼女を止めてまで聞きたいわけではないけれども。

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